4日目

お嬢様が風邪を引いた。当たり前である。


事の発端は、体を拭くための湯と替えのドレスを持ってきたメイドと入れ替わることを計画し、自分がシンプルドレスに着替える前にメイドを気絶させた公爵令嬢が悪い。自分1人で着替えられないのに。

メイドが起きるまで暫くかかったため、その間全裸だった公爵令嬢は、ものの見事に風邪を引いた。そのまま放置かと思ったが、一応対面的には罪人でも貴族だからか、公爵令嬢だからか。或いは断罪までは生かしておかねばならないからか。塔までやってきた老年の医師は、階段を昇るのに疲れ果てていた。


「ご苦労様です。」


「ほっほ。なぁに、患者がいるなら、わし、とて。ほっほ。」


息が上がってますよ、お医者様。

俺は診療の様子をじっと見張りながら、日中はお忙しいお医者様が勤務終わりにこんなことをしなければならないとは、大変だなと心底同情した。


診療が終わり、風邪薬と何故か睡眠薬の処方をした医師が塔を降りてゆく。どうもお嬢様は粗末なこの場所に閉じ込められたことでの不眠を訴えたらしい。階段を降りていく医師は、フラヴィアお嬢様に酷く同情していた。

だが俺は知っている。この娘シーツのない粗末なベッドでも、ぐっすり熟睡しているということを。見張りの交代の時には起床しているから、もう1人の同僚は知らないかもしれないが。意外と寝汚い。


さて、医師が去って暫くして。夕食を持って上がってきたのは何時ものメイドである。頭を殴られたというのに今日も職務だからかやってこなければならないのには同情する。大丈夫かを問うと、何がですかと首をかしげていた。どうも記憶が飛んでいるらしい。

メイドから膳を受け取ろうとして、そこでお嬢様から声がかかった。メイドに何やら伝えたいことがあるらしい。俺が見張ることを条件に、メイドがお膳を彼女の所まで持っていくことになった。


耳を欹てていれば、どうも昨日の事の謝罪をしているようだ。あのお嬢様にも人の心はあったのだろう。諸々の境遇のことまで愚痴りだしたので、俺はそっと視線を外した。視線を逸らした先の窓から見える空には、白の月が昇りかけている

暫くして、何やら慌てた声のメイドと、ぐいぐいいってるお嬢様の声がする。

俺はそちらの方を見ると……。


「で、ですがそれはお嬢様の。」


「さきっちょだけ!1口でいいから!ねっ!おわびとおもって!」


何がだ。俺が何をしているのか問うと、それが好機とメイドは部屋から出て、そのまま去っていった。ちゃんと避けておいた昼餉の膳も持って。良いメイドである。


「で、何をしてたんです今度は。」


「今度って失礼ね。私が毎回何かを為しているみたいに。」


毎回してるんですよ。というのは心のうちに留める。俺は我慢した。


「何をしていたんですか。」


俺の圧の籠った声に、お嬢様はしぶしぶ白状した。曰く睡眠薬を水に混ぜ、メイドを眠らせその隙に……まだ入れ替わりを諦めてなかったんかい。


「前も指摘しましたが、着替えが1人でできないでしょうに」


「だから、睡眠薬入りのお水を飲ませて、それが効くまでの間にメイド服を着てみたいってお願いするつもりで。」


意外と馬鹿ではなかったようだ。きちんと着替えの対策までしている。

問題は、その計画の全容を見張りにばらすところである。また報告書を書くために残業確定である。俺は溜息を吐いて彼女を半目見つめた。彼女はどうよと、ドヤ顔で俺を見ている。

俺は笑顔で、こう言った。


「このことはきっちり上に報告しておきますから。」


「ええっ!」


ええっ!じゃない。当たり前である。俺は末端とはいえ国に雇われているのだ。しかも貴人の幽閉の見張りである。脱走未遂やら何やらはきちんと報告しなければならない。先日のものではメイドの頭にたんこぶだってできたし。本人はあまり覚えてなかったっぽいけれど。

しかしどうしてこのお嬢様、俺の見張りの時だけ問題行動を起こすのか。もう1人の見張りのいる、昼にやれよと思う。俺はやれやれと彼女を見て。


ふ、と。目を瞬かせた。


その時のお嬢様の顔は強い意志を孕む何時もの青い目をしていたものの。何処か寂し気なものであった。気のせいかもしれないが。

俺はお嬢様を呼ぼうと、して。


「次はメイドを利用する以外で何とかして見せましてよ……!」

「いや、そろそろ諦めてくださいよ。」


俺の切なる言葉を、このお嬢様無視しやがった。畜生。

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