-23話
どういう劇に出るのか、いつ観ることができるのか……そういう細かいことは不明だったが、それらを知る日がやって来てしまった。
科学部と共同生活を送ることになったものの、間島先輩は相変わらず助っ人で忙しいし、俺と壱岐は拾井の実験の手伝いをさせられる日々を送っていた。
そんなある日。
「こんにちはぁ~……」
浮かない顔をした香坂さんが、久々に顔を出した。
「どうした。元気がないように見えるが」
「うん……」
香坂さんは壱岐に座るよう言われ、椅子に腰を下ろした。
うっかり手元から目を離してしまい、ボン! と、ビーカーの中の液体が軽く爆発してしまった。
わー! などと叫びながら、俺と拾井は慌ててこぼれた液体を片付ける。
「……で、演劇部で上手くいっていないのか?」
「ううん、そうじゃないの。みんな親切だし……友だちも増えたし……」
香坂さんの話に耳を傾けようとするが、今度は別のビーカーが沸騰し始めた。
「うわー! こっちもこぼれた!」
「何やってんだよ!」
なぜか俺が拾井を叱咤するハメに。
「おい! 何をやっているんだ!」
隣の部屋から先生が怒鳴り込んできた。
玖雅先生じゃない。
――トバセンだ!
「失敗しちゃったーすぐ片付けまーす」
怖いと評判の先生相手だろうが呑気な拾井。
先生は、またお前か。とつぶやいていた。
拾井……あのトバセンにすら怒りを通り越して呆れられているのか……
間島先輩なんて、テンションが上がって女子サッカー部たちとグラウンドで砂遊びをして、めちゃめちゃに怒られたというのに……
「薬品の扱いに気をつけろ。ここには毒物もある」
「大丈夫! 今日は蛙しか使ってないから」
……蛙?
蛙って何だ、どういうことだ。
俺が一人ざわざわしている中、二人は難しい単語を並べて話し出した。
お前、トバセンとも対等に話せんのかよ。
という驚きもあったが、それ以上に蛙という単語が頭から離れない。
俺は……何を触らされていたんだ……
「……話の続きをどうぞ」
「あ、うん」
壱岐は俺たちのやりとりには興味ないといった様子で、香坂さんを促す。
「私を誘ってくれた千ヶ崎さんて、すごい人なの。カリスマ性があるというか……一年生なのにもうみんなをまとめてて……」
「それって、先輩たちからしたら面白くないんじゃない?」
俺が口を挟むと、彼女は言葉に詰まった。
はぁ……お察し……
「弐方君の言う通り……部長派と千ヶ崎さん派に分かれている状態。空気が良くないんだよね……」
「切磋琢磨していていいんじゃないのか?」
壱岐……空気良くないっつってんだろうが……
切磋琢磨している雰囲気があるなら、そんなこと言わねぇよ。
「最初は、壱岐君の言うように、互いに刺激してよりいいものを作ろうとしているのかなと思ったけど……これは明らかに違うなってことが……」
現在、部長派と千ヶ崎派の二つの派閥に分断されてしまっている演劇部は、今度行われる新歓公演で各々劇を披露し、どちらが優れているかを競うために、奮闘しているそうだ。
――そこまではよかった。
派閥で分かれているとはいえ、部員同士がバチバチ火花を散らしあっているとかそういうわけではなかったとか。
だが、いつからか互いに嫌がらせが始まるようになったらしい。
作った衣装がめちゃめちゃに破られていたり、小道具が壊されていたり……
そして。
「こんなものが……」
香坂さんが机に置いたのは、一枚の紙切れ。
壱岐の背後から俺は内容を覗き見る。
「うわ、何だこれ。脅迫状?」
中身読まずともそれが脅迫状だとわかったのは、新聞の文字を一文字ずつ切り抜いて貼り付けた……脅迫状のテンプレみたいたものだったからだ。
「マジでこんなの送ってくるやついるんだ……ウケる……」
俺ももっと近くで見せてもらおうと、手を伸ばすが……
「――待て。ベタベタ触るんじゃない」
拾井と談議していたトバセンの鋭い声が飛んできた。
慌てて手を引っ込める。
「その紙に付着した指紋を採取すれば、送り主なんぞすぐ判明するだろう」
「はーい、ここに俺お手製の指紋採取キットあるよ~」
……この先生、怖い顔して何を言ってるんだろう。
「え……そこまでする……?」
「送り主は指紋のことなど考えてないに決まっている。それを逆手に取り、さっさと犯人を割り出せ」
俺たちが何と返せばいいのかわからず、ポカンとしている間に、拾井がマジで採取を始めやがった。
「手紙の指紋を採取しても、それを照合する指紋が必要になるよね……? 私と壱岐君も触っちゃったし……」
「先生、この学校は生徒、教職員の指紋を保管していたりするのか?」
「あるわけないだろ」
あったらビックリするわ。
犯罪者の集まりかよ。
「お前たちの指紋に加え……演劇部員たちの指紋を集めて、調べればいい」
……朝凪の演劇部、大所帯って聞いてるけど。
現実的じゃねぇなぁ。
「先生! 指紋出てきたよ」
スルーしてしまったが、拾井のやつ、お手製の指紋採取キットとか言ってやがったな。
何でそんなもん作れるんだよ、何で作ってんだよ……
「手間と労力はかかるが……演劇部員たちを容疑者から外すことはできるかもしれんな」
「……どういうことだ? 演劇部外の仕業だってことか?」
壱岐が意味深なことを言うので、俺はすぐさま疑問点をぶつけた。
「私、てっきり千ヶ崎さん派か部長派のどちらかに対する嫌がらせだと……」
うん。俺もそう思ってた。
「そうとも捉えることはできるが……あの文面を今一度思い出してほしい。今すぐ奪った部室を出て行くべし。さもなければ不幸がおとずれる。そう書いてあった」
え~……そうだっけ……?
内容まではちゃんと見てなかったな……
「誰に対して発しているメッセージなのかが、わからないと思わないか? これだと、演劇部全員に向けてのように感じる」
派閥争いによるものなら、名指しでもいいのでは。
そう言いたいのか。
「簡単に特定されちゃあ面倒だから、あえてそうしたんじゃねぇの?」
「ふむ……果たしてそうだろうか……」
一つの可能性として言っただけだっつーの。
真っ向から否定されると腹立つな。
「でも、演劇部の人たち……こんな脅迫状なんか送ったり、卑怯なことをするような人たちじゃないと思うんだけど……」
香坂さんがポツリとつぶやく。
いやいや、わかんないでしょ。
一人くらい卑怯なやつがいるかもしれねぇじゃん。
「さて……演劇部訪れてみるとするか。指紋採取がてら」
……マジで、指紋採取すんの?
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