3話 三人はいじめと向き合う

  だが、翌日。

「えっ? 昼の授業からいない?」

 大参三太は姿を消した。

 ――ちなみに俺は、無理矢理連れてこられた。

 一年C組にやって来たはいいが、肝心の本人は逃げ出したらしい。

 やっぱり、他人に干渉されるのが嫌だったんだ。

 特に、いじめなんてデリケートなことだしな。

「うーん、困ったなぁ。荷物は残っているようだし、校内にいることは間違いない。初日からサボるなんて、やるな。大参君」

 自分のせいだとは微塵も思っていないバカは、どうでもいいことに感心していた。

「しかし、彼のような気の小さい人間が、本当にサボるとは思えん。ならば! 行き先はただ一つ!」

 ……うん。俺もわかった。

 あそこしかねぇな!

「保健室!」

 俺たちは、そこへ行ってみることにした。

「やぁ、探偵君。そろそろ来る頃かと思っていたところだ」

 扉を開けるなり、そんな声が聞こえてきた。

 ギィギィとうるさい椅子に座り、俺たちを見て微笑む、白衣の男。

 養護教諭の伍紙五葵いつかみいつき先生。

 珍しいことに我が校の保健の先生は、男性だ。

 ――おまけにイケメン。

「伍紙先生、新入生が来ていないか。気の弱そうな男子なんだが」

「ああ、いるよ。初日から授業をサボっている――……」

「さ、サボってないです!!」

 一つだけ、カーテンが閉じられていたベッドから、大参三太が飛び出してきた。

「おや。元気じゃないか。担任の先生には仮病を使ったと報告しておこうかな」

「ま、待ってください! 仮病なんて、そんな」

 新入生に容赦ねぇな、この。

「――だったら、彼らと話をするんだ。逃げずに、な」

 まるで、全てを知っているかのように、先生は言った。

 うなだれる、大参。

 このまま、保健室という場所を借りて、俺たちは改めて話をすることになった。

「悪かったな。こいつ、すぐ一人で暴走しやがるから、怖がらせてしまっただろう」

 佳一は、何で謝るんだ? という顔で俺を見てきた。

 俺だってお前の代わりに謝っていることに疑問だよ。

 ムカつくな。

「……どうせお前は、いじめを受けているやつの気持ちなんぞ、1ミリも考えたことないだろ」

「そんなこと――」

 あるからこうなったんだよ。

 ったく、ポジティブ人間め。

「お前がいじめっ子の女子と話をして、どうなる。きっと、こいつへのいじめが悪化するだけだ」

「どうして? 話せばきっとわかってくれるに決まっている!」

「話し合いで解決するようなやつなら、高校生になってまでいじめなんてしねぇよ」

 バカだな、本当。

 賢いってだけで、相変わらず何もわかっちゃいない。

 こいつが人を気遣うなんてできっこないんだ。

 根本的な考え方を変えない限り。

「いいか、お前に諭された女子はきっとこう思う。大参のやつが、自分をいじめっ子

だと他人に言いふらしやがった。大参のせいで、自分は悪者だと周りから見られる。ムカつく。大参に仕返ししてやる――」

「……」

「だから、いじめは尽きない。いじめられている本人は、助けを求めることさえも躊躇する」

 佳一は何も言わなかった。

 どうしてそんな思考になるのか、こいつには理解できないらしい。

 これだから、世間知らずのお坊ちゃんは……

「全く以て相棒君の言う通りだ。君はこれらの現実を受け止めた上で、彼を助けてやらねばならんよ」

 先生にも言われ、ようやく佳一は納得したようだ。

 俺より伍紙先生の言葉に諭されるとは何事だ。

「……すまなかった。大参君。君の気持ちをよく考えもせずに、先走ってしまった」

「僕のほうこそ……逃げたりして……」

 俺は不服だよ。

 俺の助言があったおかげだろうに。

 俺には何もなしか。

「君を助けたいと思っているのは本当なんだ。何か策を練りたいから、せめてどんな女子なのか、一目見たい」

「うう……わかりました……」

 よっぽどいじめっ子と引き合わせるのが嫌なのか、うめく大参。

「さぁ、今日はもう遅いから帰りなさい。続きはまた明日だ」

 半分追い出されるような形で、俺たち三人は保健室を出た。

 途中まで大参も一緒に帰ろうということになり、俺と佳一は彼の後について、再び一年C組の教室を訪れる羽目となった。

 そこで、何ともタイミングのいい――というか、佳一は初めからこれを狙っていたのか――。

 教室には二人の女子と一人の男子が残っていて、下品な声で笑い合っていた。

 派手な見た目。

 とても国内トップの高校に通っているようには見えない、連中だった。

 俺たちが現れたのを見て、ピタッと、笑い声が止まる。

 大参はビクビクしながら、荷物を取りに教室へと入っていった。

 入り口で待つ俺らの所へ戻ってくるまで、たったの数秒しかかからなかった。

 よっぽどこの場にいたくないらしい。

 なので、さっさと立ち去ることにした。


「どいつだ? 君をいじめているのは」

 あの連中が、いじめっ子なのは明白だ。

 女子は二人いた。

 どちらかが、大参を目の敵にしているやつだ。

「黄色のシュシュを付けた……二つに髪を結んでいた子です」

 見るからにギャルという感じの女だった。

 あいつか……

 俺は教室にいた女子を思い出す。

派島はしまさん……彼女があのグループのリーダー的存在です。他の二人は、彼女に従っているだけ……」

 たまたまその派島ってやつと波長が合ったから、共に行動しているといったところか……

 あるよな、そういうこと。

 あいつら、明らかにクラスどころか学年全体で浮いているだろうし。

「派島さんが僕をいじめるから、他の人たちも一緒になっていじめてくるし、クラスメイトたちは巻き込まれたくないからって、無視するし……」

 そりゃそうだわな。

 せっかく苦労してこの学校に入ったのに、それがいじめでパーになるのは俺だってごめんだ。

 ――俺なら仕返しするけどな。

「……わかった。伍紙先生が言ったように、明日。再度話し合おう。俺にも考える時間がほしい」

 神妙な面持ちで佳一はそう言い、その日は解散となった。

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