2話 二人と悩める一人
「待たせたな! 慎ちゃん!」
「遅い! 財布を取りに行くだけでどんだ……」
ジュースを飲みながら、先程別れた場所で時間を潰していると、あの阿呆はようやく、悪びれる様子もなく戻ってきた。
――俺の怒りの言葉が止まってしまうくらい、衝撃的な人物を連れて。
「え……な……!?」
パニック再び。
俺はビックリしすぎて上手く言葉を発することができなかった。
「紹介しよう! 一年生の
俺が見捨ててきた一年じゃねぇーか!
結局こいつが連れてくんのかよ!
「中庭で泣いているもんだから、事情を聞くために連れてきた」
「さいですか……」
回避したはずのトラブルが……
「三年として何か力になってやりたいと思ってね! 先輩っぽいだろう!?」
「はいはい、立派立派」
頼むから俺を道連れにせんでくれ。
「まずは自己紹介だな。俺は三年の壱岐佳一! こっちは親友の慎ちゃん!」
「
俺だけ雑にすんな。
そして、親友と人に言いふらすのはやめてくれ。
「俺たちは君の味方だよ、大参君! だから。泣いている訳を教えてくれないか? ぜひとも協力したい」
見ず知らずのやつに手を差し伸べるのはなかなかの勇気がいる。
それをいとも簡単にやってのけてしまうのが、
そして案外、人はこいつに心を許してしまう。
だが、新入生はまだ佳一に委ねることができないようだった。
「大参君」
うつむいてすすり泣く彼に、佳一は優しく声をかけた。
「話してくれないと、俺たちはどうすればいいのかわからない。それに、君は助けて欲しいという気持ちが少しでもあったから、俺についてきたんだろう?」
「……」
わずかに、新入生は顔をあげた。
何だ。わかってんじゃねぇか。
「……僕」
耳を近づけないと聞こえないレベルの声で、彼は言葉を発した。
クラスに一人はいる声の小さい女子より聞こえねぇぞ。
「僕、いじめられているんです」
……はぁ。
俺と佳一は、思わず顔を見合わせてしまった。
いじめ。
学校だけでなく、集団生活を送っていれば最早どこでも起こりうることだ。
こんなエリート校ですら、いじめは尽きないだろう。
いじめ撲滅宣言なんて、綺麗事でしかない。
どうあがいたって、根絶は不可なのだ。
……だとしても、だ。
「……早くない?」
「そうだな……」
新学期だ。
しかも新入生だ。
しかもしかも、今日はまだ始業式を終えたばかりだ。
新入生同士なんて、ほぼ初めましてばかりだろう?
入学式でもういじめのターゲットを定めたというのか?
だとしたら、俺はそいつの人格を疑うよ。
「僕をいじめている主犯の人は、僕の小学校のときの同級生なんです……しかも僕、途中で転校してしまて……」
あ、なるほど。
高校で偶然昔の同級生と再会したパターンね。
ん? でも待てよ。
「そうなるとお前、小学校のときから、そいつにいじめられていたのか?」
「当時はいじめだと自覚はしていませんでした……今思うとそうだったのかもしれません。彼女、気が強いし……」
……ん??
彼女?
え、おい。まさか。
「女子?」
「え?」
「お前、女子からいじめられてんの?」
「え……あ、はい……そうですけど……」
マジか。
男としてそれはどうなんだとか色々言いたいところだが、そういうこともあるんだな……
佳一も少し意外そうな顔をしていた。
「おかしいですよね……笑いたければ笑ってください……慣れているので……」
「いや……決してそういう意味で言ったわけでは……」
ネガティブすぎるだろ、こいつ。
「女子だろうといじめは良くないな。その女子は一体なぜ君をいじめるんだ」
いじめに理由なんてあるのだろうか。
大概が、気に入らないだの、憂さ晴らしにやっただのとか、実に自分勝手で自己中心的な動機だ。
それをいじめられている当事者に聞いたって……
「……彼女はあるとき、僕にこう言いました」
絵本の読み聞かせのように、彼は口を開いた。
「お前の顔が気に食わない、と」
……自己中もいいところだな、ソレ。
呆れるわ。
「僕、女の子によく間違われるんです。それに、気も弱いから……女みたいって色んな人にバカにされて」
女みたい。
言われてみれば……
俺は改めて、目の前の男を観察した。
茶色でふわふわとした髪。
うつむいてばかりであまりよくわからなかったが、瞳はまん丸としていて大きい。
顔立ちも女子っぽい。
体も華奢で、佳一よりもまだ身長が低い。
下手をすると、こいつより身長の高い女子のほうが多いのでは……
「それは……ただの嫉妬ではなかろうか」
佳一は突拍子もないことを言い出した。
「君がその女子よりも可愛らしかったから、お前の顔が気に食わないと言ったのでは」
なるほど。
その可能性が高いな。
「うう……やっぱりあれが駄目だったのかも……」
「あれ?」
「お恥ずかしい話なのですが……僕の家は女系家族でして。男はどうも立場が弱いんです。しかも唯一の味方である父親も、海外出張へ行っていることが多く、家には祖母、母、姉が二人……」
お、おお……漫画みてーだな。
「しかも伝統を重んじたり、しきたりを大事にするという、何とも時代遅れな家で……」
そこは古風でいいのでは。
「僕は幼い頃からとても体が弱く、泣き虫だったので……その……女の子の格好をさせられていたんです」
……納得。
とりあえず納得した。
何に、と言われても困るが。
「男の子に女の子の格好をさせると、丈夫になるという言い伝えがあるみたいで、そのせいで僕は小学校三年生までは女の子の服を着て学校に通っていました」
うん、うん。と、俺と佳一は頷く。
「そういった過去があることを、もちろん彼女は知っていて……この学校に入って、僕がいると知った途端、クラスメイトたちに言いふらし始めました。……入学早々いじめを受けているのは、そういうわけです」
腑に落ちない話ではある。
理不尽もいいところだ。
「どういう理由であれ、その女子には制裁が必要だ。朝凪の生徒にふさわしくない行動だよ」
佳一は怒っていた。
静かに怒っていた。
「今日はきっともう帰ってしまっているだろう。――明日、俺がその女子と話をする」
「……」
いやいやいや!
余計ややこしくなるだろ!
なぜそうなった!?
「あ、あの。先輩にそんなご迷惑は」
「ここでいじめを見逃してしまったら、俺は心残りを抱えたまま卒業することになる! 見て見ぬふりなど、俺のポリシーに反する!」
知らねぇよ、お前のポリシーなんて。
頼むから俺を巻き込まんでくれ。
一人で勝手にやってろ。
「大参君。明日の放課後、君のクラスへ行く! 待っていてくれたまえ!」
ビシッ! と、佳一は半泣きの新入生に向かって人差し指を突きつけたのだった。
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