2日目

収監された当日にシーツを千切って紐を作り、脱走未遂を起こしたデスパイネ公爵令嬢。

そのことで慣れない報告書作成に手間取り、勤務はじめまで睡眠時間2時間しかとれなかった俺は、もう1人の見張りの兵士と交代し、早速今日の業務をと令嬢の様子を伺うと。


「……何をなさっているんですか?」


まるで台所にいつの間にか湧く黒い虫の如く、石でできた床に這いつくばり、何やらしている公爵令嬢を俺は目の当たりにすることになった。扉の格子越しにだ。

普通、婚約破棄をされ北の塔に幽閉され、処刑を待つだけというのなら。令嬢ならもっと怖がったり泣いたりなどするのではないのだろうか。それとも庶民の考えが間違っていて、雲の上のようなご身分の方々のお考えは、下々には理解できないとかそういったものなのであろうか。


「そんなの、隠し通路とかないかしら?と探してるにきまってますわ!」


あ。違う。この令嬢があほの子なだけだ。


「この塔が築かれて100年は建つのでしょう?ならば何処か老朽化したところだってあるでしょうし、上手くいけばそこを突いて脱出できないかと思いましたの。後は先ほど言った通り。隠し通路探しですわね!」


それは自慢げに語ることではない。と、俺は思う。破天荒なフラヴィアお嬢様の話を総合すると、どうも経年劣化した塔の壁や床の石畳をほじくり返し、そこから穴をあけて脱出する、若しくはあわよくば隠し通路でも見つかればそこからすたこらさっさとしたかったとのことだ。

それをどうして見張りに言うかな?阻止するにきまっているだろうに。俺の首が飛ぶ。職務的どころか物理的にだ。せめて見張りがあいつのときにやってくれと思うが、何方にせよ連帯責任で俺の首もあいつの首も胴体から泣き別れなので、やはり大人しく処刑までの日々を待っていてほしいと切に願う。


もうすぐ夜になるというのに、ドレスを床に広がらせながらがさがさ動く公爵令嬢。夕日が当たっているからだろう、粗末なベッドが形成した影も相まって、黒い何かが怪しく動き回っている姿を勤務交代した途端に見ることになった俺の不幸よ。

また報告書か。と溜息を吐く姿を、這いつくばりながらも顔だけあげた公爵令嬢は。


「大丈夫ですわ!きっと脱出手段を見つけて見せますから。」


「寝言は寝て言ってくださいね。」


何が大丈夫か。俺の給料と首は全然大丈夫じゃない。君の脱出もこれっぽっちも望んでいない。俺はうんざりした顔で半目を令嬢に向けた。

令嬢はぐっと親指をたてている。貴族社会ではこの様なハンドサインははしたないというものではなかろうか。俺は訝しんだ。


そもそも令嬢は何で脱出したいのか。いや、普通に考えれば誰だって死にたくないだろうから脱出しようと考えるのは当たり前か。だが、貴族というのは名誉も重んじるのではなかろうか。そう考えたなら、収監され2日目、2回も脱出しようとするのは婚約破棄に次いで与えられた罰への反逆に外ならず、更に名誉を貶めることになるのではなかろうか。

平民の自分でさえ少し考えれば様なことを想像できるのだから。今この場で黒い生物の如き態勢を維持している、格子越しに目の前にいる令嬢とてそれは理解しているは筈ではなかろうか。


「そもそもですね。隠し通路は兎も角。石畳を外して脱出路を見つけたとしても。」


「しても?」


「貴女様の今着こんでらっしゃる豪奢なドレスならば、重さで穴に飛び込んだ瞬間真っ逆さま、ミンチの出来上がりですよ。」


そも、この北の塔には部屋は見張りの兵士の詰め所と最上階の牢獄めいた幽閉場所の2つしかない。食事等は北の塔から少し離れた場所から持ってくるため当然冷めているし、その質は王城で働く洗濯娘の見習いあたりの食事と同程度。つまりかなりの貧相なものである。服も今着ている豪奢なもの以外では、一応貴賓であることを配慮してかドレスではあるが、要求があれば差し入れられるだろうが質は悪かろう。

もう1つの方ではなく、この北の塔に幽閉されるという時点で、令嬢の扱いは貴賓の犯罪者としては最下級のものであるといって過言ではない。

が、それを踏まえてだ。この令嬢は早々に何をしているのだと俺は思う。


「大丈夫よ。下着1枚になって降りるから!」


「淑女が恥ずかしげもなく下着一枚とか言わんでください!!」


おっと、敬語が剥げた。

平民の兵士である俺は咳払いし、再び貴族である令嬢をジト目で見つめる。

そもそもだ。


「下着1枚であろうがですね。床につくまでにどれ程の高さと時間があると思っているのですか。飛び降りたら確実に死にますよ。」


「だからほら、そんなこともあろうかと。先日の差し入れのナイフ!これをね、こう。石と石の隙間に差し込みながら降りていく。完璧じゃなくって?」



どう?私の作戦、素晴らしいでしょう。満面の笑みを浮かべている令嬢。


俺は微笑み返しながらそっと、先の食事とともに差し入れられていた、

慈悲のナイフを回収した。

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