5話 主役になる一人と、巻き込まれる二人
「大変な目にあったな」
その後。
保健室で、大参は体操着に着替え、伍紙先生に温かいお茶を出してもらっていた。
「……昨日、一緒に教室へ行ったせいかもな」
俺はボソッとそう言った。
やはり、こうなってしまった。
「大参君……すまない……俺が浅はかだったばかりにこんな」
「謝らないでください。先輩は、僕を助けようとしてくださいました。僕はそれが嬉しかったです……」
体を震わせながら、声を振り絞って大参は言う。
「僕がもっと……強ければ……やり返せる力が僕にあれば……」
「教師としては、仕返しが全てではないと言いたいところだがな」
先生がすかさず口を挟んできた。
……俺たちがそんなことをするとでも思ったのか。
「きっと彼らの保護者にも話がいくだろう。親も必死だ。うちの子がそんなことをするわけがありません。言いがかりです。なんて言ってくる親が現れてもおかしくない。君の家にも報告はいくだろうし、場合によっては親から親への嫌がらせも発生するかもしれん」
「それは……」
大参の顔が青ざめる。
ちょっとちょっと。何でビビらせるんだよ……
「親に知られるのだけは嫌です。僕の家族は絶対に……戦うに決まっている。それこそ大騒動になりかねない……」
ん?
別の心配が浮上?
「派島さんたちを潰しにかかってしまう――」
な、なんつー家だ。
お前ん家、戦闘民族か何かか?
「それなら君自身で戦うしかないな」
「僕……自身で……」
呪文のように、大参は保健医の言葉を繰り返した。
「――だったら、この私が力をお貸ししましょう!」
突如、保健室の扉が、吹っ飛んでいきそうな勢いで開いた。
カールされまくった髪に、ギラギラとしたリボンがまぶしい。
漫画に出てきそうなお嬢様みたいな女子が、そこにいた。
「壱岐君から話は聞きましてよ! 何ともキュートな男子がいると!」
……なんてやつに話したんだ。
「
「あなたが噂の新入生! まぁ! 何て愛らしいのかしら!」
聞いちゃいねぇな。
この女、基本的に人の話を聞かねぇからな。
「あ、あの……?」
大参がこの人は誰だと言いたげに、なぜか俺の顔を見てきた。
「千ヶ崎マリアさん。演劇部の部長だ」
「演劇……?」
キャラはこんな感じだが、一人で監督、演出、脚本、構成、出演までもをこなしてしまう、演劇部が産んだモンスターだ。
朝凪高校演劇部において、なくてはならない存在である。
そんなやつに……佳一は何を相談したのか。
「今度、新入生歓迎公演を行う予定ですのよ。日程は六月下旬! その舞台の主役として、あなたを抜擢いたします!」
「え……」
あまりに突然だった。
「えーっ!?」
これか!?
これがお前の考えた結果か!?
俺は黙ってにらみつけると、佳一はぶんぶんと首を左右に振った。
「あなたを見て、私の中でストーリーができあがりました! これで皆様をあっと言わせましょう!」
「ちょいちょい、千ヶ崎さん……いくら何でも急すぎるだろ。んなもん、他の部員が黙っちゃいないだろうよ」
すると、千ヶ崎さんは人差し指で俺を刺し殺さんばかりの勢いで、向けてきた。
「わかっておりませんのね! 私が完璧なプランを提示すれば、彼らは反対などしません! 文句があるのなら、それ以上のものを出せばいいだけのこと!」
さ、さいですか……
苦手だなぁ、この人。
「俺はただ、演劇部の手伝いをして、大参君がもっと他の人とコミュニケーションを取れるようになればいいなと思っただけなんだが……」
佳一の言葉は千ヶ崎さんの耳には届いていない。
うちの学校の演劇部は部員の数が多い。
本当に劇団のような人数の多さで、わりかしハイクオリティな劇を披露する。
相当気合いが入っている。
千ヶ崎さんのようなクリエイティブな人も多く、いじめとは無縁の世界かもしれない。
作業が始まれば、嫌でも人とのコミュニケーションが発生する。
佳一はそこで、大参への自信に繋がる何かが得られればとでも思ったのだろう。
「いいんじゃないか。本番は先生も観に行こう」
女子がコロリと落ちそうな微笑みを、大参に向ける保健医。
「伍紙先生! 観るだけでなく、私たちの舞台に立っていただけません?」
「生徒達の部活動に、教師が首を突っ込むのは良くないと思うな」
千ヶ崎さんのスカウトをひらりとかわす。
悔しそうな千ヶ崎さん。
いつも断られているもんな……
「大参君……まさかこんなことになるとは思ってもみなかったが……舞台を作るのはとても楽しいんだよ。俺も慎ちゃんも手伝ったことがあるのだが」
規模が規模なだけに、結構本格的だ。
良い経験だったと思うよ、あれは。
俺もうんうんと、頷いてみせた。
「きっと、友だちも出来るのではないだろうか」
それが一番の目的で、佳一は千ヶ崎さんに望みを託したのかもしれない。
「言っておきますけど! あなたたちにも手伝っていただきますわよ!」
「――え?」
仁王立ちの千ヶ崎さんを、俺たちは亡霊でも見るかのような目で見た。
「演劇部はいつだって人手不足! 猫の手も借りたいくらいです! それに、彼もあなた方が傍にいれば、リラックスできるのでは」
どこからどう見ても人見知りの大参が、一人で演劇部に放り込まれるのはなかなか彼にとって酷な話だろう。
入学早々いじめを受け、クラスメイトたちからは知らんふりされ――
恐らく、この学校でまともに話をしたのは、俺と佳一だけだろう。
だからって。
俺まで巻き込む?
本当、勘弁してくれ。
「私の言いたいことはわかりましたね? それでは皆さん! 本日の放課後より、部室へ来るように!」
彼女に逆らえるわけがない。
なぜなら、人の話を聞かない女だ。
「少年たち、存分に青春するといい」
伍紙先生は、他人事のように俺たちを見て楽しそうに笑うのだった。
日差しが心地よい、四月の話である。
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