-26話

「お帰り~! って、どうしたの?」

 実験室に逃げ帰ると、拾井に不思議そうにされた。

「思いもよらぬことに巻き込まれてしまってな……指紋は採取してきた」

 拾井に指紋を渡す。

「あれ? 先生は?」

 トバセンの姿がそこにはなかった。

「会議だから行っちゃった」

「そうか。ならば照合は俺たちだけでやるとしよう」

 えー! 絶対大変じゃん……

 今日中に終わんのかよ……

「な、何だかドラマみたいで緊張するね!」

 俺はうんざりしていたが、香坂さんはワクワクしているようだった。

「壱岐と香坂さんの指紋はこれ。それ以外の指紋と照らし合わせていくよ。脅迫状から採取した指紋に集めてきてくれた指紋を重ねて、ピッタリ合えばオッケー!」

 こうして地道な作業が始まった。

 一枚一枚丁寧に慎重に、回収してきた指紋を重ねて合っているかどうか確認していく。

 脅迫状に付着していた指紋は全部で八つ。

 そのうち二つは壱岐と香坂さんのものだ。

 なので、確認すべくは六つの指紋。

 一つは俺が調べていたものと一致した。

 高千穂部長のものだった。

 部長の指紋が付いているのは当然っちゃあ当然だろう。

 次にわかったのは、千ヶ崎。

 こいつが脅迫状に触れたのもおかしなことではない。

 ――残りはあと四つだ。

「何やってんだ……お前ら……」

 日が落ち始めた頃、トバセンは戻ってこなかったが、代わりに玖雅先生が実験室に現れた。

 俺たちが黙々と何かをやっているのを見て、呆れた顔をする。

「指紋を調べているんだ」

「そうか……早く帰れよ……って、は!?」

 拾井の答えをサラッと流そうとしたが、そうはいかないことに気がついたようだ。

「指紋……!?」

 壱岐が簡単に事情を説明した。

「……」

 先生は言葉も出てこないようで、頭をしばらく抱えていた。

「……もし、人権侵害だの何だの言われたらどうするつもりだ?」

 すでに言われたし。

「演劇部員からは了承済みだ。それに、この調査のことは内密にするようにも言ってある。あの人格者である高千穂部長や部員たちなら信じて問題なさそうだろう」

「そういうことじゃなくてだな……」

「事件が解決すれば指紋は破棄するつもりだ」

「そのときは立ち会わせてもらうからな」

 俺たちへの信用度が低くなっているのは明白だった。

「お前らもなぜ止めない。おかしいだろ、高校生が指紋を調べるなんて」

 俺と香坂さんはこいつらを止めなかったことを責められた。

 面倒な作業ではあったが、実は俺も警察の真似事をしているようで若干楽しんでいたとは言えない。

「ごめんなさい」と、香坂さんは亀のように首を引っ込めた。

「それに、脅迫状が届いた時点で演劇部は何で顧問に言わなかったんだ?」

「演劇部に顧問なんていましたっけ……」

 おずおずと香坂さんが答えると、先生は大きなため息をついた。

 この学校の部活は、生徒が自主的に動いていることが多いので、顧問という存在をそこまで重視していない。

 形だけの顧問。

 おまけに、ここ最近部活の顧問なんて業務の範疇外だなんて声もあがっており、世の中の先生たちは部活という名のボランティアに消極的なのである。

 演劇部もあの通り、高千穂部長を筆頭に大人の力なんて必要としないくらいの行動力の持ち主たちが集まっている。

 香坂さんが顧問を知らないのも無理はない。

「演劇部員たち自身がこの脅迫状に対して関心を持っていないというのに、顧問なんぞに相談したところで、何か対処してくれるとは俺は思わんが」

 壱岐が生意気な口をきく。

「それとも玖雅先生ならば親身になってくれたとでも言うのか?」

「このクソガキがっ……」

 先生! 気持ちはわかるけど、本音が!

 本音がだだ漏れだぞ!

「そこまで言うなら俺もやってやるよ……寄越せや、指紋」

 怖いんですけどその言い方……

 俺たち四人から少しずつ先生に指紋を渡して、照合作業は再開された。

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