-4話

 一見さんを抱えた先生と俺たちは、入り口へ向かった。

 そこには、間島先輩が二人の女子とにらみ合っていた。

 ……正確には、二人のうち一人は怯えた様子で震えていた。

 何をやっているんだ?

「先輩、どうしたんですか」

「あ! 弐方君! 聞いてよ!」

 声をかけると先輩は、訴えるように言った。

「ドアが開かないの!」

「……はい?」

 何言ってんだ?

確かに扉は、きちんと閉ざされていた。

「鍵が掛かっているようだな?」

 壱岐が扉を横にスライドさせようとするが、ピクリとも動かなかった。

「いやでも待て。鍵、開いているぞ……?」

 よく見ると、施錠をされてはいなかった。

 どういうことだ?

「……何者かが、ここから出られないように魔法をかけたようだな……」

 先生が深いため息をついた。

 何だって?

 それじゃあまるで。

「一見さんに死んでほしいようだな」

 壱岐がはっきりとそう言ったことにより、みんな口をつぐんだ。

 ――空気読めよ!


 ここでこんな説明をするのもおかしな話だが、俺たちは魔法を使える。

 魔法と言っても、本当に簡単なものしか使えないが。

 この世界には魔法が使える人間が住む世界と、魔法が使えない人間が別々に暮らしている。

 昔はもっと魔法に頼っていたらしいが、魔法が使えない人間たちが科学技術を発達させた影響で、俺たちも魔法を当てにしなくなっていった。

 その分、魔法に制約も出始めた。

 今回、一見すみれという女子は呪術をかけられた疑いがあるわけだが、こういった死に直結するような魔法は法律で禁じられている。

 なので、真っ当な人生を送っていれば、呪術の使い方を知ることなどまずないのだ。

 加えて解く方法も専門家でないとわからない。


 何が言いたいかって、この状況は非常に危険なのだ。


一見さんは呪術によって命を落とすかもしれない。

 助けようにもきっと、伍紙先生は解き方を知らない。

 彼女を助けるにはまず、図書室をでなければいけない。

 しかし、その図書室の扉が開かない――


 これは、一見さんに相当な恨みを持った誰かの仕業に違いない。


「困ったな……」

 先生は少しイライラしている様子だ。

 俺だって入学早々、人が死ぬところを目撃してしまうのはごめんだぜ。

 これからこの学校で生活していくってぇのに……

「いつからこうなっていたんだ?」

 壱岐が尋ねる。

「先生に言われて扉を開けに来たときにはもう……」

 間島先輩は、女子二人をチラリと見て言った。

 この二人は何なんだろうか。

「彼女たち曰く、すでに開かなかったらしいけどね」

 まるで、何か二人を疑っているような感じだった。

 当然、その空気は二人にも伝わったようで。

「何? 私たちが嘘ついてるとでも言いたいわけ?」

 目がつり上がる。

「じゃああなたたち、ここで何してたのよ」

「帰ろうとしただけに決まってるじゃない! 悪い!?」

 何でそんなに噛みつくんだ……

 このヒステリック女、妙だな。

「悪いなんて言ってないでしょ。私はただ、何か知っているなら教えてほしいと思って――」

 間島先輩……間違ったことは言ってないけど、多分正論が通じない相手のような……

「ここで争っている暇はない。話は後で聞く」

 先生が痺れを切らしたように、二人の言い争いを制した。

「今は急を要する。こじ開けるしかない」

「だが、一筋縄ではいかないと思うぞ」

 壱岐がすぐさまそう言った。

 どうやら、本気で閉じ込めるためにかなり強力な魔法が使われているらしい。

「それでも無理やり解錠する。――君たち、先生の後ろに下がっていなさい」

 何をする気なんだ。

 俺たちは言われた通りに、伍紙先生の背後に回った。

「耳もふさいでおけ」

 ……へ?

 どういうことなのかわからずきょとんとしていると、先生の白衣のポケットから紙が一枚ヒラリと出てきた。

 それは宙を漂い、開かずの扉にピタリと貼りついた。

 そして……

 ――バン!!

