5日目

破天荒なデスパイネ公爵令嬢が、処刑の日まで幽閉されている北の塔には見張りが2人いる。俺と、もう1人の兵士である。2人いるとはいっても、半日交代なので実際は1人のみで見張り続けていることになる。

が。俺の勤務の時にのみ発生するお嬢様の度重なる奇行、もとい脱走未遂により見張りが増員されることになった。


増員されるとはいっても、兵士は急には湧いてこない。もう1つの南の塔の見張りの一部が此方に移動になったというだけだ。南の塔の彼女の親族は大人しく処刑の日々を待っているというのに、このお嬢様は毎度毎度脱走計画を企てて実行しようとする。悉く失敗はしているものの流石に万が一があってはならないとの王太子と宰相からの厳命により、扉前の見張りは引き続き俺1人なのだが、出入り口やら階段途中の踊り場などに、そこそこ兵士が配置されることになったのだった。

扉前こそ兵士を増やすべきではないのだろうかと思うのだが、流石に罪人いえど未婚のご令嬢の扉隔てただけの所に多くの男性が居るというのは外聞が悪いんだそうだ。主にそれを命じた王家が配慮が足りないという後ろ指がさされぬようにとかいう、お偉方の都合なんだそうだ。

他愛もない話をしながらの平和な勤務という俺の希望は潰えた。畜生。


「そうですか、南の塔からそんなに兵士がやってきたのですね?暇人ですのね。」


「大体というか全部貴女様のせいですからね?」


見張りの増量に対する、フラヴィアお嬢様の第一声がこれである。まるで反省していない。これでもう逃げることなんて無理だなんて愁傷な様子どころか。あらあらまぁまぁといった程で、増員の兵士を暇人などと宣いおったわけである。


「つまり、私が脱走に成功したら彼らの暇も解消されると……!」


「お嬢様の処刑でも解消されるでしょうね。」


と、ちくりと皮肉を言えば。公爵令嬢は青い瞳を挑戦的に煌めかせつつ、そうなる前に脱出して見せますわ。と朗らかに笑うのである。


俺は少しばかり不思議であった。普通見張りが増えるということはお嬢様の脱出できる可能性は低くなるはずである。なのにどうしてこの様に自信満々に笑っていられるのだろうか。そしてどうして彼女は脱出しようとするのだろうか。もう1人の奴はそこそこいい加減だから、そいつの時にすればいいのに。毎回報告書を提出するのは中々に辛いんだぞ。主に上司からの冷たい目が。


……まてよ。少し視点を変えてみよう。脱出未遂を目撃するのは全部俺。もしや俺である必要があるのだろうか。確かにもう1人よりかは体格がひょろい。嘗められているとか?

などと考えていれば、お嬢様は早速本日の食事についていたスープを格子にぶっかけている。何してんだこの人。


「……何をしているのですか?デスパイネ公爵令嬢様。」


「何をしているのですかですって?決まってますわ!東の国の物語でスープを格子にかけることで、脱獄をしたという泥棒がいたと言うのなら、実践するのみでしょう。さあもっとスープを持ってきなさい、兵士!」


「……それを聞いて差し出す馬鹿がいると思いますか?」


俺は呆れながら、格子の扉越しにどや顔をかます令嬢を見る。どうせなら1日2日何もせず油断したところで脱出計画を発動すればいいのに。ご丁寧に全部ばらして何がしたいんだこの人は。賢いようでどこか抜けているお嬢様は、おかしいなぁという顔で首をかしげている。なにもおかしくない。スープのお代わりなどない。ないったらない。


「後ですね、その東の国の物語ですけど。スープにより格子が脆くなるまでに数年かかったと書いてませんでしたっけ。」


その話はそこそこ有名である。吟遊詩人が恋愛物や英雄譚以外に取り上げられる、コメディの定番である。因みに脱獄した泥棒は数か月でまたお縄についたというオチがあるのだが、それは余談である。つまり平民の俺でさえ知っているオチなのだ。

お嬢様はあっ。という顔をした後そっと空のスープカップを、トレイの上に戻した。

俺は業とらしく目を逸らし、見なかったふりをしておいた。

目を逸らした先の石畳には、萎びた野菜くずと薄味なのだろうスープの残骸がある。それはまるで、25日後のこのお嬢様の末路のようであり。


思い浮かんだことに何故か心がもやりとするような気がしたのは。きっと気のせいに違いない。

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