-35話
「何もするな?」
早いほうがいいと思い、休憩時間に壱岐に先程のことを伝えると、顔をしかめた。
「どういうことだ? 壬生先輩からのメールに何か重要な意味でもあるのか?」
俺は躊躇することなく、先輩からのメールを見せた。
壱岐は読みながら首を傾げた。
先輩がただ紅紅葉に会いたいと言っていることしか読み取れないはずだ。
「考えられるとすれば……先生は先輩からの要望に応じる気なのだろう。そこで何か情報をつかんでくるということか……」
やっぱり?
また紅紅葉に化けて、先輩を騙そうってか。
哀れな先輩だ……
「不本意だが、俺には何もできない。言われた通りに待つしかない」
「不満そうだな」
「当然だ。先生は元々関係なかったのに、結局また関わっているじゃないか」
先生が関わってくるのを嫌だと感じるのは、生徒として普通の感覚なような気もするけど……壱岐の場合少し意味が違うようだ。
「玖雅先生は隠し事が多い。俺たちを利用して、何か情報を得ている気がしてならないんだ」
「手柄を横取りされるのが嫌なんだな」
「そういうことじゃないんだ。何と言えばいいのかな」
コソコソやられるのは確かにいい気分はしない。
「今回は黙って待つことにするよ」
言うことを聞いているふりをして、壱岐のほうこそ先生を利用してやろうと思っているのではないかという感じがした。
壱岐は本当に何もせずに待った。
そして、先生は一日と言ったが、そんなに長く待つ必要はなかった。
放課後、だらだらと拾井の実験につきあい、そろそろ帰ろうか。なんて言っていると、実験室の扉が勢いよく開いた。
その大きな音に俺、壱岐、拾井はビクッと体を震わせる。
――紅紅葉が仁王立ちしていた。
「……先生?」
「お前たち三人だけか。まぁ、いい。早く来い」
やって来ていきなり何だというんだ。
「どこに行くの?」
「いいから早くしろ」
いくら問いただしても答えてくれそうにないので、俺たちは黙って先生の後を追った。
たどり着いたのは、部室棟。
一階。
もう日が暮れ始めているというのに、演劇部はまだ練習しているらしい。
先生の目的は……
「ちょっ……勝手に開けていいのかよ」
演劇部の隣、漫研の部室の鍵で扉を開けたではないか。
「今日漫研は休みだし、問題ない」
そういうことじゃなくてだな。
「さっさと中に入れ」
急かされて、狭い部室の中に入る。
先生は電気もつけずに扉を閉めた。
暗いな……
「壬生からこの部室の秘密を聞き出すのは簡単だったよ。能美はここから隣の演劇部に侵入した」
ここから?
俺と拾井は、どういうことだ? と、顔を見合わせる。
先生はひっそりと部室の隅に置かれているゴミ箱を動かした。
「これを見ろ」
……と、言われても……ただの床なんだけど……?
「まさか……」
壱岐が何かに気づいたらしく、しゃがみ込んで何やら床を触り始めた。
何かあるというのか……?
見守っていると、ガコン! と音がして、床の一部が外れた!
「もしかして、秘密の地下通路ってやつー⁉︎」
拾井が言うように、地下へと続く階段が現れたではないか。
「これが……侵入経路……」
思わぬ展開だったので、壱岐も驚きを隠せないようだった。
学校にそんなものがあるとは……
ダンジョンかよ。
「下りてみる⁉︎ 行くよね、もちろん!」
ワクワクしてんじゃねぇよ。
「暗いからこれ、はい!」
拾井は楽しそうに俺たちにペンのようなものを配った。
持つと、ピカッとペンの先端が光った。
もろに光を見てしまい、俺は「うわ!」と、声をあげた。
目がァァ!
「どうして持った瞬間に電気がついたんだ? 魔法か?」
「ううん。持ったら電気がつくように俺が作った」
魔法ちゃうんかい!
……ていうかこれ、電気を消すときはどうするんだ?
手を離せばいいのか?
その辺に捨て置けと?
「ほいじゃあ、しゅっぱーつ!」
張り切っているわりには先頭を行こうとしない拾井。
壱岐、俺の順で階段を下りていく。
「灯りがあってもよく見えねぇな」
威力が弱いという感じでもないのに、見えづらい。
何があるのかわからない、この恐怖。
壱岐は躊躇することなく道なりに進んでいく。
「こっちであってんのか?」
「わからない。それ以外に道が……」
壱岐は言葉と共に歩みも止めた。
突然だったので、俺はやつにぶつかってしまった。
「いってー!」
その後ろにいた拾井も俺にぶつかった。
「急に止まるなよ!」
「悪い。だが……」
壱岐がペンライトを動かす。
……ん? 別の方向にも道が……?
「おい! さっさと行け! そのまま真っ直ぐだ!」
紅紅葉……先生の声が背後から飛んできたので、ちゃんと確認はできなかった。
あの道は、どこへと通じているのだろうか。
「む。階段が……」
しばらく行くと、また階段が現れた。
上へと続いている。
「これを上がればいいのか?」
「そうだ。そうすれば全てがわかる。壱岐、お前一人でまずは上がれ。お前たちは上を照らしてやれ」
言われた通りに、俺と拾井は階段のてっぺんを照らす。
天井に、いかにも押せば開きそうな感じで真四角の板があった。
入ってきたときと同じだ。
「よいしょ」と、壱岐が上に押し上げると、簡単に板は外れた。
光が暗闇に差し込む。
――すると。
「うわぁっ⁉︎」
壱岐が何やら驚いた声をあげて、のけぞったので、慌てて俺は背中を押して階段から転げ落ちるのを阻止した。
危ねぇな! 何だよ!
「……香坂さん⁉︎」
今日は演劇部の練習で実験室には来ていなかった香坂さんが、真四角に空いた穴から俺たちを見下ろしていた。
漫研に隠されていた、謎の地下通路への道。
たどり着いた先は、隣の演劇部の部室だった。
物置として使用しているスペースらしく、衣装や小道具が沢山置いてあった。
「先生にここで待っているように言われて……そしたらみんなが……」
香坂さんは驚いているようだった。
「これでわかっただろう。能美の侵入ルートが」
部活が終わって誰もいなくなってから、この地下通路を使えば部室の鍵が閉まっていても侵入して、荒らすことができる。
部長がどうやってこのルートを知ったのかという疑問が浮かび上がるところだが、それよりも何だか俺たちはこれであの漫画家気取りの女を糾弾できることに興奮してしまっていた。
あとは作戦を練って、追い込むだけだ。
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