-20話

 色んなことが起きすぎて、脳内の整理がつかないまま迎えた翌日。

 学校の門をくぐるなり、一枚の紙を押しつけられた。

「何じゃこりゃ」

 思わず声に出してしまった。

 A4サイズの紙に文字がびっしりと書かれている。

 朝凪タイムズ。

 その内容は、昨日起きたこと。

 赤羽根の仕業に決まっている。

 途中、あいつは気絶していたはずだから、全てを見ていたわけではない。

 真実と推測が織り交ぜられており、面白おかしく……したつもりはないかもしれないが、人々の気を引くために書かれているということだけはよく伝わってくる。

 一見さんが魔女の力を持っていたこと、玖雅先生が冷静さを欠いた行動を取ったこと、魔女の持つ力がいかに強大なものかが書かれていた。

 この書き方だと魔女が悪のように見えてもおかしくない。

 松葉がクソ野郎だったのが発端なのに、論点がずれているような気がする。

 一見さんは差別のない世界を望んでいた。

 これじゃあまた魔女という存在が差別されるのでは……


「おはよう、弐方君」

 靴箱の前で学内新聞に気を取られていると、背後から壱岐に声をかけられた。

「あ……おはよ……これ……」

「見た。恐らく……俺も君と同じ意見だよ」

 やっぱり……

「赤羽根さん……良くないな」

「そうだな……」

 良くない。

 いつか大きな問題を引き起こす。

 そんな予感がする。 


 珍しく教室は、しんとした状態でホームルームの時間を迎えた。

 玖雅先生は約束通り何が起きたのか、松葉と一見さんがこれからどうなるのかを淡々と説明した。

 皆、何も言わず黙って聞いていた。

「……そういうことなので、これ以上はお前たちも騒ぎを大きくしないように。もう終わったことだ。それじゃあ授業の準備を……」

「それだけッスか! 先生!」

 一限目は先生が担当する化学だったので、そのまま授業が始まろうとしたが、赤羽根が机を叩いて立ち上がった。

 あれだけ煽ったのに何の反論もしてこないことに我慢できなくなったらしい。

「静かにしろ、赤羽根」

「私らが寝る間も惜しんで書いた記事は無視ッスか!」

「んなことしてないでちゃんと寝ろよ」

「きっとみんな説明してほしいはずッスよ。気になっているはず! 玖雅先生が魔女ってどういうこと? って!」

 みんな頷きこそはしなかったが、説明してほしそうな空気は出していた。

「いや……その話は別に時間を設けているから、そのときに……」

「そうやって逃げる気ッスか!?」

「――赤羽根」

 一見さんと対峙したときと同じとは言えないが、赤羽根の名を呼んだ先生の声は穏やかかつ、鋭かった。

「座れ」

「は!? 大人しく私が引き下がるとでも……」

「座れ」

 もう一度繰り返すと、赤羽根は力が抜けたようにふにゃふにゃと席に着いた。

 呆けた顔で空を仰いでいる。

 な……何をしたんだ……

「お前たち、わかったか。これが魔女の力だ」

 !?

「ああなりたくなければ、今度の魔法学の授業まで大人しくしてるんだな」

 他の学校がどうなのか知らないが、朝凪学園には国語とか数学といった普通の教科に加えて、魔法学という授業も必修である。

「せ……先生……赤羽根さんはどうするんですか?」

 ある女子が怖々と手を挙げる。

「放っておけ。そのうち元に戻る。正気だったとしてもどうせ授業中寝るだろ。もういいか。授業始めるぞ」

「だ、大丈夫なんですか!?」

「大丈夫大丈夫。これ、効かないやつもいるくらいなんだから。教科書開けー」

 みんなの心配などよそに、授業が普通にスタートした。


「うへぇ、やっぱ強烈だね! 赤羽根さんて子」

 昼休み。

 なぜか俺と壱岐は、間島先輩と香坂さんと一緒に食堂で飯を食っていた。

「それで、どうなったの?」

「元に戻って……大人しくしてましたよ。さすがに」

 そこまでバカじゃないようだ。

「先生は大丈夫っつってたけど……何をしたんですかね?」

「多分それは“誘惑”だと思うよ」

「……へっ……?」

 香坂さんから思わぬ回答を得てしまった。

 ゆ……誘惑?

「人によって得意不得意はあるけれど、魔女の力の特徴はね、人を惑わす力、空を飛ぶ力、未来を見る力……この三つだと言われているの」

 そうだったのか……!

 未来を見る力!

 これで納得いったぜ。

「私の勘がいいって言うのは、未来を見る力に当てはまるのだと思う……。何日も何年も先のことまではわからないけどね!?」

 慌てて香坂さんは言った。

 そんな先の未来まで見えてしまったら、それはそれでヤバいだろ。

「魔女と呼ばれる人たちは、特にこの三つの力が元より備わっていると考えていいのか?」

 壱岐の問いに、香坂さんはゆっくりと頷いた。

「その中でも香坂さんは、未来の見ることに長けていると」

「長けているってほどでもないけどね……先生に比べたら大したことないよ」

 それでもすごいね!

 と、間島先輩は少しはしゃいでいた。

 数秒先でも未来が見えるのなら……俺だって欲しい。そんな力。

「玖雅先生は持っている三つの力の中で、誘惑が一番強いって聞いたよ。言葉や仕草一つで人を簡単に操ることができる力」

 ……誘惑なんてどころの騒ぎじゃなかった気がするけど……

 あれはただの命令にしか見えなかった……

「洗脳みたいだね」

「そうですね……応用したらそうなってしまうのかも……」

 効かないやつもいるって言っていたのは、そういうことか。

 催眠術にかからない人とかかる人がいるみたいな感じなんだろうな。

 それにしても、あの先生……誘惑なんてキャラじゃないよな……人は見かけによらないもんだ。

「おや。ついに探偵団でも結成したのかな?」

 俺たちの傍を伍紙先生が通りかかった。

 その冷やかしはやめてほしい。

「探偵団!? 確かにそうかもしれない! 壱岐君、探偵みたいだったね!」

「うーん。推理をした覚えはないが……」

「私は情報収集係かな! 弐方君は助手!」

「ハハハ……」

 冗談。

 助手なんてやるもんか。

「君は受験勉強をしなければいけないんじゃないのか?」

「先生~それは言わないで~」

 間島先輩は顔をしかめた。

「香坂さんも加われば私たち、最強!? 朝凪学園探偵団、ここに結成!」

「えっいや、あの……私は……」

 困った様子で慌てふためく香坂さん。

 嫌なら嫌とはっきり言ったほうがいいですよ……

「顧問は伍紙先生!」

「部活として立ち上げるのか?」

 え!

 それだけは勘弁!

 俺を巻き込まないでほしい!

「部活か……」

 おっと、壱岐君よ。

 乗り気なのか……!?

「ちょっと私、生徒会に申請してみるね!」

 強引!

 先生も何も言わねぇけど、いいのかよ!?

「どうなることやら」

 何で笑ってんの!?

 あー! もう!

 俺の平穏な高校生活……

 どうなってしまうんだ……

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