-31話
「何でそこまでして手伝ってくれんの?」
しょせんは子どものお遊び。
放っておけばいいのに……
「この目で集めた指紋を廃棄するのを見届けるためだよ……」
「あー……ハハハハハハー……」
お遊びにしては行きすぎたことをしていたんだった。
笑うしかない。
「いいか、さっきも言ったが一回きりだ。今日で部員全ての指紋を気づかれることなく必ず採取しろ。二回目はない」
「了解でーす」
部員全員いなかったらどうすんだよと言いたかったが、大人しく返事をした。
「でも、気づかれないようにって結構ハードじゃない?」
「これを使え」
先生が紙とペンを寄越してきた。
何だこれ?
「お前……もう忘れたのか」
朝凪学園部活動入部体験スタンプラリー……
10個集めれば食堂で使える10円クーポンプレゼント!
――生徒会が発行しているらしい。
そういや配られたような……
部活なんて入る予定なかったから、捨てた気がする。
「一人はこのボールペンで名前を書かせればいい。あとは自分で考えろ」
「えー!」
そんな無茶な!
「責任重大すぎんじゃん……」
「文句を言うな。こっちは体張ってんだよ」
俺も体張ってますけど……
ていうかさ……
「女子になる必要あった?」
「わかってないな! どうせ漫研とか男子しかいねぇだろ!」
わかってないのはあんたのほうだろ!
偏見もいいところだ!
「むさ苦しい空間に女子が加わる……バカな男たちは食いつくだろうよ。その隙にお前は自分のやるべきことをするんだな」
あんたもそのバカな男の一人じゃねぇか。
何なんだ、この人。
本当に先生か?
「失礼しまぁぁぁーすっ!!」
部室棟一階。
漫画研究部の部室を、先生は完全に女子の声色で何の戸惑いもなく開けた。
しかし、部室内は先生の謎のハイテンションキャラとは真逆の空気感を醸し出していた。
これは予想通りだったが……
「……何?」
女子二人、男子一人。
これが漫研のメンバーだった。
……先生のことああ言ったけど、俺も内心どうせ男しかいねぇんだろうと思ってた。
思ってました、はい。
くっそー女子のほうが多かったかぁ。
これで先生の計画は崩れたな……
「体験入部で来ました! 漫画研究部さんの部室であってますよね?」
「あってるけど……」
ベレー帽なんか被って、漫画家気取りな女子が俺たちを訝しげに見てきた。
もう一人の女子は、見向きもせずに漫画を読んでいるし、唯一の男子はベレー帽の女と俺たちを交互に忙しそうに見ている。
「体験入部ってことはあんたたち、一年ね……私は部長の
「俺は
……壬生先輩の視線は可愛い女子に化けた先生にいっている。
「
何だ、その名前。
「……弐方慎二郎です……」
「あんたたち、何の漫画読むの?」
はい、きました。
そりゃ聞かれるよねって質問。
「俺は色々……」
「私はあまり漫画に詳しくないので、教えてほしいでーす!」
はっきり言いやがった……
案の定、二人の先輩は呆気にとられている。
下手に嘘をつくよりかはいいのかもしれないが、正直するのもどうかと思う。
「あんた……よくそれで漫研に来たわね……」
俺がこの人たちの立場でも同じことを言っただろう。
「駄目ですか? 弐方君がいつも面白いって言うから、何がそんなに面白いのか知りたくて!」
いい加減なことを言うんじゃない!
話を合わせるのだって大変なんだからな!
「駄目じゃないよ! どうぞ、座って!」
壬生先輩がいそいそと俺たちに……正しくは紅紅葉に椅子を用意してくれた。
「ここには沢山漫画があるから、好きなものを読んでね!」
部室はほぼ漫画で埋め尽くされていた。
全て部費で購入されたものなんだろうか……
かなり年季の入った漫画も見かける。
「……漫研って、漫画を描いたりしているんですか?」
壬生先輩は紅紅葉に夢中なので、俺は部長に尋ねた。
「あー……うーん……まぁ……」
歯切れが悪い。
「時々……描く……かな?」
「えー! すごーい! 見たいです!」
ここぞとばかりに割り込んでくる紅紅葉。
部長は思った以上に食いつかれたせいか、顔をひきつらせた。
「こ、今度ね……」
描いてねぇな、これは。
「どこかに投稿したりしているんですか?」
「へ!? 投稿!? してるわよ!?」
してないな……
「ま、まぁ私のレベルについてこられるような賞がないから、今はほとんど投稿してないわね! 私の漫画の良さを理解できるやつはいないわね!」
漫画描けないんだな……
「そんなにすごいんですね! ぜひ見てみたいです!」
やめてやれ、先生。
「わ、私のことはいいのよ! 一年! あんたたちの実力を見せなさい!」
「えっ」
ちょっと待て。俺は漫画なんて描けねぇぞ。
「いや、俺は読むだけなんで……」
「私も漫画は描けないですー」
「はん! 大したことないわね!」
俺たちも描けないとわかってか、安心した表情になっている。
「あ、でも絵なら描けますよ」
「――絵?」
平仮名の「え?」だったかもしれない。
「この漫画の女の子、描きますね!」
紙と鉛筆を借りて、紅紅葉は机に無造作に置いてあった漫画の表紙を見ながらヒロインを模写し始めた。
「う……うまっ……」
見事なまでの模写だった。
「あんた……美術部行けば……?」
本当だよ。
そんな引き出しあるとか知らねぇよ。
最初に言っとけ。
平然を装うこっちの身にもなってくれ。
「す、すごいね、紅さん! 絵描くの好き?」
「うーん。普通」
「選択科目は美術じゃないの?」
「音楽にしました!」
……音……楽……!?
