1話 二人は進路を考える

 春。新学期。

 それはつまり、俺たちの学年が一つ上がり、新入生が入ってくるということだ。

「今年も沢山入ってきたねぇ」

 どの学年も同じくらいの人数しかいないというのに、隣の友人は目を細めてそう言った。

 真新しい制服に身を包んだ新入生たちは、ぞろぞろと並んで講堂へ向かっていた。

「今年は一体どんな年になるだろうね?」

 そして、友人は俺のほうを見て、ニヤリと笑うのだった。

「そうだな……」

 俺たちは高校生活最後の学年を迎えてしまった。

 この学校にいられるのも残りわずか。

 遊んでいられるのも、これが最後だ。


 平和に終わるわけがない。


しんちゃん! まさか三年連続同じクラスになるとはな! さすがは親友だよ!」

 新しいクラスの教室で、壱岐佳一いきけいいちはくるくると踊り出しそうな勢いで喜びを表現した。

「ハハハ……」

 俺は引きつった顔で笑うしかできない。

 やめてくれ。みんなが見て……ねぇな。

 この二年でこいつの変人ぷりは知れ渡ってしまったようだ。

 さらにはそれに付き合わされる俺のことも。

 おかしいな……初めましての人もいるだろうに。

 それにしたって、何でこいつと三年間同じクラスなんだ。

 誰がクラス決めをしているのか知らねぇが、恨みの言葉をぶつけたい。

 もしもこれが運命だと言うのならば、神様を呪いたい。

 そんなミラクルいらねぇんだよ。

 どうせならもっと可愛い女子と一緒がよかった。

 ……いや。いるじゃねぇか。

 俺たちのマドンナ! 白鳥しらとりさんが!

 これはまさに運命と言ってもいい。

 白鳥さんとも三年間同じクラス!

 佳一といるとろくなころがないが、まずは彼女と同じクラスであることを喜ぼうではないか。

「慎ちゃん?」

 やつに揺さぶられ、我に返る。

 危ない、危ない……

 にやけていなかったか? 俺。

「どうしたんだ、ボーッとして。早くしないと遅れるぞ」

「あ? ああ……」

 いつの間にかクラスメイトたちは、各々講堂へと向かい始めていた。

 これから始業式だ。

「担任の先生は誰になるんだろうな」

 ワクワクした様子の佳一。

 確かに楽しみである。


 国立朝凪あさなぎ魔法学校。

 国内最高峰の高校と言われている。

 それが、俺たちの通う学校である。

 朝凪に入学できれば、明るい未来が待っている……のかどうかはその人次第である。結局のところ。

「今年は高校生活最後の年だ。大学受験に追われる者がほとんだと思うが、そうでない者も後悔しないようによく考えて選択しろ。本当に自分がしたいことは何なのか……欲望だけでなく、将来のことも見据えた上で悩め」

 うんうん、そうそう。いいこと言うじゃねぇか。化学教師め。

「ただし」

 ゾワリと、背筋に寒気が走った。

「誤った道には進むな」

 ……まるで俺に向かって言っているようだった。

「良かったな! 最後の担任が玖雅くが先生で!」

 始業式の後、教室で先程のように担任の先生からありがたーいお言葉を頂戴して、その日は終わった。

 佳一の言う通り、一年のときにも担任だった化学教師が再び俺たちを受け持つことになった。

 知っている先生というのは、妙な安心感がある。

 その反面、知りすぎて見透かされているのではないかという心配もある。

 俺は無事、卒業できるのだろうか。

「先生も言っていたが、もっと先のことを考えて、進路を決めねばならんな」

 珍しく浮かない表情の佳一。

 お?

 こいつも進路とかで悩むんだな?

「お前は大学へ行くんだろ」

 成績はほぼトップの佳一。

 難関大学だって楽々と受かるだろう。

「うーん……」

 どういうわけか、歯切れが悪い。

 ……何なんだ?

「慎ちゃんは?」

 逆に聞き返されてしまった。

「俺は……その、アレだ。家の手伝いがあるから。大学へ行かせるような金はねぇって言われているし、卒業したら田舎のじぃちゃんの所へ行くんだ」

「そうか……」

 佳一は俺の話を聞いているような聞いていないような感じだった。

 てやんでい。

 ……誤魔化せたならそれでいいが。

「やることがあっていいな」

 ――うん?

 俺はその言葉に引っかかった。

 やること。

 やりたいかどうかは別にして、俺にとってはやることだ。

 だけど、「いいな」って何だ?

 言った本人は特に何も考えずに発したのだろうが、「いいな」って何だよ。

 嫌味か?

 羨望か?

 何にせよ、上の空では本心がわからない。

「……お前――」

 とりあえず、俺は一言文句を言ってやろうと思った。

 何が気に入らなかったのか、自分でもよくわかっていなかった。

 それでも文句を言ってやりたかった。


「あ!」

 ――しかし、それもやつの叫び声にかき消され、言えずに終わった。

「忘れ物をした!」

「は? 何?」

「財布! ロッカーに!」

 鍵付きとはいえ、なぜそんな所に財布を……

 しかも、今日は体育どころか授業もないのに……

「取ってくる!」

 それだけ言って、やつは走って行ってしまった。

 廊下に取り残される俺。

 え? 待っとけってか?

 一緒に帰る義理もないが、ここでさっさと帰ってしまうのも良心が痛む。

 ちくしょう。待つか……

 不満を言いたいところをぐっと我慢し、俺は中庭の自販機へと足を運んだ。

 学校にしか売っていない、安い紙パックのジュース。

 美味でもそれ以下でもない、何とも言えぬこの味。

 俺は好きだ。

 ……このジュースもあと何回飲めるだろうか。

 フルーツミックスのボタンを押したところで、俺はあることに気づいた。

 中庭のベンチに、とある男子生徒が腰掛けていたのだ。

 しかも、彼はうつむき、肩を震わせていた。

 ……泣いてる?

 一年生だというのは、何となく……制服の綺麗さ加減でわかった。

 おいおいおい。

 まだ授業も始まってねぇぞ。

 今日は始業式だけだぞ。

 何で泣いてんだ!?

 軽くパニックを起こした俺は、見つからないように自販機に身を隠した。

 学校が嫌なのか、そんなに嫌なのか!?

 ああ、よりによってどうして俺以外の通行人がいねぇんだよ。

「どうしたの?」と、声をかけてやれるほど、俺は優しくないし、良い人だとも思われたくない。

 ――相手が女子なら話は別だ。

 面倒だな。非常に面倒だ。

 厄介なことに巻き込まれるに違いない。

 俺の野生の勘がそう告げている――。

 くるりと背を向け、お得意の忍び足で俺はその場を立ち去ることにした。

 悪いな。新入生。

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