4話 三人の行く道は前途多難

 この、新入生いじめ問題は、意外な展開を早くも迎えた。

 それが起きたのは、翌日。

 いつも通りに朝、登校していたときのことだった。

「おはよう! 慎ちゃん!」

 学校の門が見えてきそうなところで、佳一が横に並んできた。

「おう。何か思いついたか」

「いや! 全く!」

 昨日の帰り際とは打って変わって、またポジティブさが戻ってきている。

 開き直ってやがるな、こいつ。

「いじめはなぜ起きてしまうのか……俺はそのことばかり考えていたよ。人間の心理というものは難しいな」

 じゃあ心理学でも勉強してみれば?

 ――と、言いそうになったのを堪えて、俺は温かい微笑みだけ返しておいた。

「あ、玖雅先生だ」

 正門の所に、我らが担任の玖雅先生が風紀委員の生徒に混じって立っていた。

 生徒よりも眠そうな顔をしており、いつにも増してもさっとしている。

 目の下の隈も酷い。

 朝からこれはいかがなものか……

「おはよーございまーす」

「はい、おはよう」

 挨拶もそこそこに、俺たちは担任の前を通り過ぎていった。

「――待て」

 が。

 鋭い声で呼び止められてしまった。

 えっ?

 俺、別に髪も染めていないし、ピアスもしていないし、やましいことは何もしてないぞ?

 佳一のほうじゃねぇの?

「お前ら……」

 眠そうな目が、何かを見抜こうとしている。

 え? え? マジで何もしてないって。

「また何か妙なことに関わっているな?」

 あ……そっち?

 ていうかこの人、そんなことまで見えてしまうのか……?

「お前らと言葉と交わした瞬間に、ある光景が見えた……。誰かが複数の人間に囲まれている。男子か? うずくまって泣いている……いじめ?」

 ――まさか。

 俺と佳一は顔を見合わせた。

「玖雅先生! 先生が見たその光景って、未来の出来事だよな?」

「俺は未来しか見えんよ。近い未来だけど」

 先生の予知能力が働いた。

 ということは。

「大参君が今、いじめられている!?」

「は? 誰だ、それは。つか、こんな早朝から……」

「いじめに早朝とか関係ない! 先生、いじめられている新入生がいるんだ! きっと先生が見たのは大参君だ! どこかわかるか!?」

 佳一の焦った表情を見て、嘘ではないと確信したのか、担任は後ろを振り返った。

「おい! ちょっと行ってくるから、後は頼んだ!」

「え!? い、行くってどこにっ……ちょ、先輩! じゃなくて、玖雅先生!」

 二年担当の女生活指導教師の叫びを無視し、玖雅先生は走り出した。

 俺たちも後に続く。

 向かった先は、北館と呼ばれている、暗くて鬱蒼とした校舎があるのだが――、その校舎裏だった。

 近づくにつれて、男女の声が聞こえてくる。

 笑い声、罵倒の言葉……

「――お前ら! 何をしている!」

 現場を目撃した先生の声に、彼らは「しまった」という顔をした。

 やつらは、小さくうずくまっている、大参三太を囲んでいた。

 よく見ると、大参は全身びしょ濡れになっており、彼らの手にはホースが握られていた。

 すぐ傍に花壇に水をやるために使われている蛇口がある。

 それに繋がれたホースを使って、大参に水を浴びせていたのだろう。

 何とも質の悪いいじめである。

「これはどういうことか……説明してもらおうか」

 先生が腕組みをしてそう言った瞬間、男だけが先に逃げだそうとした。

 バカなやつ……

「――お前の行動なんて筒抜けなんだよ」

 派島とは別の女子が持っていたホースが蛇のように動きだし、逃走を図った男子の体に巻き付いた。

「うわっ!」と、叫び声をあげて地面に倒れ込む。

「お前らも逃げようなんて思うなよ」

 それを見て後ずさりした女子二人に向かって、先生は釘を刺すが……

 この教師から逃げようなんて無理だろ。

 賢明じゃない。

「朝からいじめとはご立派なもんだ。楽しい話を聞かせてくれることを願うよ」

 モルモットを前にした、マッドサイエンティストのような笑み。

 いや……ような、じゃないな。

 この人、マッドサイエンティストだった。

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