「美術じゃないんだ……」
「最初は書道でもいいかなって思ったんですけど、筆とか墨とか……道具が多いのが嫌だったので、リコーダーだけ持っていれば何とかなる音楽にしました!」
この人……自分が高校生だったときの体験を語ってる……
ちなみに俺は書道にした。
「音楽もできるんだ」
「ギター弾けますよ!」
意外すぎる特技きた。
「……好きな教科は?」
「体育です」
化学じゃねぇのかよ。
「走っているだけで授業が終わるなんて最高じゃないですか」
さっきから理由が可愛くねぇな。
「得意な科目は強いて言うなら化学! 他の教科もドンと来い! ですよ!」
無敵か。
「何なの……この子……それに比べてこっちは……ザ・普通……」
部長が俺を何とも言えない表情で見てきた。
ええ、ええ。普通を目指してますよ。
「ラノベの主人公とヒロインみたいなやつらが現れたわね……」
ラノベにされてしまった。
こんなはずでは……
なんて笑っていると、隣から何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「うるさいわね……演劇部……」
部長が顔をしかめた。
「隣、演劇部なんですね」
「そう! 練習だか何だか知らないけどうるさいったらありゃしない! たまにドタバタ走る音も聞こえるのよ!」
近所迷惑! と、部長は文句を言い始めた。
思わぬ形で演劇部の話題が出た。
相当毛嫌いしているようだ。
部室の話も出るかと少し期待したが……それは言わなかった。
自分たちが悪いということはわかっているのだろう。
「演劇部のことより……どう? 入部する?」
壬生先輩は入部してほしそうに言った。
――紅紅葉に。
「他の部ももっと見たいので考えておきますね」
「そ、そうだよねー……」
彼女みたいに何でもできる子が漫研に来るわけがないといった諦めの気持ちが含まれた「そうだよね」だった。
「あ、部長。これ、お願いできますか?」
俺はさりげなく例の部活スタンプラリーシートと、ボールペンを渡した。
部長は、はいはいと、特に疑うこともなくサインをしてくれた。
よし……あと二人……
「……あ! その漫画!」
一言も言葉を発していない石動先輩をどうしたものかと思ったが、案外簡単に事は運んだ。
俺は先輩の読んでいる『井戸の中の蛙は空を見ていた』というタイトルの漫画を指差した。
「それ、最近話題になってるやつですよね!? 気になってるんですけど、面白いですか?」
「一巻」
先輩は棚から一巻を引っ張り出してきて、俺に渡した。
喋ったのはその一言だけだった。
「えっと……借りていいんですか?」
「お好きにどうぞ。いつ返しに来てくれてもいいわよ」
石動先輩ではなく、部長が答えた。
部員でもないのにいいのか……
いや、でもこれで石動先輩の指紋をゲットできたぞ。
あとは……
「あ……あの……紅さん。よかったら連絡先交換しない……?」
何としても紅紅葉との関係を保とうとするこの男……
それ、先生だぞと言ってやりたい。
「いいですよー。ちょっと待ってくださいねー……あれ? おっかしいなぁ……」
スマホをいじり始めた紅紅葉は首を傾げた。
「どうしたの?」
「私のスマホ、何だか様子がおかしいみたいですー」
見てくださーい。と、機体を壬生先輩に渡した。
――ナイス!
「電池切れかな?」
「えー! さっき充電したところなのにー?」
「充電器」
石動先輩、二言目。
先輩が出してくれたモバイルバッテリーに繋いで少し様子を見たが、スマホはうんともすんとも言わなかった。
「壊れてるぽいね……」
「そんなぁ」
ガックリと肩を落とす……ふりをする、紅紅葉。
「じゃあ先輩、私に何か用があるときは弐方君に連絡してくださーい……」
「……え?」
俺も「え?」だわ。
何で俺が紅紅葉の代わりに壬生先輩と連絡先交換してんだよ!
今俺のアドレス帳の中で一番不要な連絡先だよ!
絶対この件が終わったらさっさと消そ。
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