7日目

フラヴィア=デスパイネ公爵令嬢が一族とは別に北の塔に収監されてはや1週間。

23日後には断頭台の露と消える予定の令嬢は、今日もまた破天荒な脱走騒ぎを起こすのだろうか。俺は勤務交代のために塔の詰め所までの石階段を。1段、1段と上がってゆく。詰所は俺ともう1人の同僚、そして食事を運んでくるメイド位しか利用していない。序に埃も積もったまま放置されている簡易的な休憩所である。俺が詰所で着替えようとすると、同僚は既に着替えが済んでいて交代を今か今かと待ち構えていた。今日はそういえば花屋の娘と逢引するとか言っていたな。畜生俺もそんな甘いアフターが欲しい。


「お前、交代は交代相手が格子扉の前に来てからだろうが。」


「いやー、待ちきれなくてなぁ。だってキアラちゃんとデートだもの。」


デートがなくても、こいつはいつもいい加減なので交代時間近辺で詰所に降りてきていることが多い。今日は俺が早めに来たからまだ勤務時間が残っているというのにこいつもう帰る気だ。くそう。捥げてしまえ。

これ幸い。と、とっとと階段を降りていく足音。を拾いながら着替えていれば、はたっと思い至った。これ絶好の脱走の機会じゃないか!?

俺は慌てて着替え、2段飛ばしで北の塔の階段を駆けあがる。息を荒く吐きながら、漸く辿り着いた最上階の小部屋では。静かに窓の外を見ているお嬢様がいた。


何時もの破天荒さは身を潜めており、どこか愁いを帯びているような佇まい。それなのに視線だけは何処か厳しくも恐ろしい。俺は、何故か深淵を覗き込んでしまったかのような。背筋がひやり、とした感覚を抱くのであった。


 これは、誰だ?


ふと思ってしまったのだ。見てはならない一面を見てしまったかのような。


「あらっ、兵士じゃありませんの!もう夕暮れですのね。

 うっかり目を開けたまま寝てましたわ!」


……。訂正。ポンコツお嬢様はやはりポンコツなまま通常運転だったようだ。

俺ははいはいと適当に返事をして、格子扉の前へと立って勤務を始めるのだった。


********


びたん!!

ずりずりずりずりずり………


びったん!!

ずりずりずりずりずり………


ばったぁああん!


「いい加減にしてくださいませんかねっ!?!?

 何してるんですか塔からの身投げのための練習ですか!?」


このお嬢様、ベッドに立ったまま天井にジャンプ……して墜落からのはいずりを繰り返している。何してるんだ、蛙にでもなりたいのだろうか。俺の叫びに顔をあげたお嬢様。額に擦り傷ができている。美人が台無しである。


「違いましてよ!天井に引っ付く練習ですわ。」


「天井。」


俺は格子越しに部屋の天井を見ようとした。いや、無理だろう。

取っ手などもないし墜落している様子を見れば、跳躍力もこの姫様ないのだから、

無謀を通り越してできるわけがないと思われた。


「とうとう今度は蝙蝠に進化したんです?」


「とうとうって何ですの。私は生まれも育ちも人間ですのよ。

 ほら、天井に引っ付いていたら一見どこにも私はいませんわよね。

 脱走したー!って大騒ぎになるでしょう?」


「なりますね。」


「驚いて貴方は扉を開けるでしょう?」


「あけますね。」


「天井から飛び降りて気絶させるでしょう?そのすきに私は脱走しますわ!」


どやぁって顔をするお嬢様。だが忘れていないだろうか。連日の脱走未遂で入り口や階段の途中などで増員された兵士のことを。

俺は懇切丁寧にもう1度、そのことを伝えた結果。お嬢様はきりっとした顔でこう言った。


「誰しも失敗というものはありましてよ。」


「貴女様の場合はいつもですけどね?」


何故それを初日とかにしなかった。と言いかけた言葉を飲み込んで、俺は呆れた目でお嬢様を見る。

お嬢様は、ほほほと笑って胡麻化していた。貴族様のご令嬢は笑うときにほほほというのだな。と、俺は取り留めもなく思うのである。決して公爵令嬢のポンコツ具合に染まってきてなどいない。染まっていないったら、いないのだからな。

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