-14話

「……って、何で伍紙先生もいんの」

 気がつけばなぜか伍紙先生も一緒に俺たちと歩いていた。

「君たちを監視するなんて言ってしまったんだから、仕方ないだろう」

 監視て……

「先生……本当は利用されたことを根に持っているんじゃないのか」

「それは少しある。気がつけなかった自分を不甲斐なく思うよ」

 そう言っても、生徒に将来を相談されて疑うなんて無理な話じゃん……

 先生のせいじゃないよ……

「保健室は留守にしていいの?」

「何かあれば職員室へ行くように貼り紙はしてあるさ」

 なるほど。俺たちの気が済むまでついて来る気だな。

「……ここだ。二年C組」

 先生の静かな声に、俺たちは立ち止まる。

 開いた扉から、まだ多くの生徒が残っているのが窺える。

 間島先輩が、先陣を切って中に入った。

香坂こうさかなずなさんって、どの子?」

 教室内にいる人全てに向かって呼びかける。

 静まり返る教室。

「わ、私ですけど……」

 その中で一人の小柄な女子がおずおずと手を挙げた。

「い、伍紙先生……」

 その彼女は、先生の姿を見て青ざめた。

 やましいことがあるのがバレバレだ。

「ちょっといいかな」

「はい……」

 彼女は観念したように外に出てきた。

「その様子だとどうやら話が早そうだな。香坂さん、俺たちは一昨日図書室にいたメンバーだ。一昨日と言えば噂になっている……」

「一見さん……のことですよね……。私、勘がいいんです……自分でも嫌になるくらい……」

 おまけに嘘も吐けなさそうだな。

「伍紙先生によれば、あなたは魔法薬学のことを知りたいと言って、保健室に相談に来た。そのおかげで先生は図書室へ行くこととなった。そして、例の事件が起きた……偶然にしては出来すぎていると考えている。あなたは、図書室で何か起きると知っていて、先生を送り込むように仕向けたのではないのか?」

 壱岐が考えを述べていくと、ますます青ざめて、香坂さんは今にも泣き出しそうだった。

「別に君を責めようってわけじゃない。ただ教えてほしいんだ。真実を。薬学に関心がないと言われるとやや悲しいが」

 先生が彼女を安心させようと、優しい声で言った。

「ご……ごめんなさい……嘘じゃないんです……薬学には興味あります……でも、先生を騙したのは本当です……」

 香坂さんの瞳から、ボロボロと大粒の涙が零れ落ちる。

「香坂さん……先程先生が言った通り、俺たちはこの件について真実を知りたいだけなんだ」

「そうだよ! 泣かないで! 知ってることを教えてくれればそれでいいからさ!」

 壱岐と間島先輩が慌ててフォローする。

 涙を指でぬぐい、香坂さんはポツリポツリと話し始めた。

「私……勘がいいって言いましたよね……昔から、気づかなくていいことにすぐ気づいてしまうんです。だから、人からは気味が悪いってよく煙たがられていて……友だちも少なくて……」

 ……俺たちが来るまでの間、彼女は他のクラスメイトたちと楽しそうに話していた。

 とてもそんなふうには見えなかったけど……

 高校に入る前の話をしているのだろうか。

「先生……玖雅先生の授業を聞いてわかったんです……これ……魔女の力だって……」

 魔女の力……

 また魔女か。

 今回のことに何か関係あるのか……?

「私怖くなっちゃったんです。これは誰にも言っちゃいけない。また、気持ち悪がられるって」

 トラウマになっているらしい。

 これまでどんな仕打ちを受けてきたんだ。

「でもこの学校に入って嬉しかったのは、先生みたいに私と同じ人がいるってわかったこと。先生だけじゃない、同級生にも……」

 同級生……

「その人は……私たちの持つ力は、誇りに思っていいものだと教えてくれた。理解できない者にはわからせてやるんだって。だから、今回力を貸してほしいって……」

「それは誰に言われた?」

 壱岐の問いかけに、彼女はぎゅっと口を一文字に結んだ。

 仲間を売るような真似はしたくないのか。

「香坂さん。あなたが口にしたくないと言うのなら、俺が当ててみせよう。一見さんに言われたんだろう?」

 間島先輩は、え! と、声をあげた。

 伍紙先生は何の反応も示さない。

 腕を組んだまま、じっと壱岐と香坂さんのやりとりを見守っている。

 俺は……

 驚きはあったけれど、やっぱりそうだったのかという気持ちも少しあった。

 根拠はと聞かれると、それこそ勘としか言えないが……

「否定も肯定もしない……ということは、やはりそうなんだな。あなたは、伍紙先生を図書室へ行くよう仕向ける役目を担わされただけか?」

 香坂さんは黙って頷く。

「彼女は目的を言ったか?」

「言わなかった。でも、今になってわかった……彼氏の松葉君だよね」

「彼氏のことについてどう思っていた?」

「実は、全く知らないの……私、一見さんとは一年生のときは同じクラスだったけど、二年生になってから、離れ離れになってしまって関わりがなくなってしまったんです。松葉君の良くない噂は耳にしていました。だから、一見さんが彼と付き合っていると知って、驚きました……そんな人だとは思わなかったので……」

 俺たちには一見さんがギャルだということしかわからない。

 結局本人とは会話はしたことはないし、苦しんでいるのを見ただけ……

 香坂さんが話す一見さんは、まるで別人のようだ。

「一見さん言ってた……これは試練だって……あの人からの試練……」

「あの人……?」

 誰だ、あの人って……

 不穏な空気が漂い始めたと思ったとき、伍紙先生がゆっくりと首を動かした。

 それに気がついた俺は、先生の目線の先を追う。

「……先生?」

 何だ?

 何を感じ取った?

「……彼女、確かB組だったよな」

「え? う、うん……」

 彼女というのは一見さんのことだろう。

 俺が頷くと、先生はスタスタと歩き出した。

「ちょっ……先生!?」

 俺たちは慌てて後を追う。

 ……あ。

 そう言えば、あいつ……一見さんに話を聞きに行くって……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る