6日目
「婚約が破棄されたのは、実家が起こしたって噂の国家転覆罪の連帯責任でなんです?」
俺が、格子のついた扉を開けて部屋に入り。割れた皿を回収しながらお嬢様に尋ねると、フラヴィア公爵令嬢は目を丸くしてこちらを見つめた。何時も奇天烈なことをしているが、ここまで純粋に驚いた、といった顔は見たことがないような気がする。
さて、何故見張りの兵士の俺が幽閉の部屋に入ったかというと、このお嬢様が夕食のパンを乗せた皿を取り落として割ってしまったのが原因である。流石に2日前に殴られたメイドに回収させるわけにもいくまい。また殴られて割れた皿の上倒れたら顔が血だらけになってしまえば大変だろうし。嫁入り前の女の子なのだから。因みに扉の前に陣取りながらの回収作業のため、脱走チャレンジされる可能性は低い……と、思いたい。
お嬢様は少しばかり小首を傾げ、何やら考えていたが……。
「兵士、貴方がいきなり私のことを聞いてきたから驚きましてよ。あっわかりましてよ!この美貌に惚れたとか……。」
「まったくちっともこれっぽっちもその可能性はございません。」
息継ぎなしではっきり否定したところ、お嬢様はぶすくれた様子で俺を半眼で睨んでいる。いや、まぁ美人といえば美人なのだが、色々残念な脱走劇をみていれば何方かというと珍獣を目にする気持ちになっているのだろうと俺は自分を分析している。
それは兎も角として、だ。皿の破片を拾いながらの俺の問いかけに関しては、お嬢様はこのやり取りを挟んだ後に。何時もの抜けているような或いは悪戯っぽい様な感じではなく。少し困った顔でありながらも、俺の疑問への回答は。淡々と桜色の唇から紡がれた。
「順序が逆ですのよ。私と王太子の婚約破棄が先。一族が国家転覆罪をっでっち上げられたのが、後。」
「え。何のために?」
「後者に関しては色々政治的な思惑があったのでしょうね。我が一族は3代前に隣国の王女を嫁に貰ってますし。私が何れ皇后となるのなら、隣国の介入の危険性があるとか何とかを危惧する者もいたでしょうし。単にデスパイネの家が国の事業で農林、治水事業を請け負っていたから、そのポストが欲しかったとか。
前者に関してはですね……王太子が愚かだっただけですわね。」
前者はえらくあっさりしているな、と思った。惚れていたとかはないのだろうか。俺の顔には疑問符が浮かんでいたのだろうか、お嬢様はまるで子供に絵本を読み聞かせるようにして囁きを落とした。
「私は、王族であり且つ未来この国の頂点となる方との結婚は国との結婚と考えてましたわ。王妃になるための教育にも真摯に取り組みましたし、婚約者とは月に1度顔を合わせる義務は果たしてましたのよ。そこに愛はなくとも、この国を背負う者の補佐の役割を果たすべく。デスパイネの家の血を入れたくないと王太子や他の貴族やらが考えていたなら、側室で王太子が愛する方を入台させればよかったのに。
婚約破棄の理由は下らないものでしてよ?私が男爵令嬢への嫌がらせをしたのですって。そんな暇王妃教育でございませんし。婚約者のいる男性、しかも王族に自ら話しかけに行くのはふしだらで不敬であるというのをやんわり告げたことが悪口になるのですって。」
結果は御覧の有様で。王太子が愚かなのはその口上で十分理解はしましたが、それが即婚約破棄に至った理由は我が家の政敵に唆かされたのか。或いは恋に酔って男爵のご令嬢を未来の皇后にしたかったのか。今となってはわかりませんわね。と話した後、お嬢様は苦笑して。
「兵士にここまで話すつもりは、なかったのですけど。
仕事熱心な兵士が私に興味を持つのがあまりに珍しくて。つい、ね。」
つまりは、愚かな王太子とデスパイネの家を陥れたい勢力の思惑がかみ合った結果、こうして処理される状態なのだと締めくくった。
俺は、少し困った顔をしていたのだろうか。眉が下がっていると指摘され、眉根に指をやる……下がっていないとは思うのだが。皴もできていないし。
このお嬢様とその一族が収監され、まことしやかに市井で囁かれている噂がある。
『王太子の心変わりで婚約破棄を叩きつけられた挙げ句、
更にデスパイネ家は政敵に嵌められて、 一族連座で処刑される』のだと。
本人からの話も併せて、信憑性は高いと思われた。何せ彼女は王太子への未練は一切口にしないし嘆きもしないし挙句の果てに脱走未遂を毎日毎日繰り返すのだ。義務での婚約、一方的な破棄からの坂道転がりコースがとてもしっくりくるといえばいいのだろうか。
更に言えば現在世界会議が開催されているから国王夫妻と有能な側近らは1か月程この国にいない。お嬢様含めたデスパイネ一族の処刑があと24日後と異例の速さなのも国王夫妻が帰ってくる前に、王太子と1枚噛んでるのだろう貴族らが全てを終わらせようとしたからなのだろうか。
などと、俺が考えていれば……あのね公爵令嬢様。何ぎこぎこと変な音出しながら本日新しく差し入れたシーツ裂いてるんですか。
「もしかしなくてもそれ、皿の破片ですよね?」
「そうよ?陶器だから切れ味は悪いけれど、切る分には問題なさそう。
これでまたロープを作って脱出できるわね!」
「なぜそれを、俺の、目の前で、するんですか……!」
俺は絞り出すように告げた後、陶器の破片を回収した。よしこれで全部だな?
ああっ!と叫ぶ公爵令嬢の声には悲哀が混じる。先ほどの説明とか凄く淡々としてたのに、とても貴族の令嬢らしかったのに。何でこの阿呆なやり取りの時はオーバーリアクションなのだろうか。俺は溜息を吐きながら訝しんだ。
次の日から、公爵令嬢の皿やコップなどは全て木製になった。
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