8話 二人は放送に立ち会う
「――ただ今より、朝凪学園高校部活動紹介を始めます」
感情を全く感じ取られない、機械のような見事なアナウンス。
三太は驚いていた。
そりゃそうだ。
あのいかにもギャルな有栖川先輩が、発した声なのだから――。
先輩のアナウンスの後、軽快な音楽が流れ始める。
そのタイミングで有栖川先輩が一旦放送席から出てきた。
一方、聞き覚えのあるBGMに、客席側は沸いていた。
一年生からすれば何のこっちゃだが、喜んでいるのは出番まで待機していたり、冷やかしに来ている二、三年生だろう。
「どもーっ! 三度の飯よりゲーム! シロです!」
「できれば飯が食いたい。クロです」
「飯も食いたいし、ゲームもしたい! アオでーす」
「三人そろってって久々じゃない!?」
「やー本当だね。ごめんねーみんな」
観客……主に二、三年生たちが画面の向こうで黄色い歓声をあげているのが、かすかな音量から聞こえてくる。
俺はスケッチブックに「みんな喜んでいる」と書いて、放送席にいる三人に見せた。
「ありがとーみんなー聞こえてるよー」
晴先輩が、まるで歓声が聞こえていたかのように応える。
次に俺は「一年置いてけぼり」と書いた。
「ハハハ。新入生には何のこっちゃだよな! 改めまして、新入生の皆さんご入学おめでとうございます! 俺たちは朝凪学園放送部の月曜担当! その名も~、
「この学校ってさ、昼休みになると校内放送が流れるんだ。曜日ごとに違うパーソナリティーがいて、みんなの学校生活を楽しくするために面白いことや耳寄り情報をお届け!」
「俺たち三人は、月曜日にゲームの話メインでやってるってわけ。他のメンバーはこの後に紹介していくね。今日は部活動紹介の司会進行役を、俺たちが担当します。最後までよろしくー」
一年生たちも説明を聞いてようやく理解できたのか、拍手している姿が見えた。
「ら、ラジオみたいですねっ」
三太の言う通り。
彼らは、この朝凪学園という狭い世界だけのラジオ番組を放送しているというわけだ。
画期的なアイデアだと思う。
その中でも月曜日担当の彼らは、流行りのゲームの話をするせいか、生徒たちから絶大な人気を誇っている。
小松原三兄弟。
三男の
長男空は昨年、次男の晴は今年の三月に卒業していったが、小松原三兄弟はその正体を隠しているので、時々こうやって放送日になれば姿を現して、まだ在学しているふりをして放送を続けているのだった。
きっと視聴者の中には正体に気づいている人もいるのだろう。
だが、それを言いふらしたりしていないあたり、みんな野暮なことはしたくないのが伺える。
そんなわけで、今日に至るまで、虹はクロ、晴はシロ、空はアオとしてやってこられたというわけだ。
「それではまず、この人から挨拶してもらいましょう! 生徒会長、お願いします!」
クロこと、虹が元気な声でそう言ったのと同時に、閉じられていた舞台の幕が上がった。
生徒会長と聞いて、皆堅苦しい挨拶みたいなものを想像しただろうが、違う。
現れたのは、楽器を持った人々。
どこからどう見たってバンド。
軽音楽部の紹介だったか? と首を傾げたくなる気持ちはわかる。
再び状況を飲み込めず、ポカンとする新入生たち。
事情を察している二、三年生たちは「よっ! 待ってました!」なんて言って、盛り上げようとしている。
――前奏が始まった。
この曲は……
「ルミナスの歌だ……」
そう。今超人気のアイドル、ルミナスの楽曲。
可愛い系のルミナスが、女子高生みたいに制服を着てガールズバンドぽく歌ったミュージックビデオが話題になった歌だ。
ルミナスらしくない曲ということもあり、ファンの間では賛否両論あったみたいだが、歌詞に勇気づけられたという人も多くいたようだ。
それを、自称ルミナスの世界一のファンである生徒会長が自ら歌っている。
おかしな光景だろう。
生徒会長……
四十内はよく、所構わずルミナスの歌を歌っていた。
「すごい……」
三太がボソッと感嘆の声を漏らした。
下手というわけではないが、めちゃくちゃ上手いかと言われるとそうでもない。
ただ、四十内のパフォーマンスはとても目を惹く。
最初は呆気にとられていた一年生たちも、その空気に押されて、いつの間にか在校生たちと一緒になって盛り上がっていた。
