6話 三人は過去を振り返る
「おい、佳一よ。千ヶ崎さんにきちんと事情は伝えたのか」
「何の事情だい、慎ちゃん」
「――三太がどうしていじめられているかって話だよ!」
演劇部にて、台本が配られたその日――、俺は内容を見てひっくり返りそうになった。
「もちろん伝えたさ。君は何をそんなに怒っているんだい」
こいつ、台本読んでねぇな。
「……もういいよ……」
「?」
面倒くさくなった俺は、佳一と会話をするのをやめた。
「三太。台本読んだか」
「……慎二郎先輩……」
パイプ椅子に腰を掛けていた大参三太は、青ざめた顔で俺を見上げた。
いつしか俺はこいつを“三太”と呼ぶようになっていたし、向こうも向こうで俺のことを“慎二郎先輩”と、長ったらしい呼び名で呼んでいた。
「読みました……」
その反応はそうですよね。
「――俺が千ヶ崎さんに抗議してやってもいいが」
「大丈夫です……やります。やってみせます」
顔色は悪いが、三太の目は真剣だった。
「乗り越えなきゃいけない……」
自分に言い聞かせるように、ブツブツ言っている。
……本当に大丈夫なのか?
まぁ、いい。余計なお世話だったみたいだ。
――演劇部の手伝いを始めて、二週間ほどがたった。
三太は少しずつ部の面々と打ち解け始め、同じ新入生たちとも会話をするようになっていった。
そんな三太をいじめていた連中はと言うと。
一応嫌がらせは収まったようだった。
派島とつるんでいた二人は、彼女と行動を共にしなくなった。
つまり――今は、派島がクラスで一人浮いている状態になっているそうだ。
「お二人にはとても感謝しています」
何だ、急に改まって。
「どうして、僕を助けてくれたんですか」
「助けるのに理由がいるのかい」
三太の質問に、佳一が即答した。
「俺は、見て見ぬふりが一番嫌いなんだよ、大参君」
……その佳一が嫌いなことを、俺はしてしまったがな。
俺は善人じゃねぇな。
――善人なわけないか。
「君に平穏が一刻も早く訪れることを祈っているよ」
「……はい!」
三太は明るく頷いた。
顔色は戻ってないけどな。
「お喋りをしている暇があるなら、手を動かしなさい! 本番なんてあっという間にやってきますわよ!」
千ヶ崎さんに叱られたかと思うと、俺たちは各々演劇部員たちに拘束された。
俺は大道具班、佳一は小道具班へ。
「大参君は、採寸をしたいから、家庭科室へ行ってくれるかな」
「わ、わかりました」
衣装班の女子に言われ、部室を出て行く三太。
さて、俺も仕事をしますか……なんて思っていたら、廊下から激しい物音とヒステリックな叫び声が俺たちの耳に入ってきた。
一瞬、部室内が静まり返る。
「い、今の何?」
誰かがそう言ったのと同時に、俺たちは外を見に行った。
「女じゃないのに、女みたいな顔しやがって!」
そんなバカなことを言うのは……
派島だ。
あの、三太をいじめているバカ女――。
「大参君!?」
女子たちの悲鳴があがり、我に返る。
見ると、三太は廊下に倒れており、その傍らにはバケツ。
三太は、廊下共々びしょ濡れになっていた――。
こいつ!
廊下にある水が入った消火用のバケツを、三太に向かって投げつけたな!?
沢山の人間が突如現れたことに急に恐れをなしたのか、派島が逃げようとする素振りを見せた。
いい加減にしろよ、このバカ女――!
「何てことをしてくれましたの! 大事な主役だというのに!」
俺よりも早く、千ヶ崎さんが魔法を使った。
小道具の縄が、一斉に派島に向かって蛇のように彼女の体に巻き付いた。
派島は身動きが取れず、倒れる。
「何で! 何であたしばっかり! あたしの人生めちゃくちゃにしやがって! あたしは何もしてないのに! 何で!」
わけのわからないことを叫びながら、派島はジタバタと暴れる。
そんな彼女に、ゆっくりと千ヶ崎さんが近づく。
「逃がしませんわ。あなたはどうやら、反省という言葉を知らないようですわね。先生方に突き出して差し上げますわ」
千ヶ崎さんから、静かな怒りを感じる。
怒らせた千ヶ崎さんは怖い――。
三年になって初めて知り得た情報である。
「学校側も甘いな。もっと厳しい処分を下さないから、こうなるんだ――」
深いため息をつきながら、伍紙先生は三太の顔にガーゼを貼った。
まだ入学したばかりだし……と、学校が与えたチャンスも無駄だったというわけだ。
おかげで三太はバケツを投げつけられ、怪我をした。
「僕は大丈夫です。それよりも、少しビックリしてしまって……」
そりゃ誰がバケツをぶつけてくると思うよ。
俺だってビックリだわ。
「ともあれ、大怪我じゃなくて良かった。顔に傷はついてしまったが、早く治ることを願うよ」
先生に優しく頭をなでられ、三太の色白の顔がほんのり赤くなった。
……。
「……先生、眼鏡掛け忘れているけど」
「ああ、そうだ。忘れていた。いつまでたっても慣れないな……」
俺が指摘すると、独り言を言いながら、先生は眼鏡を掛けた。
「そろそろ制服が乾く頃だろうか……見てくるよ」
学校にある乾燥機付き洗濯機で、三太の制服を洗ってもらっていた。
「少し留守番をしていてくれ」
「はーい」
俺と佳一は、いい子チャンの返事をした。
三太は……ぽやーっと、出て行く養護教諭の後ろ姿を見つめていた。
「どうした、大参君」
佳一が声を掛けると、夢から目覚めたようにハッとした顔つきになる。
「あ、いや、その。伍紙先生ってとても素敵な先生ですね……! 何だかドキドキしちゃいました!」
「アハハ。先生のファンの子たちみたいなことを言うな、君は」
佳一は笑うが、俺はわからんでもないぞ、三太よ。
羨ましいくらい格好いいからな……あの先生……
他の男子もきっと、そう思ってるんじゃないだろうか。
「先輩たちは、先生と仲がいいんですね……。そう言えば、先輩のこと……探偵君って呼んでいますよね。どうしてですか? 慎二郎先輩のことも、相棒君って……」
俺としては非常に不服なニックネームだが、気がつけばあの教師はずっと俺たちのことをそう呼んでいる。
「む……どうしてだったかな」
佳一が俺を見る。
そう言われると、なぜそうなったのか。
記憶を思い起こしてみる。
「そういや、一年のとき……お前と初めて喋ったときじゃねぇか?」
そう、あれは入学したばかりの頃。
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