第63話 学園の動揺

―帝都・学園―


「大変なことになってしまったわね」

 私はひとり部屋でつぶやく。


 まさか、お兄様がここまでするとは……

 想定の範囲内と言えば、だったけどね。


 学園に来る前に、皇太子様じゃなくて、お兄様が皇帝になればいいと何度も思ったけど、まさか帝国から独立してしまうなんてね。


 でも、お兄様からはいくつも計画を教えてもらっている。私はそのプランを応用をすればいいだけ。何も難しくないわ。


 お兄様は心配性だから、いろんな場合を仮定して、いくつものプランを作っている。だから、こういうときも既存きそんの案を少しだけ改善してしまえばなんとかなるわ。


 この場合は、皇太子や新興貴族たちとの権力闘争が激化した場合の計画の応用ね。私は、反新興貴族の仲間たちと学園で待機ね。


 まったく、実の妹をおとりにするなんて、兄の考えることなのかしら。本当に政治のことになったら、容赦ようしゃがなさ過ぎる。あんな怪物相手に、けんかを挑むなんて、あのふたりは……まったくーー


「なにもしなければ、やられることはなかったはずなのにね」


 ちなみに、私は計画の全容を教えてもらっていないのよ。もし、私が何かの拍子ひょうしに敵の手に落ちたときの対策ね。情報を知らされていてない私を守ることにもなるし、兄さんの計画の機密を守ることにもなる。


 兄ながらおそろしいわ。こういうところは徹底している。たぶん、今回の独立も、選択肢としてずっと彼の中にあったものよ。妹だからわかるわ。お兄様は、帝国の存続よりも、領民たちの幸せを願うタイプ。だから、お兄様が激怒する領民の生活に危害をくわえるようなことをしたんだろうな、皇太子のやつ。


 さて、そろそろ新興貴族派の追っ手がやってくる。私も、オーラリア公国の主の妹として、彼らを接待してあげないとね。


 お兄様は、基本的にあらゆる分野に才能があるわ。でも、私は彼よりも優れているものがふたつだけあるのよ。


 度胸どきょうと決断力よ。


 だから、お兄様を信じると決めたら、あとはひたすら信じるだけ。お兄様の計画は完璧。少しだけ不安だけど、大丈夫。


 私は、お兄様とニーナ様を信じているから。


 ※


 そして、1時間後。

 学園は、軍隊に取り囲まれた。


「マリア様、どうしましょうか?」

 私の仲間や学友たちが心配で震えている。


「オーラリア辺境伯令嬢マリア出てこい。お前を逮捕する」


 士官のような男が威張りながら前に出てくる。あれは、メアリの従兄いとこウィリアム。

 ずいぶんと大物が出てきたわね。たしか、名門男爵家を借金を理由に乗っ取った男よ。軍に入って今は少佐になっていると聞くわ。


 ここに籠城ろうじょうしても、みんなに迷惑がかかるだけね。あいつらは、何も考えていないから、平気で学園を焼き討ちにしてくるかもしれないし。


 そんなことをしたら、もうあいつらは終わりだろうけどね。

 世論の支持率は急激に下がるわ。あのメアリとか言う女、低い身分から皇太子の婚約者になった成り上がりストーリーで実は、結構人気があるのよね。まあ、まだ民衆にぼろが出ていないだけだけどね。


 今回のお兄様の弾劾だんがいで、民衆たちからも動揺が広がっているらしいわ。

 お兄様の人気は、貴族の中でもトップクラス。だって、身を張って、帝国領を守ってくれる人だもん、人気が低いわけがない。


 それが皇太子とその婚約者を弾劾して、独立なんて、みんな思わなかったはずよ。だからこそ、帝国内で激震が走ったの。陛下の寵愛ちょうあいを受けていた帝国の事実上のナンバー2が次期皇帝を非難して独立したのだから!


 ここからは世論の支持も大事になってくる。どちらが統治者としてふさわしいのか、民衆は厳しい目線を向けてくるはずね。


「あと、5分以内に出てこなければ、軍が突入するぞ!」

 どうやらここまでのようね。これ以上の遅れは、逆効果ね。為政者いせいしゃとしての矜持きょうじを、成金たちに見せてあげないとね。


「みなさんはここにいて。あいつらは、私にしか興味がないようだから、ここは安全よ」


「しかし……」

 みんなは私のことを思って引き留めてくれる。


「大丈夫よ、私に考えがあるの」

 私は覚悟を固めて、学園の外にでていく。


 だめね、お兄様たちのことを信じているのに、もしかしたらと思うと足が震える。


 でもね、私はほこり高きオーラリアの娘よ。


 信じたことはやり抜く。それしかないわね。


「よくでてきた。大罪人の妹よ」


「あら、成金性悪しょうわる女のコバンザメ様がずいぶんと、失礼な言い回しですね」


「減らず口をーーだが、すでに死刑判決はでているんだ。覚悟はできたか?」


 どんな不当な裁判をしたのかしらね?


「ずいぶんと超法規的な措置ですね、それは? いいですか、私は帝国の守護者として、身をつくしてきたオーラリア家の娘です。それを殺す? なにをもって、そのような恩知らずなことができるのよ。兵士の人たち、いい? あなた方の上官は、あきらかに法令によらず、私を処刑しようとしています。そのようなものが国家の実権を握って、国に未来はあるのでしょうか? わたしはあなた方の良心に問いかけます。そのような無法者たちに、あなたたちが命をける国のトップとしてふさわしいのですか」


 私に武器を向ける兵士たちは、動揺している。よかった、理性がある方々ね。


「それでも、私を殺すというのなら、そうすればいいでしょう。私も貴族の娘。帝国がこのように堕落だらくしては、ここで死ななくても、いつかは国とじゅんずる運命です。さあ、やりなさい。それが、あなたがたの仕事でしょう?」


 兵士たちの手は震えている。もしここで死ぬとしても、それが運命ね。貴族としての誇りは示せた。それだけでも十分よ。たぶん、理論は破綻はたんしている。でも、いや、だからこそ、気持ちは伝わるはずよ。その伝わった気持ちが、生きたあかしになるんだから。


 私は、目を閉じた。あとは、神様だけが決めること。


「早くやれ! 上官の命令だぞ」


 さあ、最後の審判ね。私は人間の良心を信じた。

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