-16話

 突然の担任こと玖雅先生の登場に、場は騒然となる。

 ここ三階なんだけど!?

 どっから入ったんだ!?

「魔女だからと言って、ほいほい呪いをかけることができると思うな。まぁ否定はせんが」

「や、やっぱりできるんじゃないッスか!」

 先生を指差して叫ぶ赤羽根。

 呪いだって……

 魔女って怖い……

 そんな声が聞こえてくる。

 一見さんは悔しそうに唇を噛みしめた。

「先生……何でそんなことを言うのかしら……ますます私たちの立場が悪くなる一方だわ……自ら地に落とすような真似を……」

「地に落とすようなことをしたのはお前だ。人間、悪い印象のほうが強く残るもんだ。俺がどれだけ授業で正しい知識を語っても、お前のやったことが、今ここにいるやつ全員に魔女は呪術を使える恐ろしい存在だと植え付けてしまった」

 やれやれ。と、先生はため息をつく。

「一つお前たちに教えてやるとすれば、一見すみれは呪術は使ってない。そんなもん使おうものなら、即刻退学だ」

 使えたら使えたで問題あるもんな。

 法律的に。

「なんともまーお粗末な魔法で自分を苦しめ、彼氏に殺されかけた彼女を演じきった……何かあったときのために保健室の先生まで用意して。手の込んだ嫌がらせだなぁ」

 先生はわざとらしく拍手を送る。

「誰も出られないように扉に魔法をかけたのは、古市と更科。言い訳しようたって無駄だぞ。伍紙先生が破壊した扉を再生した。お前たちが魔法を使った証拠はある」

 教室の外で見ている二人の女子に、小さな紙切れを見せつける。

 あの紙切れにはきっと……呪文が書かれているのだろう。

 それを扉に貼ったってことか。

 全く気がつかなかった。

「……ごめんなさい……」

 古市さんが消え入りそうな声で謝った。

「むぅ……」

 すっかり役を取られてしまった壱岐が口を尖らせている。

 ハハ……最後は玖雅先生に持って行かれたな……

「……一見すみれさん! 壱岐君や玖雅先生が言ったこと、認めるッスね!? あなたの口からも聞かせてください! なぜ、こんなことを!?」

 うわ……マジかよ、赤羽根。

 最悪……

「……今更何を言えと。私は、私たちをバカにするやつが嫌い。魔女だの、女だの見下すやつが嫌い。どう考えたって私たちのほうが優れているのに!」

 彼女の形相は鬼のようだった。

 俺たちを全員憎んでいるかのような表情。

「私が望むのは、差別されない社会! みんな平等に、互いに尊重される社会を求めている! これは私にとってチャンスだったのに! 私の望みを叶える一歩だって言われたのにっ……!」

「誰に?」

「あのお方よ! 私の力を素晴らしいと仰ってくださった、優しいあのお方……!」

「その人は今どこに?」

「あの人は……あの人は……!」

 何か言いかけた一見さんは、ハッと我に返ったように、自分の口を手で押さえた。

 とても穏やかに微笑む玖雅先生をにらみつける。

「その力は……私には通じない……!」

「それはどうかな。お前程度の力じゃ耐えられないはすだ」

「う……ぐっ……」

 観念したのか、口を押さえたまま彼女は跪いた。

「――ふざけんなっ!」

 この長きに渡る事件が幕を閉じようとしたとき……

 まだ終わらせまいとする者がいた。

「わけわかんねぇこと言いやがってっ……俺をハメようとしただけかよ! このクソ女!」

 やや忘れかけていた、そもそもの元凶。

 松葉悠人。

 こいつさえいなけりゃ、こんなことにはならなかったんだ。

「ちょっと優しくすりゃすぐその気になるくせによ! なぁにが差別だ! テメェら女なんて一生地べた這いつくばってろ!」

 椅子を蹴り飛ばし、喚く。

 最低かよ、こいつ。

 どうしようもねぇ、バカだ。

「魔女だか何だか知らねぇが、気持ち悪ぃ。二度と俺に近寄んな」

 冤罪を晴らしてやったというのに……

 こんなことなら助けなきゃよかったのに。

 こんなやつ……潰されて勝手に朽ち果てればよかったんだ。

「――最初からあなたを殺しておけばよかった」

 一見さんがやつに向かって何かを投げつけた。

 それは、松葉の頬をかすめ、黒板に突き刺さった。

 女子たちが悲鳴をあげる。

 彼女が投げたのは、カッターナイフだった。

「私の望む世界にあなたはいらない。次はあなたの目を狙うわ」

 いくつ隠し持っているのか、彼女は再びカッターナイフを手にした。

「せ、先生! ヤバいよ! 止めなきゃ……っ」

 間島先輩が伍紙先生を揺さぶる。

 が、先生は、

「危ないから下がってなさい」

 と言い、自分の後ろに俺たちを追いやっただけだった。

「やれるもんなら……やってみろ、このクソ女!!」

 松葉が触れた椅子が、宙に浮き上がり、とてつもない速さで一見さんめがけて飛んできた。

 危ない――っ!

 とっさに俺は手をのばしかけたが、それよりも先に玖雅先生が彼女を押しのけた。

 嫌な音が、鈍い音が。

 教室に響き渡った。

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