-25話

 俺たちは部員たちから指紋採取をしつつ、脅迫状について何か心当たりはないか聞き回った。

 だが、どの人も心当たりはない、もしくは千ヶ崎派か部長派のうちの誰か、しか回答を得られなかった。

 三択で集計したほうが早くないか?

「大変そうッスね。私も手伝おうか?」

「いや……あと少しだし……」

 ……ん? 今の話し方って……

 俺は声をかけてきたやつの顔を見た。

 赤縁眼鏡の女がニヤニヤしながら立っていた。

「赤羽根かよ……」

「なんスか! その嫌そうな顔は!」

 こっちはお前の顔なんて見たかねぇわ。

「何で演劇部の部室にいるんだよ」

「取材ッスよ! 演劇部のアイドルちゃんたちを!」

「は?」

 何言ってんだ、こいつ。

「……脅迫状のことではなく?」

「それは今初めて聞いたッスね! 面白そうスけど、今の私には不要な内容ッスね」

 俺は驚きのあまり言葉を失った。

 この間とえらい違いだ。

 ゴシップネタ大好きかと思いきや……

「ふっ……驚いているようスね、弐方君……私は生まれ変わったんスよ! ニュー赤羽根ッス!」

 だせぇ。

「まぁ、先生に怒られるわ、部長に破門されそうになるわで方向転換しただけなんだけどねー」

 一見さんの事件のときにカメラを回していた、赤羽根の先輩と思しき人が引きつった笑みを浮かべていた。

「ちょ! 勝黄先輩! 余計なことは言わなくていいッスよ!」

「方向転換?」

 こいつらまたよからぬことでも企んでいるのでは……

「興味ある? これなんだけど」

 赤羽根の眼鏡先輩……ではなく、勝黄先輩とやらから一枚の紙を手渡された。

 内容はと言うと、今大人気の謎の美少女アイドル、ルミナスのことしか書かれていなかった。

 先日見たゴシップネタに溢れた朝凪タイムズとは雲泥の差だ。

 つかこれ、よく見たら朝凪タイムズじゃねぇ!

 朝凪アイドル速報?

 何だこれ。

「朝凪タイムズに関わらせてもらえなくなったので、勝手に作りました」

 そんなことしていいのか!?

 先輩、遠い目してるけど!?

「部長ときたら、私らの書いた記事には品がないって言うんスよ!? 自分だってやってること同じでしょーが!」

「その辺の内輪揉めは知らねぇけど……何でまたこんな……」

 朝凪と関係ない中身だし……

「第一号なんでひとまず推しを取り上げたんスよ。みんなも好きでしょ、ルミナス」

 推しとか言うわりには、ヤケクソかよ。

「今後は朝凪のアイドル的存在の人たちを取材していくッス! 有り難いことに千ヶ崎さんから依頼をいただいたので、こうしてやって来たってわけッス!」

 千ヶ崎さんが?

「ええ、宣伝のためですわ」

 忙しいと言っていた千ヶ崎さんが、俺たちの所へ歩み寄ってきた。

「赤羽根さんたちの記事には、影響力があるということを先日の件で実感いたしました。その力をぜひお借りしたいと思った次第です。利用できるものは全て利用する……それが私のやり方ですわ」

 たかが高校の演劇……なんて言ったら殺されるかもしれない。

 千ヶ崎さんたちは、舞台を成功させるためならどこまでも貪欲になるのだろう。

「じゃあ……演劇部にもアイドル的存在の人がいるってことか?」

「は~わかってないんスね、弐方君。それでも男の子ッスか」

 あ? なんだ、そのため息は。

 男なら誰でもアイドル好きだと思うなよ!

 まぁ、俺は好きだけどな!

「仕方ない。教えてあげるッスよ。演劇部のアイドルたちを!」

 腹立つ言い方だが……俺はちょっとだけワクワクしていた。

「あそこにいる、ノアさんとミラ君ッス!」

「……え?」

 赤羽根は、女子に囲まれてる王子様みたいな格好をしたやつを「ノアさん」と言い、わいわいしながら、服を作っている可愛らしい女子を「ミラ君」と言った。

 逆じゃね……?

