-15話
先生の後を追って訪れた二年B組は修羅場と化していた。
向かい合う一見すみれと松葉悠人。
その間には、例の赤羽根と……小型カメラを手にした眼鏡の男子。
んげ……撮影してんのかよ!?
「何の騒ぎだ」
「うおっ!? 伍紙先生……!」
なぜか赤羽根が一番最初に反応した。
「壱岐君に弐方君、それに情報通の間島先輩! いいッスねぇ! 図書室にいたメンバー勢揃いじゃないッスかぁ」
くぅ~! っと、赤羽根は一人喜びを噛みしめている。
マジで何なんだよ、こいつ……
「赤羽根ちゃん、知り合い?」
「はいッス! この男の子二人は私のクラスメイトッス!」
カメラをこっちに向けられて、俺たちは顔をしかめる。
不愉快だな……
「先生!」
さっきまでひどく冷たい目をしていた彼女の態度が嘘だったかのように、すっかり恐怖に怯えた表情に変わっていた。
「先生助けて! あいつまた私を襲おうとしてきたの!」
「テメェ! 何言ってやがる!」
松葉が噛みつくが、周囲にいる人々はやつに冷ややかな目を向けていた。
怖い。
松葉君って乱暴なんだ。
あいつ、女と遊んでばっかだもんな。一見のことも遊びだったんだ。
そんな声があちこちから聞こえてくる――。
そうか……彼女の目的はこれか。
今、みんなには一見すみれの姿が、可哀想なヒロインにしか見えてない。
「演技はもう必要ないぞ。一見すみれさん」
壱岐が主人公ばりに堂々と前に出る。
……いや、主人公か。
「……君、誰?」
「一年B組、壱岐佳一! あの日俺も図書室にいた!」
一見さんは興味なさそうに「ふーん」とだけ言った。
「いくらひどい男とはいえ、冤罪はよくないと思うぞ!」
壱岐の演劇部かよってくらいの声量に――皆が固まった。
冤罪。
その言葉に反応したのだ。
「松葉さんのご両親は何やら事業をなさっていて、大変お金持ちだと聞いた。彼は裕福で世間知らずのお坊ちゃん。やりたい放題に生きてきた。他校の女子ともよく遊んでいるそうじゃないか。可哀想に。そんなことも知らない純粋な女子はすっかり彼に騙されてしまった!」
誰かを紹介するかのように、壱岐は右手を広げた。
その先には……
青ざめてガタガタ震えている古市さん……。
松葉に弄ばれた女子。
騒ぎを聞きつけてやって来たら、この通り巻き込まれたってわけか。
あのヒス女……更科も一緒にいる。
つーか、松葉がボンボンってことは一体どこから!?
……間島先輩か……
「そんな哀れな彼女に、あなたが救いの手を差し伸べたのだろう? 香坂さんにしたときと同じように!」
「――!」
一見さんの目がやや大きく見開かれた。
俺の後ろに隠れている香坂さんの姿を見つけたようだ。
「……何言ってるかわかんない。そんな子、知らない」
白を切るつもりか。
逃げられないってわかっているくせに……
「俺の推測だが、あなたは許せなかったんじゃないのか。女性を弄ぶ彼が。だが、真っ正面からやり合っても彼に勝てるわけがない。何せ、彼は金と権力を誇示している人物だからな。だが、そんな彼でも噂には勝てない。噂を流すために、あなたは自ら体を張った」
「……どんな噂ッスか」
赤羽根が尋ねた。
「今朝からずっと聞こえているじゃないか。松葉悠人は彼女を殺そうとした。他の女にも暴力を振るっていた。不都合なことは親にもみ消してもらっていた……などなど。今日一日そんな話ばかりだ。みんな白い目で松葉さんを見ている。さすがの彼もこの騒ぎが何日も続けば耐えられんだろう」
そりゃそうだ。何対一だって話だ。
元々良くない評判の上にさらに書き足されたら、いくら傲慢なお坊ちゃんでも精神的にくるだろう。
「なるほど。松葉さんを陥れることが目的だった……ということッスね。一見さんはか弱き女性の味方っつーことッスか?」
赤羽根の物言い……バカにしているのか、本気で言っているのか……
「その言い方はどうかと思うが……女性だからとか、魔女だからとか……あなたは差別的なことに対してとても敏感なのだろう。あなたは香坂さんに言ったそうだな」
――理解できない者にはわからせてやる。
「あなたも魔女の力とやらを持っているのだろう。魔女は……昔から差別を受けてきたというのは知っている。それに、女性の社会的地位も未だ低く……」
「もういい。うるさい」
黙っていた一見さんが、壱岐の言葉を遮った。
ゾッとするような、低い声。
空気が凍ったような気がした。
「な、なるほど。魔女。そういうことッスね。魔女なら呪いをかけるのも簡単ってわけだ」
ハハッと笑った赤羽根を、ナイフのように鋭い目で一見さんはにらみつけた。
バカ! 赤羽根……その言い方はっ……
「その発言、差別的だなぁ」
そうだよ。差別に対して敏感っつってんのに……え?
「そういうこと言われるとさすがの先生でも傷つくなぁ」
いつの間やって来たのか、俺たちの担任が窓に腰掛けてヘラヘラとしていた。
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