第60話 新興貴族の陰謀と辺境伯の激怒

 私たちは、帝都で起きた悲劇を寝室で聞いたわ。


 皇帝陛下の急変。それは2日前に起きたらしい。

 お父様や将軍との懇親こんしん会の後に、急に胸を押さえて、意識を失ってしまったらしいの。医官たちが必死に治療をほどこして、なんとか一命を取りとめたらしいけど、昏睡こんすい状態で今も予断を許さない状況。


 執務は、規定にのっとり、国務尚書様が代理しているそうだけど……


 一部で、皇太子様を摂政せっしょうにしようとする動きが出ているらしいわ。


 摂政ーー


 それは、皇帝陛下が長期間執務不能に陥ったときに臨時に置かれる役職よ。皇帝陛下が執り行うはずの国事行為を代理でおこなう緊急時のみの官職。その権力は絶大で、事実上のもうひとりの皇帝陛下ね。


 本来であれば、皇太子様が就任するのが普通だけど……


 今は普通じゃない。


 今の皇太子様が、摂政のような大役ができるはずがないわ。大けがで入院中なのよ?


 これは裏側に何かあると考えた方がいいわ。たぶん、メアリの実家が関係していると見て間違いないわ。


 爵位は、子爵まで上がったそうだけど、役職は地方の上級官吏のようなもの。お金があるから、権勢はすごいけど、職務の権限では選帝侯筆頭のフランツ様や私のお父様には及ばない。


 新興貴族派は、中央に有力なポストを持っていない。

 だからこそ、皇太子様の婚約者である地位を有効活用していくのが狙いね。


 皇太子様を摂政にしてしまえば、帝国のポストは思いのままよ。

 そうすれば、主流派を粛清しゅくせいすることだってできるはず。


 つまり、皇帝陛下のご病気を利用して、子爵家が帝国を乗っ取るつもりなんじゃ……皇太子様が、フランツ様に向ける憎悪ぞうおの感情は、以前よりも強くなっていた。あんなの普通じゃない。


 すでに子爵家に取り込まれているとしか考えられない。


「フランツ様、すぐに帝都に向かってください。きっと、これは新興貴族のクーデターです!」


 彼もうなずく。


「しかし、まだ前線は、油断できない状況なんだよ」


「大丈夫です。今ならチャーチル少将とほかの人たちに任せることができます。このままでは、帝国が崩壊します。帝国を救えるのは、あなたしかいません」


 私たちの間に、冷たい空気が流れ込む。昨日は、あんなに嬉しい時間だったのに、どうしてこうなるのよ。

 いったい何を考えているのよ。皇太子様も子爵家も!


 魔獣騒動がまだ終わっていないのに、その混乱に乗じて、国家の乗っ取りなんて……

 混乱しか生まれないわ。帝国の一大穀物庫である辺境伯領の農地が魔獣によって荒廃こうはいしてしまった事実を本当にわかっているのかしら、あの人たちは!! このままでは大規模な飢饉ききんが起きるかもしれない。


 他にもしなくちゃいけないことがたくさんあるわ。領土の復興だって、課題は山積みなのよ。今、政治権力ゲームなんかする時間じゃない。


「わかった。なら、私が帝都に向かおう。なにかあれば、帝国の盾になるのがオーラリア家の役目だからね」


「がんばってください。でも、向こうが何をしてくるかわかりません。護衛の兵を連れて行ってください」


「いや、それはできない。それでは、私は皇族と帝国に弓を引くことになってしまう。そんなことをすれば、新興貴族と同じ土俵に上がってしまうからね」


「しかし……」


「大丈夫だ。もし、私に何かしようものなら、私の兵士が黙っていない。彼らもそれがわかっているだろう。まさか、国を二分するような内乱を起こすつもりはないだろうから」


 私を落ち着かせようと、彼は笑顔を作ったわ。

 自分だって、いろいろと大変だろうに……


 彼は本当に強い人だ。


「フランツ辺境伯は、いらっしゃいますか! 帝都からまた、使者の方が!」

 私たちが、話し合っていると、不意にドアをたたく声がしたわ。


 帝都からの使者? まさか、陛下になにかあったのかもしれないわ。

 私たちが慌てて、部屋の扉を開けたら、そこには屈強な3人の男がいた。


「フランツ辺境伯ですね?」


「そうだが?」


「主の命によって、やってきました。司法省臨時捜査官のボニーと申します」


「……」

 どうして、司法省の捜査官がここにいるの?

 とてもいやな予感がするわ。


「結論から申し上げます。あなたを、逮捕させていただきます」


 何を言っているのよ? この人は?


「逮捕なんて!! 罪状はなんですか? ここにいるのは、オーラリア辺境伯家の当主で、魔獣騒動で帝国を救った英雄ですよ!」


 私は強い口調で抵抗した。


「ニーナ公爵令嬢。残念ですが、こちらはきちんとした司法的な手続きを踏んでおります。罪状は、皇太子殿下暗殺未遂です」


「殿下の暗殺だと!? 何をでたらめを言っているんだ?」


 彼も言いがかりのような罪状に激怒した。


「あなたは、魔獣騒動の混乱の中で、殿下を最前線に配置して、謀殺ぼうさつしようとこころみた。違いますか?」


「あれは、殿下が勝手に……」


「言い訳は裁判の場でお願いします」


 そう言って、奴らは剣を抜いて、フランツ様を拘束しようとする。

 私は、彼らを止めようと、必死に腕をつかむが、振りほどかれてしまう。


「剣を抜けば、僕が簡単にそれに従うとでも思っているのかい?」


「従わなければ、あなたは反逆者と言う汚名を、永遠に歴史にきざむでしょう」


「いいかい、言っておくよ。貴族に剣を向けるということは、決闘を意味するんだよ?」


「……何を言っている?」

 一番前にいた男が少しだけ動揺して、動きを止める。


「命を奪われる覚悟はあるのかって、言っているんだよ?」

 フランツ様は、静かに剣を抜いて、一人の男を切り捨てた。

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