 爆発した。

 紙が起爆剤となり、扉が木っ端みじんになってしまった。

 耳をふさぐのを忘れていたので、キーンと耳鳴りがしている。

「ちょっ……先生! やりすぎじゃない!?」

「やむを得ん。とにかく……話は後だ。先に行かせてもらう」

 扉の残骸を飛び越えて、先生はとっとと行ってしまった。

「……私たちも行こう」

 あのヒス女たちも出て行こうとしている。

「ちょっと待ちなさい!」

 先輩がすぐさま立ちはだかる。

「逃げるの?」

 ヒス女の眉がピクリと動いた。

「逃げるって何? 帰っちゃあいけないわけ? 他のみんなも帰りたがってるみたいだけど」

 どうすればいいのかわからず、佇んでいる他の生徒たちを見ながら、自分だけではないことをアピールする。

 そりゃ俺だって帰りたいけどさ。

「帰るなら、ここにいる全員……名前と学年、クラスをこの紙に書きなさい」

 先輩はカウンターから用紙と鉛筆を持ってきて、机に叩きつけるように置いた。

「……あんた何様のつもり? どうしてそんなことしなくちゃいけないの?」

「いちいち説明しなきゃわかんないかな。 この状況……ただのイタズラで済まされるわけないでしょ。一見さんは、誰かによって苦しめられた。この場にいた誰かが犯人だと思うのが、妥当じゃない?」

 先輩はそう言って、まず自分の名前とクラスを書いた。

「この用紙は私が伍紙先生に提出するわ」

 間島先輩の後に誰も続こうとしないので、仕方なく俺が鉛筆を手に取った。

 さすがにその後は、他の連中も名前を書いた。

 あのヒス女たちも。

 最後に壱岐が名前を書いたところで……

「おー……こりゃまた派手にやってくれたもんだ」

 一人の男が図書室に入ってきた。

 隈ができた目はひどく眠そうで、髪もボサボサ。

 何だかやる気のなさそうなその人は……

「玖雅先生……」

 俺と壱岐が所属するクラス担任だった。

 何でここへ来たんだ?

「ん? ああ……」

 俺を見て、少し不思議そうにするが、すぐに納得のいった様子になる。

「お前、ジャンケンで一人負けしたもんな」

 ……図書委員のことを言ってるらしい。

 ああ、そうだよ。

 あんたが強制的にジャンケンに持ち込んだせいだよ!

「あの、先生」

「あー、待て待て。わかってるから」

 口を開いた間島先輩を制する。

「伍紙先生からざっと話は聞いた。一見すみれは無事。今は保健室で眠っている。俺は現場の様子を見に来ただけ」

 無事と聞いて安堵するが、疑問も同時に浮かび上がる。

「一見さんにかけられた呪いは、玖雅先生が解いたのか?」

 俺がそう聞くと、背後で「えっ呪い……?」という驚きの声が聞こえてきた。

 振り向くと、一見さんの彼氏も含め、その他の連中は皆困惑していた。

 どうやら誰もわかっていなかったみたいだ。

 ……しまった。余計な不安を煽ってしまったか。

「んー解いたって言うか……取り除いた」

 そんなことは知らずに、俺の質問に答える担任。

 答えたということは、やはり呪術だったか。

「……取り除いた?」

「さすがにそこは解き方を調べねぇとわかんないからな。とりあえずは器を一見すみれから、俺に移した」

「……えっ?」

 それって、つまり。

「美味しくいただきました」

 へらっと笑いながら、担任は自分の腹を軽く叩いた。

 空気が凍るのを感じた。

 呪いは……今……先生に……

「どどど、どういうこと!? せ、先生死んじゃうんじゃ……っ」

 間島先輩の声が裏返っている。

 一見さんがあれだけ苦しんでいるのを見ている側からすれば、吃驚仰天だ。

「安心しろ。このくらいで死ぬものか」

 このくらいがどのくらいなのかがわからないから、驚いているんですけど……

「呪いを解く方法も、そんなものを使ったやつも……見つけるのにそう時間はかからないだろう」

 いつも眠そうで、やる気がなさそうで……だるそうにしている担任。

 今は、獲物を追うのを楽しんでいるように見えた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る