-18話

 一見さんが倒れてから、教室を覆っていた嫌な気配はなくなった。

「……今の……」

 三人の先生は魂が抜けたように茫然としている。

「君たち、体調に問題はなさそうか?」

 唯一意識のある俺たちに、伍紙先生が声をかける。

 俺と香坂さんはおずおずと頷いた。

「それならいい。もしそこの彼女が目を覚まして、不調があるようだったら保健室に」

 間島先輩を一瞥し、先生は立ち上がった。

「先生……」

「彼女……一見さんを先に保健室へ連れて行くよ」

 あ……そっか。そりゃそうだよな。

「先生方、後ほど詳細をお聞かせ願いたい。あなた方は隠し事が多すぎる」

 一見さんを抱え、伍紙先生は三人に何やら意味深なことを言った。

 三人とも、誰も何も言わなかった。

「……先生、これ」

 彼女を連れて去ろうとした伍紙先生に、壱岐が何かを差し出した。

 あれは……新聞部の人が持ってたカメラか。

「沢山の証拠が詰まっているものだ。必要なんじゃないのか?」

「……君の言う通りだな」

 先生は壱岐に白衣のポケットに入れるように頼んだ。

 そして、保健室へ急ぐ先生の背中を俺たちは見送る。

 よくわかんねぇけど……とりあえずは終わったんだな。

「んん……あれ? 私……」

 ほっと一息ついていると、間島先輩がむくりと起き上がった。

「先輩! 大丈夫ですか!?」

「え……あ、うん。大丈夫だけど……」

 何が起きたんだというふうに、先輩はきょろきょろする。

 見ると、他の人たちも目を覚まし始めたようだった。

「わっ!? ど、どうしたの、香坂さん!」

 先輩がぎょっとした声を上げたので、俺も彼女のほうを見た。

 なぜか彼女は一人でしくしくと泣いていた。

 さっきは大丈夫だって……

「大丈夫? 具合でも悪いの?」

「ご……ごめんなさい……違うんです……色んな感情がこみ上げてきて……」

 涙もろい人だな。

 そういうの嫌いじゃないけど。

「私も一見さんも嫌な思い、沢山してきた……でもきっと、先生のほうが私たちなんかより何倍も辛い思いをしてきたんだと思う……!」

 この一連の出来事で、香坂さんだけは俺たちと違った何かを感じ取ったようだった。

「私の悩みなんて苦しみなんてちっぽけだってことに気づかされた……これからはもっと……この力……魔女と向き合う……!」

「そう言ってくれるとこっちも教えた甲斐がある」

 ふらふらと、玖雅先生がこちらへ歩いてきた。

 とても疲れた顔をしている。

「お前の苦しみを俺のと比べる必要はない。傷に大きいも小さいもないからな……。だがお前は間違えるな。頼るべき相手を。ちゃんと見極めろ」

「……はい!」

 香坂さんが涙を拭って力強く頷くと、限界かも。と言って、担任は椅子に腰を掛けた。

 そういやこの人、怪我してたんだ。

「おい。色々片付いたら病院な」

 まだ気絶している松葉を背負った荒波先生が、何やら怒った表情で頭を抱えている玖雅先生に言った。

「……放っておけば治るだろ、こんなもん」

「そんなわけにいくか! 俺はこいつの保護者に連路してくるから、それまで待ってろよ! 逃げんなよ!」

 そう言い残して、荒波先生は教室を出て行った。

「……あの……先輩……」

 次に眼鏡の先生が何やらもじもじしながら近づいてきた。

「今度はお前か、後輩。俺は少し疲れたから、お前が残っている生徒たちを帰せ」

「う……わかりました……」

 うつむく先生。

 担任は顔をしかめた。

「しっかりしろ。いつもの威勢はどうした。俺のことが気になるなら余計なお世話だ。問題ない」

「……昔を思い出して怖くなったんです……」

 ぶるっと体を震わせてから、先生は勢いよく顔を上げた。

「でも! 今日の先輩も素晴らしかったです!」

「……はい?」

 何を言ってるんだ、こいつは。という顔をしている先生にお構いなく、眼鏡の先生は満足した表情で他の生徒たちの所へと行ってしまった。

「……ファンかな?」

「あ……そっちね……」

 ずいぶんと大胆だなと思ったけど、間島先輩のつぶやきに納得した。

「先生ってさ……荒波先生たちとどういう関係? 友だち?」

 あの眼鏡の先生が後輩だというのはわかったけども。

「荒波は高校のときの同級生……華村は、一つ下の後輩。俺たちはここの卒業生だ」

「そうだったんだ」

 そしてやっと眼鏡の先生の名前がわかった。

「大人になっても仲良くできるのって、めっちゃすごいよね!?」

 間島先輩が目を輝かせる。

 確かに……今ここで出会ったやつら全員と大人になっても連絡取るかって言われると、きっとそんなことはないのだろう。

「たまたま三人とも就いた職業が同じだけだ。お前たちが思うようないいもんじゃない……」

 と言うわりには親しそうに見えたけど。

「――そんな玖雅先生にインタビュー! 今日のこの出来事、どうするつもりか説明オネシャス!」

 ……赤羽根……

「お前……一生眠っていればよかったのに……」

「ひど! 自分のクラスの生徒にひどいッスよ!」

 いや、今のは赤羽根が悪い。

「赤羽根、部活に熱心なのは構わんが言動には気をつけろ。今日一見が暴走したのは、お前たちがインタビューと称してけしかけたからなんじゃないのか」

 一見さんに話を聞くっつってたもんな。

 俺たちがここへ来たとき、すでに険悪な雰囲気が漂っていた。

 あれはこいつら新聞部が、一見さんと松葉が言い争うようなことをしたってことか……

「実際に見聞きしたわけでもないのに、言い掛かりはやめてほしいッスね、先生」

 言葉とは裏腹にニヤニヤしている赤羽根。

「怒りの矛先がお前たち新聞部に向くことだってあるかもしれないんだぞ。わかってんのか」

「は……叱っているのか心配してくれているのか、どっちッスか。そういうのは慣れっこだから、対処法くらいわかってるッスよ」

 気に障ったようで、赤羽根はくるりと俺たちに背を向けて教室を出て行こうとする。

「ちょっ、赤羽根ちゃん! ヤバいかも! カメラがないんだけど!」

 カメラを回していた赤羽根の先輩らしき男が慌てた様子で、駆け寄ってきた。

「マジッスか」

「どうしよー! あれ、部費で買ったやつなのにー! 先輩たちにバレたらやべーよ!」

「さ、探すッス!」

 ……壱岐が伍紙先生に渡したことは黙っておこう……

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