-33話

「一体何がどうなったらこういう展開になるッスか?」

 赤羽根よ。

 それは俺が聞きたい。

 女子高生のふりをした玖雅先生はふんぞり返っている。

 荒波先生が説教をしているが、聞く耳を持たない。

「あの二人、よくここでケンカしてるよ」

 実験室に入り浸りの拾井が言った。

 日常茶飯事というわけだ。

「先生……いつまであのままでいる気なんだろう……」

 勝黄先輩がボソッとつぶやくと、先生がこちらを見た。

「ムカつくから、こいつがいなくなるまで」

「クレハ!!」

 大人げないな……

「それで、収穫は?」

「ああ……」

 壱岐に促され、俺は漫研の様子と指紋を手に入れたことを伝えた。

「じゃあ早速鑑定しよう!」

 拾井は俺から漫画とボールペンを受け取っていそいそと採取を始めた。

 あとは、先生のスマホ……

「ほらよ」

 説教されている最中だというのに、俺の心を読んだかのように先生がスマホを投げて寄越してきた。

「何で先生のスマホ? てかこれ、電源ついてないよ?」

 拾井が不思議そうにうんともすんとも言わないスマホを見る。

 話すと長いので割愛で……

「何やってんだ……?」

 指紋採取なんて始めたもんだから、荒波先生は同僚の説教どころではなくなったようだ。

 作業に勤しむ俺たちを怪しそうに見ている。

「お前……おかしなことをこの子らに吹き込んだな……⁉︎」

「何でもかんでも俺のせいにするな。こいつらが勝手にやり始めたことだ」

 庇ってくれねぇか、さすがに。

「一体何をしているんだ? ちゃんと先生に説明を……」

「――一致した!」

 荒波先生の声を遮る、拾井。

「だ、誰ッスか⁉︎」

 前のめりになる赤羽根。

 俺たちも固唾を飲んで拾井の発表を待つ。

「……この人の指紋と一致したよ」

 ボールペンに付いた指紋。

 ――漫研部長のだ!

「脅迫状を送ったり、物を壊したりしていたのは、部長だったんだな!」

「やることが汚いッス!」

 新聞部の二人がやんややんや言う。

 あの三人の中で一番根に持っていそうなのは、部長ぽかったしな……

 ベレー帽女め。

 赤羽根の言う通り、やることが汚い。

「犯人はわかったが、どうやって本人に伝える? 指紋をこっそり採取しましたって正直に言うのか? あの部長にそんなことをしたら、何をされるかわからねぇぞ」

 先生の言う通りだ。

 これまでの生徒会に対する態度や、今日話した感じだと訴えるとか言い出してもおかしくない。

「おい、指紋て何だ。どういうことか説明しろ。聞いてるのか、クレハ⁉︎」と、荒波先生が何か言っているが、全員スルーである。

「現場を抑える」

 壱岐がわけのわからないことを言い出す。

「現場って……漫研の部長さんが、実際悪さを働くまで張り込みするってこと?」

「その通りだよ、香坂さん!」

 その通りだよ! じゃねぇ!

「どんだけの労力がかかると思ってんだ! ふざけんな!」

 俺は思わず叫んだ。

 指紋といい、やりかねないと思ったからだ。

 それこそ警察じゃねぇんだぞ!

「新聞部でもそこまでやらないッス」

「学校に何しにきてるんだよって感じだよな」

 あちこちから反対を食らって壱岐は押し黙った。

 香坂さんがオロオロと、壱岐の顔色を伺っている。

「それより玖雅先生! その変身魔法の秘密教えてくださいッスー! 何でそんな激カワ女子になれるッスかー!」

「それな! 写真! 写真撮らせて!」

 新聞部の連中は指紋が誰のかわかった途端、その後の展開には興味なくなったらしく、先生に迫り始めた。

「写真は禁止。他言無用。これを破ろうものなら、お前たちの命はない」

「ギャップやべぇッス‼︎」

 ギャップとかより先生に脅されてんぞ。

「ど、どうする? 壱岐君……」

 盛り上がっているやつらを横目に、香坂さんが壱岐に尋ねる。

「犯人がわかったというのに、指を咥えて黙っているわけにはいかない。彼女を糾弾し、やめさせる!」

 燃えてるねぇ。

 漫研、能美部長のしていることは汚いし、卑怯だとは思うが、そこまで熱くはなれない。

 よくよく考えてみれば、香坂さんは犯人を突き止めてほしいなんて言っていないし、演劇部からも頼まれていない。

 何となく、そういう流れになってしまった。

 なのに、そこまで正義感に燃えることができるものなのだろうか。

「誰を糾弾すんの⁉︎ 何をやめさせんの⁉︎ 誰か説明してくれ!」

 荒波先生はパニックに陥っている。

「それより子どもはそろそろ帰る時間だ。さっさと支度しろ」

 ……そんな姿の先生に言われても説得力ないな。

「俺たちは新聞部に寄ってから帰るよ」

「じゃあまた明日ッス!」

 新聞部の二人はその場で別れ、壱岐、拾井、香坂さんの四人で帰ることになった。

「きゅーだんする策は何かあんの?」

 拾井が再びその話題を持ち出す。

「一晩考えてみるよ……それより……」

 壱岐がなぜか俺を見た。

「弐方君……まだ話していないことがあるのではないか?」

「え?」

 話してないこと?

 そんなもんあったか?

「……俺、壱岐に何か話すようなこと、あったっけ?」

 全く身に覚えがない。

「漫研で他にも何か、あったんじゃないのか?」

「……全部話したけど……」

 隠すようなこともないし、漫研で起きたことは全て話したはずだ。

 他に何かあっただろうか。

 強いて言えば、壬生先輩が紅紅葉に夢中になっていたことだが……

 ――あ。

「今夜、俺のところに壬生から連絡がくる」

「私と同じ二年の壬生君……だよね? どうして弐方君のところに?」

 俺はあのとき割愛した話を目の前にいる三人にした。

「先生って変だよね」

 変だけど、お前が言うな拾井。

「確定事項なのだろうか、それは」

「きっとそうだよ。私の勘も外れたことないもの……」

 未来を見ることができるという感覚を理解できない側からすれば、先生の発言は疑いたくなるだろう。

「しかし弐方君、なぜそのことをさっき話してくれなかったんだ?」

「え? そういや……何でだろう……」

 すっかり忘れていた……と言うには何だか違和感があった。

「意図的に忘れていたんじゃないの?」

 拾井が意味深なことを言う。

 意図的にって何だよ。先生が俺の記憶から一時的に消し去ったとでも言うのか。

 そんなバカな……

 ……やりそうだな……あの先生なら……

「な……何のために弐方君の記憶から消したんだろう……? 私たちに知られたくないってことだよね。今回のことに関係ないことなのかな?」

「関係ない……とは思えん。だが、今は追求しないでおこう。君は先生に言われた通りにしてくれ」

 へいへい。そうしますよーだ。

 何様だよ、全く。

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