完全に空気がライブ会場のようになっている。
画面越しでも熱気が伝わってくる。
「ありがとー!」
曲が終わった頃には大歓声に包まれていた。
四十内は息を切らしながら、観客たちに手を振った。
「改めまして、新入生の皆さん! ご入学おめでとうございます! 生徒会長の四十内です!」
大きな拍手が送られる。
三太も隣で拍手していた。
「ルミナスは、私が尊敬してやまない、大好きな人です。どんなに辛いときでも、彼女の曲に励まされてきました。新しい環境になり、不安も沢山あると思います。そんな皆さんの力に少しでもなればと思い、この曲を選びました!」
「いいぞー! 生徒会長ー!」「りっちゃんかっこいいー!」という声が聞こえてくる。
「朝凪学園は、自由で楽しい学校です。皆さんの楽しいをここで見つけて、大きく羽ばたいていってください!」
始まったばかりだというのに、大トリみたいじゃねぇか。
さすが生徒会長……
「それでは、最後に私の我がままに付き合ったくれた生徒会のメンバーと、一緒にステージに上がってくれた軽音楽部の皆さんを紹介します! まずは副会長! ギター、
眼鏡にポニーテールの女子が片手をあげた。
あいつギターなんて弾けたのか……
「キーボード! 書記、
三つ編みの女子が、恥ずかしそうにペコペコと頭を下げる。
「実は、生徒会はこの三人で運営しています。私たちが引退すれば、次の生徒会メンバーは一人もいません」
一年生たちが、会長の言葉にざわつく。
朝凪学園生徒会は、崩壊しかかっている。
生徒会なんて部活よりも委員会よりも、内申稼ぎにうってつけの肩書きだ。
にも関わらず、俺たちが入学した時点でメンバーは当時の生徒会長ただ一人。
そこへ、四十内たち三人が加わり、会長が卒業するまでの一年間、四人で運営されてきた。
四十内は、二年生で生徒会長となり、今もこうやって、後釜が現れるまで会長を続けている異例の存在だ。
今年、新たにメンバーが増えなければ朝凪学園は、生徒会のない学校となってしまう。
時代の流れなのか何なのか、生徒会選挙すら行われない。
誰も、面倒なことはやりたくないと思っているようだった――。
四十内たちは、生徒会存続のため必死になっているのだろう。
「生徒会の仕事は大変です。ですが、それもまたやりがいです。私たちは、先輩方が作り上げたこの学校の伝統、校風を後輩たちに残してきたいと強く思っています。――だから!」
四十内は大きく息を吸い込み、
「私たちは! 必死です! 超焦っています!」
清々しいくらい本音で叫んだ。
「少しでも興味のある人! 遠慮なく生徒会室に来てください! 私たちと一緒に、もっと学校を楽しくしていきましょう!」
四十内……すげぇな。
俺には真似できない。
最初は何だこいつはと思ったが……熱くて、至極まともなやつだな……
俺は生き生きとした表情で新入生たちに呼びかける女生徒会長に、敬意を表して音がでないように手を叩いた。
「聞いてくれてありがとう。このまま軽音楽部へバトンタッチします。軽音楽部のみんなは、私の無理なお願いをいつも聞いてくれる、大切な仲間です。彼らなしでは私の生徒会活動も成り立ちません。本当に感謝しています。そんな軽音楽部も、今、廃部の危機に瀕しています。彼らの音楽を途絶えさせてはいけません。楽器演奏の経験がなくてもいいので、とくにかく興味のある人、一度部室へ足を運んでみてください」
四十内は一礼し、マイクをベースの
「えっと……どうも。軽音楽部部長の栄と言います。新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」
照れ臭そうに笑いながら、栄さんはペコリと頭を下げた。
これで皆、気づいたはずだ。
一見バンド少女っぽく、やさぐれた女子高生のような彼女だが、実際は照れ屋さんだというこの何とも言えないギャップに――。
「会長、ありがとう。私たちもいつもあなたに助けられています。会長が全部言っちゃってくれたけど……軽音楽部も少ない人数で活動を続けています。初心者経験者問いません。ぜひ一緒に楽しい音楽を作りましょう」
生徒会と軽音楽部のパフォーマンスは大盛況のうちに終わった。
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