第61話 独立宣言

「フランツ様!?」

 フランツ様が剣を抜いて、男を切り捨ててしまった。私は驚いて悲鳴のような声をあげる。


「おまえ、いったいなにを……いま、自分がやっていることを理解しているのかよ」

 捜査官たちも、フランツ様の豹変ひょうへんにたじろいでいる。


「仲間がられたくらいで、足を止めるなんて、剣を抜く覚悟がないんじゃないかな?」

 ふたりめの捜査官も一瞬にして、斬られてしまった。


「フランツ辺境伯! 乱心したか!? 我ら司法省の役人に剣を抜くということは、すなわち帝国に弓を引くことと同義!!」


「ボニー捜査官。いや、きみは本当に司法省の役人なのかな? 学園の卒業パーティーの時に、メアリ子爵令嬢と一緒にいたのはきみじゃなかったかな?」


「……私は、子爵家に使えていた身だが、この度、司法省の役人に引き立てられたんだ」


「なるほど、だから臨時捜査官なんだ。よくわかったよ。でも、安易あんいだったね。僕もなめられたものだよ? オーラリア辺境伯の当主を逮捕するのに、わずか3人の捜査官しか用意していないなんて、不用心ぶようじんすぎるね。もし、僕に抵抗されて、逮捕に失敗したらどうするつもりだったのかな?」


「いいか、わかっているのか? 私たちの後ろには、皇太子様がいるんだぞ! 抵抗したら、帝国軍本隊が来るぞ。学園に通っているお前の妹だって、どうなるか……」


「マリアはこのくらいのピンチ、自分で乗り越えることができるよ。それじゃあ、僕には、おどしにもならない。いいかい、君たち、いや、皇太子とメアリは誰にけんかを売っているのかわかっているのかな?」


「お前、殿下を呼び捨てに!!」


「きみは自分が置かれた立場を理解していないようだね。本当に雇い主と同じで、どうやら頭が足りないらしい?」


「はぁ?」


「今まで陛下や領民のためを思って、最善を尽くしてきた。しかし、今回の魔獣騒ぎとこの件で、私も我慢の限界だ。軍の司令官として派遣されてきたにもかかわらず、魔獣の特徴も理解せずにでたらめな指示ばかりで、犠牲者をいたずらに増やした皇太子。皇帝陛下が倒れて、魔獣騒動の後の復興に尽力じんりょくしなくてはいけない時期に、自分たちの権力のことしか考えない自己中心的な奴ら。そいつらが次代じだいの皇帝皇后両陛下だと!? 笑わせるな!!」


 強い怒気どきを含んで言い放つフランツ様。彼がこんなに怒るなんて……


「不敬罪だ。ことの重要性を理解しているのか……」


「理解していないのは、きみのほうだろう。私が、何の覚悟もなく、こんな発言するとでも?」


「まさか……」


「オーラリア辺境伯家は、初代皇帝陛下から独自の特権を授かっている。独自の軍事力、領内の完全な自治権、そして、部分的ではあるが、外交権。これらを備えた領域を、普通は何というかな? ボニー捜査官?」


「国家……フランツ辺境伯、まさか、あんたは……」


「オーラリア辺境伯領、いやオーラリア公国こうこくは、本日をもって、グレア帝国からの"独立"を宣言する。よって、私は、キミから指図さしずをされるいわれはない」


 独、立。オーラリア公国……私も事態が飲み込めない。


「そんなことが許されるとでも、思ったか。死ね、辺境伯」


 ボニー捜査官は、半狂乱になりながら、斬りかかった。だけど、百戦錬磨ひゃくせんれんまのフランツ様には、傷すらつけることができなかったわ。やいばを簡単にかわして、捜査官のみぞおちに強烈な一撃を叩きこんだ。


 泡を吹きながら、捜査官は倒れる。


 あまりの痛みのせいか、彼は悲鳴すらあげることができなかった。


「ニーナ大丈夫かい?」

「はい、大丈夫です」

 3人の屈強な男たちは、無様に地面に転がっている。強すぎる。

 激しい戦闘をこなしているのに、息すら乱れていない。いつもの優しい顔だったわ。


「よかった。悪いけど、少将と幹部を集めて欲しい。もちろん、ニーナも一緒にね。これからのことを協議したい」


「わかりました」


 優しい口調だけど、もうすべて覚悟を決めている目だったわ。

 私たちは、今、歴史の激流の中にいるんだとわかる。


「さてと、ボール捜査官? キミには僕と一緒に来てもらうよ。少し、お話をさせてもらいたいんだよね」

 フランツ様は静かに怒っていた。


「いやだ、死にたくない。助けてくれ、俺は命令されただけなんだ」


「大丈夫だよ、そんな野蛮なことはしないよ。ただ、知っていることを全部、話してもらいたいだけだよ?」


「話す、話すよ。全部話すから、お願いします。フランツ辺境伯様、どうか、慈悲じひを……俺には子供だっているんだ」

 

「わかったよ。あとは、取調とりしらべ室で教えてくれ」


 従者たちによって、3人の男たちは運ばれていく。


 フランツ様は、ひとり厳しい顔をしていたわ。


 この瞬間、彼は歴史の表舞台にいよいよ立つことを決意したのだから。もう、歴史の流れを止めることなんて、できない。


 今日、新国家は誕生した。

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