-32話

「今日はありがとうございましたー!」

 漫研部員三人の指紋を手に入れられたところで、俺たちは撤退することにした。

 名残惜しそうな壬生先輩に見向きもせずに、紅紅葉はさっさと歩いていく。

「なぁ、本当にスマホ壊れてんの?」

 あまりに機転が利きすぎて、俺は疑わずにいられなかった。

「壊した」

「……はい?」

「ポケットから取り出した瞬間に、ショートさせた」

 バレなくてよかったなんて言っているが、意味を理解するまでに若干時間がかかった。

 ――壊したて!

「買い替えないと駄目じゃん!」

「だから何だよ」

「データとかも吹っ飛んだんじゃねぇの!?」

 バックアップを取っていなければ地獄だ。

「消えて困るようなデータとかないし」

「連絡先とか……!」

「俺は困らない」

 狂ってやがる……

「こんな電子機器一つでごちゃごちゃうるさいやつだな。お前のスマホが壊れたわけではないだろ」

 電子機器言うな!

 電子機器だけど!

「今や魔法なんかより必須なものだろ!」

「俺は魔法のほうが大事。以上」

 何だ……何なんだこの人!

 人によって物の価値観が違うといえども!

 スマホだって安くねぇぞ!

「つか先生っていくつだよ!?」

「は? 何で急に年齢」

 そこそこの年齢だろうけど、まだ若いっちゃあ若いだろう。

 スマホに依存していてもおかしくない年代のはずだ。

「三十……」

 なぜか腕を組み、うーん。と、うなる。

「……忘れた。三十過ぎ。多分」

「何で忘れるんだよ!?」

「二十五過ぎたあたりから、自分の年齢がよくわからなくなってくるんだよ。お前も時がきたらわかる」

 ……俺は絶対自分の年齢を忘れたりなんかしないぞ……

「年齢なんて把握していたって虚しいだけだからな」

 俺だってアラサーになればそんなふうに思うことになるのだろうけど、先生の場合、俺たちとは違う重みがあるような気がした。

 それが何なのかは、今はまだわからなかった。

 もうスマホのことはいいや……

「先生、いつまでその格好でいるんだよ」

「教室に着くまで。誰かに見られていたらまずいだろう」

 そうだけどさ……

 部室棟へ行く間も、こうやって戻っている今も結構人とすれ違っている。

「誰も俺だとは思うまい」

 思わねぇけど、目立つんだよなー

「同じ魔女なら見抜かれるかもしれないな! だがこの学校に俺と同等の魔女なんていない! よってバレることはない!」

 すげぇ自信……

「赤羽根が魔女は変身魔法が得意とか言ってたけど、それは本当?」

「さぁ。みんな普通に使えてたし。わからん」

 みんな……?

「そんなことより弐方、お前しっかり自分のスマホを見とけよ。今夜……壬生から連絡が来る」

「え……」

 俺は思わずポケットを押さえた。

「な……何でわかるんだよ!?」

「見えた」

 見えた!?

「どういうことだよ! 見えたって……未来を見たのか!?」

「よくわかってるじゃねぇか。香坂にでも聞いたか」

「何か重要な連絡だったりすんのか!?」

「詳細はわからない。ただお前がスマホを見てげんなりしている顔だけが見えた」

 俺は息を呑んだ。

 そんなにはっきりと……わかるのか……未来というのは。

「壬生先輩からっていう確証もないじゃん」

「ないよ。勘だ」

 そこは勘かよ。

「未来を見るっつっても俺のはコントロールができないし、精度もそこまで高くない。今みたいに、部分的に突然見える……というか、見せられるっていう感覚に近いか」

 未来を見せられる。

 一体どういう感覚なのだろうか。

「そういうことだから、ちゃんとスマホ、確認しておけよ」

 わかったよ。と、俺は頷く。

 そうこうしているうちに実験室にようやくたどり着いた。

「やっと元の姿に戻れる」

 なんて先生は言っているが、俺には楽しんでいるように見えたぞ。

 ガラッと引き戸を先生が開けると、まず目に飛び込んできたのは、ここを出るときにはいなかった荒波先生の姿だった。

 荒波先生は三年の生徒指導担当の先生で、教科は数学を受け持っていて……そして、この女子高生に化けている玖雅先生の同級生という……説明をしているこの数秒で、先生は黙って実験室の扉を再び閉めたのだった。

「先生……」

「ちょっと自販機行ってくるわ」

 同僚であり、友だちでもある人物にこんな姿を見られるとは思いもしなかっただろうけど、でも先生……自分と同等の魔女でもない限りバレないって言ってなかったっけ?

「何やってんだ、お前ー!!」

 荒波先生が破壊しそうな勢いで扉を開けた。

 ――バレてんじゃん!

「また生徒のふりをして勝手なことをやってるな!? それ、やめろっつっただろ!」

 ……また?

 もしや……常習犯……

 俺は白い目で玖雅先生を見た。

「どこで何をしようがお前には関係ないだろ」

 その言い方はないだろ……

 案の定、空気が凍りついたのを俺は感じた。

「――いい加減にしろよ! 人を騙すような真似をして楽しいか!? 何をしてたか知らないけど、もっと他のやり方があるだろ!」

「ハイハイ。こんなやり方しかできなくてすみませんでした」

 荒波先生はかなりお怒りのようだけど、玖雅先生は反省している気配もない。

 むしろ荒波先生の怒りをさらに増幅させているだけだ。

「自分が先生だってわかってんのか? いつまで子どもみたいなことを続ける気なんだ!」

「……」

 子どもみたいと言われ、玖雅先生が気を悪くしたのはよーくわかった。

 ――気を悪くしたなんてレベルじゃねぇな。

 先生は何も言わずに実験室に入っていった。

「おい! クレハ!」

 荒波先生が後を追う。

 やれやれ。大人が何やってんだか。

 ため息をつきながら、俺もゆっくりと実験室へ入った。

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