-34話

 その夜。

 本当に壬生先輩から連絡がきた。

 今日は来てくれてありがとうなど、長ったらしくて鬱陶しい内容だった。

 俺へ向けてというより、ほぼ紅紅葉へ伝えてほしいメッセージという感じだ。

 到底読む気にはなれなかったが……とある部分で目が止まった。

 部活じゃなくてもいいから、また話がしたい、と。

 それはつまり、二人だけで会いたいということだ。

 完全に惚れてるじゃねーか。

 だんだん先輩が可哀想になってきた。

 何も知らないで……

 好きな女の子が存在しないなんて知ったら……俺はショックで寝込んでしまうぜ……


 なんて、壬生先輩にやや同情しながら迎えた翌朝。

 クラスメイトたちへの挨拶もそこそこに、自分の席に着くなり……

「ねぇねぇ、弐方」

 クラスの女子たちに囲まれた。

 何だ⁉︎ モテ期到来か⁉︎

「あんた壱岐君と仲良いよね。壱岐君ってどんな子?」

 なわけないか。

「別に仲良いわけでは……」

「いいじゃん! いつも一緒にいるよね?」

 頭がくらくらした。

 いつも一緒にいるように見えていたのか。

「俺たちが仲良しこよしだったとして……何かあるのか?」

「どんな子って聞いてんの。あんまり誰とも喋らないし、ずっと本読んでるでしょ」

 そういやあいつ、クラスでは静かだな……

 俺も放課後にしか話していない気がする。

 女子たちは何か期待しているのかもしれないが、期待に沿える解答を俺は持っていない。

 ちょっと変わってるぜ。なんて言えないしな……

 返答に困っていると、とある集団が俺に近づいてきた。

「おはよう、弐方君!」

 えらく可愛らしい男子が俺に挨拶をした。

 誰だ……?

「あのね、二人に相談があって来たんだ」

 相談? 二人?

 俺と壱岐のことだというのはわかるが……

「あ! ミラちゃん! おはようッス!」

 振り向くと、赤羽根が千切れんばかりの勢いで手を振っていた。

 ミラちゃん……?

「――千木崎か!」

「そうだよ。不思議そうな顔しているなと思ったら、僕だってわかっていなかったんだね」

 男子の格好しているのは初めて見るからな……

 俺が謝ると、千木崎は「気にしないで!」と、言った。

 ということは、この集団は演劇部御一行様か。

「相談とは?」

 静かに読書をしていた壱岐が、いつの間にか俺の傍に立っていた。

 なんて耳ざといやつだ。

「今朝、朝練で部室に行ったら、僕たちの劇の衣装がめちゃくちゃになっていたんだ……」

 落ち込んだ様子で言う千木崎。

 部員の一人がスマホで撮影した写真を見せてくれた。

 これはひどい。

「マリアちゃん、二人に先に話してくれなかったの?」

 千木崎が、俺の近くの席に座っている千ヶ崎マリアを責めるように言った。

 千ヶ崎は、ふん! と、そっぽ向く。

 ご機嫌ナナメのようだ。

「マリアちゃん!」

「ミラ、やめよう。マリアだって悔しいんだよ」

 演劇部の人たちが千木崎をなだめる。

「壱岐君たち、犯人探しをしてくれているんだよね? お願い! 絶対に見つけて!」

 千木崎含め、他の部員たちも「お願いします!」と、口々に俺たちに嘆願した。

 ちょ……やめてほしい……

 クラスメイトたちが、何事だ。と俺たちに注目しているではないか。

「――うむ。任せてくれ! この壱岐佳一が必ずや犯人を突き止めようではないか!」

 ――犯人わかってるんだけどね。

 演劇部員たちから拍手が沸き起こる。

 さっきまで俺に壱岐君ってどんな子? と聞いてきた女子どもは、「あ、こういうキャラね」と、何かを察したかのように離れていった。

 こういうキャラなんです。

「予鈴鳴ってんぞー」

 盛り上がってあるところへ担任が現れたので、皆一斉に散っていった。

 ――そういや、昨日のことを担任に伝えなければいけない。

 今日はそのために学校へ来たようなもの……は言いすぎだな。

 なんてくだらないことを心の中で言っていると、ホームルーム終了後、廊下に呼び出されたのだった。

 廊下に出るなり、担任は無言で俺に手を差し出してきた。

「?」

「察しが悪いやつだな。さっさと出せ、スマホ」

 ――それが先生の言うことかよ。

 泣くぞ。

 俺は黙って例の壬生先輩からのメール画面を開いて、スマホを渡した。

 先生は速読かってくらいのスピードで目を通し、数秒後には俺の手にスマホが戻ってきていた。

「……大したこと書いてなかったけど、これでいいの?」

「大したことは書いていなかったが、これでいい」

 復唱すんなよ。

「大したことはなくとも、それが大きな意味をもたらすこともある。――壱岐に言っておけ。今日一日は何もするなと」

「何もするなって……」

「邪魔をしたら……どうなるかわかっているな?」

「よくわかりました」

 脅してんじゃねぇよ!

 俺が服従したことに満足したのか、担任は「真面目に授業受けろよー」なんて言いながら、去って行った。

 くっそー何なんだよ、全く!

 俺はもやもやしながら教室に戻った。

「何言われたッスか?」

 赤羽根の傍を通ったときにそう聞かれたが、

「脅された」

 と、素っ気なく俺は答えた。

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