1日目
なぜ、このお嬢様は堂々と背筋を伸ばして北の塔にやってきたのか。
この塔の見張りとして配属された兵士2人のうち1人である俺が、初めに思ったことがそれである。
この国では犯罪者に関しては問答無用で地下の牢屋行きだが、
高貴な身分の者に関しては南の塔、或いは北の塔へと収容されることに決まっている。
南の塔にはある程度豪奢な家具類やシャワールームなども完備されているのだが、北の塔は高貴な身分の方でも一般の罪人と同じ位の設備しか与えられない。粗末なベッド、文机、硬い椅子といったところだ。窓には日除けのカーテンすらない。
便箋と文房具とて反省の兆しがない犯罪者には、差し入れられることもなく。デスパイネ侯爵令嬢、フラヴィアは。南の塔にぶちこまれる家族と離され、1人だけこの北の塔に収容されたのだった。
ここで最初になぜと、疑問に思ったことに繋がるのだが。
王太子からの婚約破棄後の一族郎党とっ捕まえられる程の家の罪があっての事ならば、北の塔には当主が幽閉されてしかるべきではないか。と俺は考えた。
だが、実際やってきたのはこの公爵令嬢だけなのだ。更に言えば、駄々をこねず、泣きもせず。ぴんと背筋を伸ばしてやってきたわけだ。
疑問にも思うだろう。貴族にとっては流刑地に等しい場所に放り込まれるはずなのに、犯罪など何も犯していないという顔で、今まで傅かれ生活してきたお嬢様が堂々と歩いてくるのだから。更に、開口一番がこれだ。
「くっさいですわ!ちゃんと掃除はしてますの?」
「空気の入れ替えが十分にできてないんでしょうね。」
悪かったな!お前が急にこっちに来るっていう話になったから、もう1人と一緒に拭き掃除くらいはしたさ。
何せ最後に使われたのは20年前、現国王の叔父が国家転覆罪で幽閉された3日間だけだ。何故3日かというと、差し入れられたナイフで自害したというだけなのだが。
半日では20年分の澱んだ空気まで全て入れ替えるというのは難しかったようだ。
「ところでお嬢様、扉から離れてもらえませんかね。食事ですんで。」
北の塔の最上階に幽閉されるお嬢様への食事は、メイドの1人が持ってくることになっている。螺旋階段登るの、大変だろうな。
この場所に幽閉された後の、初めての食事を今か今かと扉で待ち構えるお嬢様。
実は食事を受け取る際にメイドを締め上げ、その隙に脱出するのを狙っていたらしいのだが、世の中そんなに上手くいくわけがない。メイドが運ぶ食事は、俺も立会いの下粗末な文机に置かれたのだった。
そこ、舌打ちしない。お嬢様だろうが。
膳には粗末なパン、スープ、水。そして1振りのナイフが置かれている。ナイフに関しては例の慈悲である。それを横目で見ながら、公爵令嬢は今まで食べたこともないだろうもっさりとしたパンを口にし、塩しか効いていない辛いスープを遠慮なく飲み干した。
俺は少しだけ驚いた。もっと我儘をいうかと思ったのだが……。
それを平らげた彼女は、膳を下げろと言い放ち、ベッドに横になる。俺はメイドに膳を渡し、再び閉じられた鉄格子付きの扉の前で見張りに戻るのだった。
******
ざくり。
ぎっ、ぎっ、ざくり。
ぎっ、ぎっ、ぎっ、ぎっ。
「……何だ?」
変な音が主に扉の向こうから聞こえる。俺はそっと鉄格子から部屋の様子を伺うと。
「何してんですか!!」
「うっわ見つかった!!」
自決どころの話じゃない。こいつ慈悲のナイフでベッドシーツを切り刻み、紐にして窓に結んでやがった!
俺は慌てて扉を開き、その紐を取り上げた。公女様はぶすくれている。
「何か申し開きは?」
「ちっ、気づかなければあのまま脱出できたのに。」
何がちっ、だ。一介のお嬢様って皆こうなのか?幻想が崩れるような心地とともに、俺は公爵令嬢を半眼で睨みながら言うのだった。
「そもそも、このシーツで作った紐じゃあ途中で足りなくなって落下からのミンチコースですよ。せめてカーテン分足しましょうよ。させませんけど。」
「あ。そうすればよかった。しまったわ!」
しまったわ!じゃない。俺は溜息を吐きながら回収した紐とともに、扉を閉めた。
扉の向こうからへくちっ!とかわいらしいくしゃみの音が聞こえたが意図的に無視をした。シーツがないならごつごつした粗末なベッドは寒かろう。自業自得だ。
これから処刑までの30日。俺ともう1人はこの初っ端から破天荒のお嬢様を見守らねばならないのか。
俺は、此れからのことを考え。静かに溜息を吐いた。
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