3日目

「替えのドレスと体を拭かせる事を要求しますわ!」


「いきなり何をいっているんですか。」


貴女様は確かに貴族だが罪人でしょうお嬢様。俺は呆れた声で格子越しに見える彼女にそう、返した。脱走計画が2回頓挫したにしては元気そうである。その青い瞳は未だ諦念には染まっておらず、寧ろ爛々としている風に見える。

そんな彼女が要求したことといえば、替えのドレスと体を拭くことであった。


「殿方にはこの感覚、解らないかもしれませんが。体はべたべたしますしドレスは埃だらけですし、耐えられませんのよ!」


「埃だらけなのはお嬢様が床に這いつくばって隠し通路を探していたのが原因かと。」


俺の淡々とした指摘に、お嬢様はむぅと唇を尖らせた。

とはいえ、だ。この国の風呂事情は、湯舟に漬かるというのは王侯貴族以外ありえないもので、庶民は1日1度体を温めた湯で拭き、髪を洗い体を丸ごと洗うのは1週間に一度というのが実情である。シャワーなどはない。隣国にはあるらしいが、実際どんなものなのやら。天からお湯が降ってくるのだとか。本当だろうか。

詰りは、今まで湯舟に漬かり、毎日髪を洗いその美貌を維持してきたのであろう公爵令嬢が、3日も我慢できたというのは何気に凄いことではなかろうか。と俺は考えたわけだ。


「少し待っていてください。もうすぐ来るメイドに言付けますから。」


俺自身は持ち場を離れられない。何せ見張りは2人が半日交代のため、現在は俺1人なのだ。とはいえ、こうして身分が上の方からの要求があることだってある。時間が決まっているけれど、自分達見張り以外がこの塔にやってくることが1日3回、あるのだ。何かって?食事だよ。

少しして、メイドが食事を運んでくる。今日も硬いパンに冷めたスープに水。当然慈悲のナイフはない。

俺はメイドから膳を受け取り、令嬢からの要求を伝えた。メイドは得心した様子で、上から可否を聞いてくると俺に話し、塔の階段を下って行った。


メイドが替えのシンプルなドレスと、少し冷えた湯の入った桶とタオルを持ってきたのは、月が空に昇って暫くしての事であった。

メイドが持ってきたドレスはデスパイネ令嬢が今、着ているものとは雲泥の差がある。辛うじてドレスと呼べる、白のもの。確か貴族の罪人が首を落とされるときに着るものではなかったろうか。湯に関しては仕方ない。北の塔の最上階に昇るのは、どうしても時間がかかるのだから。寧ろ1日4回も昇ることになったメイドにご苦労様と俺は言いたい。


「お嬢様、体を拭くお湯とドレスが届きましたよ。」

「じゃあ、持ってきたでしょうメイドを寄越しなさい。決して覗かないように。」


そうか、貴族のお嬢様はどうやってあのごってりしたドレスを着ているのかと思っていたが、メイドに着せ替えてもらっていたのだな。

俺は得心し、メイドをお嬢様の幽閉場所へ入らせた後はそちら側を見ないようにした。流石に罪人を見張れという任務はあるが、女の風呂を覗けばメイドの口から俺の悪評が立つだろう。そろそろ嫁さんが欲しい身としては致命的すぎる。


20分ほど経った頃だろうか。


がさ、ばさ。

ぐ、ぎゅぅう、ぅ、う

ばしゃ!     


             なっ、おまち、ぁっ


ばこんっ!


明らかに、着替えや体を拭く音とは違う何かが混じっている。

俺は犯罪者の汚名を被る決意をして、そっと振り向くと……お嬢様はメイドの頭を、窓から水を捨てたのだろう空の桶でぶん殴っていた。何してんだこの人。


「メイドが死にますから!何してるんですか!!」


「違うわ!意識を落とそうとしただけよ!」


「余計性質が悪いじゃないですか!!」


全裸でメイドをぶん殴るお嬢様。ほんと何してるんですか。俺に見つかったことで気絶したメイドから離れた彼女は、堂々と全裸を晒している。風邪ひきますよ。


「さっさと服を着てください。」


「1人じゃ無理だわ!」


なら何でメイドを殴った。俺はメイドが起きるまでベッドのシーツを巻いておいてくださいと言おうとして、そういえば2日前にそれを使って脱出しようとしたまま未だ代わりのシーツが届いていないことを思い出した。ナイフもないしもう裂けないだろう。これも申請した方がいいのだろうか。


何はともあれ、俺は全裸のお嬢様に問いただす。着替えに関してはメイドが起きるまであきらめてもらおう。自業自得だ。


「で、どうしてこんなことを?」

「メイドの服を着て、入れ替わりで脱走しようと思ったのよ!」


お嬢様はどや顔でいう。そもそも、贅沢の極みを尽くした貴族と、鶏がらの方がましって位の貧相な食事が3食のメイドと。背格好は似ているかもしれないが、体型的にメイド服が入るとは思わないし、入ったとしても違和感が凄い。それに何より。


「お嬢様は1人で服が着替えられるんですか?」


「あっ。」


結局メイドが起きるまで、お嬢様は全裸で待つことになったのだった。

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