7話 二人は手伝いに巻き込まれる

 新歓公演会に向けて日々練習を続けている演劇部。

 だが、その前に一つ、大事なイベントがある。

 ――そう。新一年生へ向けた部活紹介。

 毎年、放課後に講堂の舞台に立って、入部者を増やすためのアピールが行われる。

 朝凪学園は、部活の数は多いけれど、予算の関係で部員の数が三人以上集まらなければ即活動停止にされてしまう。

 部を存続させたい二、三年生にとって、この時期は必死なのだ。

 大所帯の演劇部ですら、常に部員は募っている。

 部活紹介と言えども手は抜かない。

 一年生の先輩となるべく二年生たちが、数分という短い時間であろうとも、全力でステージを作り上げる。

 ――すでに入部している三太たち一年生や、助っ人の俺も裏方として馬車馬のように働かされる。

 この頃の三太は、だいぶ元気を取り戻していた。

 彼に幾度となく攻撃をしてきたあの派島という女子は、特に処分を受けることもなく普通に登校してきていた。

 ただし、クラスでは完全に浮いてしまっているようだった。

 彼女とつるんでいた連中も距離を置いているのだとか。

 ともあれ、三太はようやく、平穏な高校生活をスタートさせようとしていたのだった。

「おい、三太……大丈夫か。こっちのほうが軽いから交換してやるよ」

 俺と三太は演劇部の部室から小道具を運び出していた。

 だが、小柄な三太があまりにも苦しそうにしているので、仕方なく荷物を交換してやった。

「すみません。すみません」と、三太は何度も謝った。

「あ、あの、慎二郎先輩っ……この間話してくださったことなんですけどっ……」

「あ?」

 三太が何か言いかけたが、目的地に到着してまった。

 講堂の舞台袖に入るには、講堂の正面玄関とは別に、直接中に入ることができる裏口のようなものがある。

 そこから俺たちは中に入り、指定された場所に小道具を置いた。

 また部室に戻らなければいけなかったが……

「お! 何やってんだよ、弐方!」

 と、誰かに声をかけられた。

 舞台袖はすでに照明が落ちており、暗くて一瞬誰だかわからなかったが……

 クラスメイトの小松原こまつばらだった。

「何って準備を……」

「早くしないと始まっちまう! 俺遅れちゃってさ。ホラ、さっさと上へ行った行った」

「え!? ちょっ……俺たちは……」

 演劇部の手伝いなんだけど!

 と、言う間もなく、舞台の上部、放送席のあるスペースへと上らされてしまった。

「ごめーん! 遅くなった!」

「おっせぇ! 何やってんだよ!」

 扉の向こうには、卒業したはずの何だか懐かしい人たちがいた。

 かつての放送部の面々が勢揃いしているじゃないか。

「ごめんてー掃除当番だったんだよー」

「さっさとしろ! ――弐方! お前はこっち手伝って!」

 え……えぇぇ……

 巻き込まれた……

「ていうかそら先輩……何で制服着てるんですか……」

「あ、ほんとだ。違和感なさすぎて気づかなかった。はるは私服なのに」

 去年卒業したはずの先輩は、俺に指摘されて顔を曇らせた。

「……制服なら出入りしても怪しまれないかと思って……」

「は!? 卒業生なんだから堂々としろよ! つか、違和感どこいった! 高校生もっかいやれば!?」

 小松原が腹を抱えて爆笑する。

 俺も含めその他の人たちも笑っているのがバレないように顔をさっとそむけた。

「うるせ! さっさと作業しろ!」

「いってぇ!」

 空先輩に蹴り飛ばされる小松原。

 さー……俺も仕事仕事……

「なー、弐方。この子、お前の後輩?」

 すると、こちらはきちんと私服姿の晴先輩に声をかけられた。

「あ……そうっす。悪い、三太。ちょっとだけ手伝ってやって。この人の指示通りに動いてくれれば」

 突然見知らぬ場所に連れてこられてすっかり怯えていた三太にそう言うと、三太はこくこくと頷いた。

 ……晴先輩が傍にいるなら大丈夫だろう……

 任せよう。

有栖川ありすがわ先輩と富士野ふじの先輩もおひさっすね。元気ですか」

 俺は二人の女性に声をかける。

「弐方君! 私はばっちし! 元気だよ」

「まぁ、そこそこ」

 相変わらずだなぁ。

「有栖川先輩はなんか……ギャルぽくなりましたね……」

「は? 元からこれが私だから」

「……そうでした……」

「挨拶は後。あんたはここの線、全部あっちに繋げて」

「へーい」

 放送部の手伝いも何やかんややってきたからな……

 音響機械を触るのも慣れたもんだぜ。

 あ~俺って、何て有能なんだろう。

「ごめん、弐方。小松原が強引に手伝えって言ったんでしょ?」

 同じ学年で放送部の部長である、宇佐美うさみが俺にこっそりと謝ってきた。

「んーまぁ、大丈夫。気にすんな」

 宇佐美はもう一度、ごめんね。と小さな声で謝った。

「やば! 時間きた! あーちゃん! 三兄弟! スタンバイして! うさみんも準備OK!?」

 富士野先輩が慌てて指示を出す。

 この光景、懐かしいな……

「ごめん、弐方君! モニターでチェックお願い! 他のメンバーが来たら、中に入れてあげて! あと、これもお願い!」

「OKです」

 美術で使うようなスケッチブックと太いマジックペンを手渡され、俺は三つ並ぶモニターの前に立つ。

 一つは舞台上の映像が映っており、もう一つはこの部屋に通ずる階段。あと一つは、講堂全体……つまり客席だ。

 役目を終えた三太も俺の隣にやって来た。

「慎二郎先輩……これから何が始まるんですか?」

「まぁ見てなって」

 この学校の名物の一つだ。

「本番!」

 富士野先輩の声が、狭い放送室内に響き渡った。

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