-29話

 その日はもう遅かったので、次の調査は翌日に持ち越された。

 俺、壱岐、そしてなぜか赤羽根は一年A組を訪れていた。

 A組に何があるのかと言うとだ。

「……何で私があんたたちにそんなことを教えないといけないの?」

 生徒会副会長、四十内所属のクラスなのである。

 突然やって来て部室棟のことを聞く俺たちを、四十内は怪しんでいた。

 俺と赤羽根は何と答えるべきか悩んでしまったが、壱岐がそんな俺達に構わずペラペラと話してしまった。

 ただし、指紋のことは言わなかった。

「はぁ、脅迫状ねぇ……」

 そんなもの、放っておけば? とでも言いたげな反応だった。

「正直……入学前のことだから詳しくは知らないと言いたいところだけど……漫画研究部の部長がしょっちゅう抗議に来てるから事情は把握してるのよね」

 四十内は声を潜める。

「この学校の方針として、成績の良し悪しにかかわらず、活動しているという実績があれば予算は与えられ、部としての存在が許されるの」

「それは……運動部なら何かしら大会に出ていればいいってことか?」

「そう。赤羽根さんたち新聞部は、校内新聞を発行し、配布している。これも立派な活動実績。演劇部なら公演を行うし、高校生演劇の大会にも出場している。ところが、漫画研究部ときたら……」

 何もしていないんだな。

「引き合いに出すのは非常に心苦しいのだけれど、文芸部は年に何冊か部誌を発行して、即売会に参加して売り上げを出しているそうよ。漫画研究部だって同じことをしようと思えばできるでしょ。ところがそういう素振りは一切ないってわけ。部費のためにみんな頑張って活動しているのに、漫画研究部だけ見逃すわけにはいかないでしょ。だから先輩は警告したのよ」

「先輩?」

「生徒会長のことね。――以前から演劇部から空き教室でも何でもいいから、もう一つ部屋を使いたいと言われていたの。さすがに演劇部が使えるような空き部屋は用意できないから、漫画研究部の部室を狭くして演劇部の部室を広げるって話になったみたい。もちろん漫画研究部は猛反対だったけど、ろくに活動もしていないのに部室なんて必要ないだろうってわけで、強行したって話よ。言っておくけどこの決断を下したのは先輩じゃなくて、辻先生だから」

 辻先生……部室棟改修工事の担当教師として名前が載っていた、体育の先生だ。

「いくら言うこと聞かないからって、無理やり場所を奪うのは可哀想だし、先輩は去年、文化祭で何か一つでも作品を出すように通達したんだって。けど従わなかった」

 その結果がこれというわけだな。

「先輩のせっかくの優しさをあいつらときたら! 踏みにじったのよ! 私だったら即刻廃部にしてるわね!」

 廃部に追い込むのはやりすぎだとは思うが……

 なかなかの厄介者っぽいな、漫画研究部。

「活動はしないくせに、生徒会に楯突く元気はあるようだから、呆れるわ! 全く!」

「活動していないのなら、彼らは部室で一体何をしていると言うんだ?」

「漫画読んだり、お菓子食べたり、お喋りしてるだけって聞いたわ。家でやれ!」

 家でできることだな……確かに……

「別に私だって廃部にしたいわけじゃないのよ。ただ、誠意を示せって言ってんのよ。じゃないと他の部に示しがつかないじゃない。今や漫画研究部は入部希望者もなく、二年生と三年生……計三名しかいないのよ!? 部を存続させようって意識すら感じられない!」

 だんだん熱が入り始めたぞ……

 漫研がだらしないことも、言うことを聞かないのもよくわかったから……落ち着け。

「はわ~!」

 隣にいる赤羽根は赤羽根で奇声をあげて、目を輝かせているではないか。

 何なんだ……

「さ、さすが副会長ッス! 正義感の塊ッス! ぜひ取材させてほしいッス!」

 何しに来たんだよ、オメーはよ!!

「え……赤羽根さんってこの間ひどい記事を書いてた人でしょう……?」

 わかりやすいくらい嫌そうな顔をする四十内。

「改心したッス! 今はこういう新聞を作ってるッス!」

 例のアイドル速報を渡す。

 持ち歩いてんのかよ!

「……ルミナス、好きなの?」

 記事を見た四十内の表情がみるみるうちに変わっていく。

「好きッス! 可愛いし、歌も上手いし!」

「――わかる!!」

 んん?

「私、まだ一回もライブチケット当選したことなくて……」

「私もッスよ! 倍率高いッスよね~! 中学の友だちで当たった子がいるんスけど、超よかったって言ってて……羨ましすぎッス!」

「えー! いいなー!」

 盛り上がり始めるルミナストーク……

 俺もわかるけど、ライブとか行くほど熱狂的なファンでもない。

 壱岐は……アイドルとか興味なさそうだな……

 こいつのこと、まだよくわかんねぇけど……

 女子たちが盛り上がる中、俺たちはどうすればいいのかわからず、突っ立っているだけだった。

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