第62話 新興貴族会議

―帝都 王宮大会議室―


「それでは、ただいまより新興貴族会議を始めたいと思います」

 お父様が盟主の新興貴族連合は、ついに王宮を掌握しょうあくしたわ。

 皇太子さまの摂政就任もほぼ内定が出ているし、これで帝国は私たちのものよ。


 保守派の象徴たるフランツ辺境伯が無様に逮捕されたら、私たちにさからうものはいないはず。


 陛下の命をあえて取らないようにしておいてよかったわね。もし、死んでしまったらフランツ率いる選帝侯たちによる横やりが入っていたはずだもん。


 陛下の執務不能時にも選帝侯会議は開くことはできるらしいけど、それは過去の事例から後継者が幼くて摂政になれない場合だけ。殿下はすでに立派な大人だもの。選帝侯たちも手が出せないでしょうね。


「おいおい、将来のポスト分割会議の間違いじゃないのか?」

 誰かが軽口をはさんでみんなが笑いだす。私たちは、王宮に貯蔵されている高級ワインを飲みながら会議を開いている。


 みんなが勝利の美酒に酔いしれていた。

 とりあえず、保守派の重鎮たちを逮捕して投獄しなくちゃいけないんだけどね。それはフランツが帝都に来てからで間に合うわ。


 皇太子様を無理やり帝都の病院に戻しておいて助かった。

 彼がいなければ、成り立たない計画だからね。 


「皆様、大変です」

 伝令によって、そのなごやかな雰囲気は崩壊したわ。


「大事な会議中ですよ。なにごとですか!!」


「ボニー様から緊急通信です。オーラリア辺境伯領が……」


「辺境伯領がどうしたのよ? どうせ、フランツの逮捕に反発して暴動でも起きたんでしょ。それを口実に武力介入で、つぶしちゃえばいいじゃない?」


 私が自信満々にそう言い放つと、会場からは拍手はくしゅが起きる。


「それが――」


「いいから早く言いなさい」


「わかりました」


 伝令は一息つくと私たちに報告する。


「オーラリア辺境伯領庁は、グレア帝国からの"独立"を宣言しました。我らが派遣した司法省の役人は、全員拘束されているようです」

 一瞬にして会場は凍り付いてしまった。


「何を言っているのよ?」


「こちらが、向こうから送付された文章です」


「読み上げなさい」


御意ぎょい


 ※


 グレア帝国の歴史において、我がオーラリア辺境伯領は、守護者としての役割を長年、はたしてきた。


 6代目当主のモンローや9代目の当主のウィルソンは、ヴォルフスブルク帝国との戦争で命を落とした。我らの先祖は、つねに帝国の守護者として最前線で命をかけて戦ってきたものである。


 現皇帝陛下は、それをよく理解し、我らを尊重してくれていた。

 しかし、陛下がご病気で倒れられた後、実権を握った皇太子と新興貴族一派は、それをまるで理解せずに、自分たちのくなき権力への欲求によって、大混乱を引き起こし、挙句あげくのはてに、本日、刺客を放ち、オーラリア辺境伯家現当主であるフランツを暗殺しようとした。その事件については、すでに実行犯の3名を辺境伯庁が拘束している。


 また、彼らは以下の多くの愚行ぐこうによって国政を混乱させていることをここに弾劾だんがいする。


一、当時、皇太子の婚約者であったニーナ公爵令嬢に無実の罪を着せて失脚に追い込んだこと

一、皇太子とメアリは不義の関係であったにもかかわらず、それすらもニーナに責任を負わせたこと

一、メアリがヴォルフスブルク帝国の外交使節団に暴言を吐き、通商交渉を破談に追い込んだこと

一、魔獣騒動において、軍事学的な基本知識すら持たずに司令官に就任した皇太子がいたずらな突撃命令で戦死者を増やしたこと

一、また、参謀部が進言した作戦を破棄し、帝国領への魔獣侵入を許したこと

一、魔獣騒動の失敗の責任をオーラリア辺境伯家側に押し付け、挙句のはてに当主を暗殺しようとしたこと


 このような愚行を我らは笑って我慢することはできない。

 グレア帝国現首脳部が、このように権力の横暴おうぼうによって公平な統治ができない状況であると分かった以上、我が領民と領土を守るために、我らは団結してそれに対抗していかなくてはいけない。


 よって、本日、我らはグレア帝国からの独立と新国家"オーラリア公国"の建国を宣言する。


オーラリア公王フランツ


 ※


「なによこれはああああぁぁぁぁああああああ」

 私はワイングラスを床にたたきつけた。ガラスが粉々になっていく。ワインは血のように床を汚していった。


「メアリ様、落ち着いてください」


「黙りなさい。これは反乱よ! 帝国に対する大反乱よ。辺境伯領にいるチャーチル少将に連絡を取りなさい。反逆者の首を取るようにね。魔獣騒ぎがあったから帝国軍の主力も駐留しているのに馬鹿なやつら」


「いえ……」


「何を言っている! 早くしなさい」


「それが、チャーチル少将もこの独立宣言にサインをしているんですよ」


「なにをばかなことを……えっ!?」


 そこには、フランツの名前の下にはとしてチャーチルがサインしていた。


「嘘だろ!?」

「帝国軍の若き双璧の反乱?」

「実戦慣れてしている辺境伯軍に加えて、帝国陸軍の主力部隊まで裏切ったのか!?」


 会場には動揺が広がっている。


「皆さん、落ち着いてください。大丈夫です、しょせんは魔獣騒動のせいで奴らは手負いの烏合の衆。諸外国も新国家なんて承認するわけが……」


「それが……」

 伝令は言いにくそうな顔になる。


「なによ、まだあるの!?」


「ヴォルフスブルク帝国中央にいる諜報ちょうほう部員によると、ヴォルフスブルク首脳は、オーラリア公国を承認する方向で調整しているようです。この情報は貴重な魔力情報石を用いてもたらされたもので、緊急かつ重要な情報だと思われます」


「ありえない! どういうことよ!」

 早すぎる。どうして、ヴォルフスブルクに情報が伝わっているの!?


「魔獣との戦いでヴォルフスブルクは大きなダメージを負いました。ですので、比較的に損害が少ないグレアの動きが制限されたほうが国益にかなうと判断しているようです。オーラリアが緩衝材になると好意的な反応らしく……」


 伝令がそこまで言っただけで、よくわかった。あのタヌキは、魔獣騒動の時にヴォルフスブルク帝国と、なにか密約をしたのね!? いつもほがらかな笑顔の下で、何を考えているかわからない腹黒タヌキめっ!


「わかったわ。皆様? これはもう、戦争ですよ。私たちか、あのフランツ、ふたつにひとつしか生き残れません。覚悟を固めましょう」


 お父様も首を縦に振る。


「まずは、学園にいるあの男の妹を血祭りにあげて、私たちに逆らったことを後悔させてやりましょう!」

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