「ふっふっふっ! 合っているんスよ……それが……」

 俺は信じられなくて、千ヶ崎さんに目で訴える。

「本当ですわよ。いいでしょう、紹介いたします」

 そう言って、二人を呼び寄せた。

「一年C組の千木崎ミラです! よろしくね!」

 パチッとウィンクまで決めた千木崎は、どこからどう見ても女子である。

 男……男なのか……

 女子の制服を着ているんだが……

「ノアです。本名とクラスは内緒にしているんだ……ごめんね」

 で、こっちは男子ではなく女子である……と。

 くっ……嫉妬したくなるほどイケメンっ……!

「ミラさんは衣装担当、ノアさんは中学校のときから演劇部だったそうなので、演技指導をしていただいています」

「二人とも私らの新聞にピッタリな人材でしょう!?」

 あーはいはい。そうですね。

 二人とも目立ちそう……というか、目立っているな。すでに。

「二人とも可愛いし、格好いいし……推せるッス……!」

「……何でお前泣いてんの?」

 空気の読めないヤバいやつだと思っていたが、アイドルオタクだったのか……

 どちらにせよヤバいやつに変わりはないか。

「ねぇねぇ、君も一年? どこのクラス?」

 千木崎ミラにそう聞かれたので俺は自己紹介をした。

「マリアちゃんと同じクラスなんだね!」

 俺は頷く。

「千木崎って、普段からその格好なのか?」

「ミラでいいよ! ――ううん、部活のときだけ! 普段はちゃんと男の子してるよ」

 わざわざ着替えているのか……

「本当はね、女子の制服で登校したいってお願いしたんだ。玖雅先生はいいよって言ってくれたんだけど、他の先生たちが猛反対したみたいで、駄目になっちゃったんだよね」

「そっか……」

 実はというと我らが担任、玖雅先生は化学教師であると同時に一年の生徒指導も担当している。

 普通体育の先生が担当しそうなものだが、朝凪は違う。

 そんな三足の草鞋を履いている担任が、許したのならばいいような気もするが……先生一人の力じゃどうにもならないくらいの反対にあったのだろう。

 俺は本人の好きな格好をすればいいと思っている人間なので、頭の固い大人たちが多いことを残念に思う。

「いいんだ! 別に男子の制服を着るのは嫌じゃないし。どっちも着られてラッキー! って感じ!」

 俺が同情的な目を向けてしまったせいか、ミラは明るく振る舞った。

「ミラちゃん健気ッス……! 理解のない世の中なんて滅びればいいのに……!」

 意味不明なことを言っている赤羽根は無視する。

「弐方君……」

 和気あいあいとしていると、背後で湿度の高そうなジトッとした声で名前を呼ばれた。

「君が楽しそうにしている間に指紋は全部回収し終わったぞ」

 壱岐が冷たい目を俺に向けていた。

「ご、ごめん」

 そもそも手伝うなんて一言も言ってねぇし。

 勝手に巻き込みやがって。

「それ……本当に照合するんだ?」

 ノアが俺たちの持つ演劇部員たちの指紋を指差して言った。

「ああ……今、帷先生たちが脅迫状に付着していた指紋を採取してくれているんだ。それらと照合予定だ」

 先生の名前を出した瞬間、部室内が静まり返った。

「……え、何でトバセン……?」

 誰かがそう言った。

「先生がこの方法を提案してくださったんだよ」

 壱岐は丁寧に疑問に回答した。

 しかし、その答えに耳を貸す者はおらず、なぜ先生が出てくるんだということで、騒ぎ始めたではないか。

 この際トバセンとかどうでもよく、先生という存在が問題のようだ。

 生徒間の問題に大人に入ってきてほしくないのだろう。

「つーか、どうせ千ヶ崎派の誰かなんだろ? さっさと名乗り出ろよ」

「はぁ!? あんたたちのほうこそどうなのよ!?」

 やばっ……一気に火が燃え上がった!

 何でこんなことに……って、俺たちのせいか!

 部長派と千ヶ崎派はつかみ合いになりそうな勢いで、言い合いを始めた。

「乱闘ッス!! 先輩! 写真写真ー!」

 新聞部の二人は自ら戦火へと飛び込んでいく。

 高千穂部長が「やめなさい!」と叫ぶものの、部員たちの耳には届いてない。

「に、逃げよう!」

 俺は壱岐の首根っこと香坂さんの手をつかんで、その場を脱したのだった。

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