第51話 最前線へ&皇太子との再会

 私たちが魔獣の対策を練るために、不眠不休の仕事が続いていたわ。

 毎朝、届けられるヴォルフスブルクからの連絡は、事態の悪化をひしひしと伝わってきた。


<魔獣による被害が拡大>

<ヴォルフスブルク帝国軍がついに魔獣と激突!>

<魔獣3匹を倒すが、甚大な被害……なおも、原因特定できず……>

<帝国軍参謀本部が、新たなる出兵を決定!>

<魔獣、依然増加傾向>

<帝国軍、戒厳令かいげんれいを発令>

<魔獣の総数、数十体を超える? 専門家が予測>

<このまま魔獣の増加が抑え込められなければ、犠牲者は1万人を超える可能性も>

<限界に近づく魔獣包囲網>

<参謀本部、軍の一部を転進させることを決定>


 ヴォルフスブルクの新聞もどんどん緊迫感を増していたわ。

 何度か魔獣との戦闘があったようだけど、帝国軍が苦戦しているようね。大陸最強の陸軍を持つヴォルフスブルクですら苦戦しているという事実が、私たちの気持ちを重くする。


 やはり、初動がよくなかったのね。魔獣の出現は、それだけで政府の信用を低下させるわ。国民の間にもパニックが生まれて、収拾しゅうしゅうがつかなくなりやすい。だから、ヴォルフスブルクは、初動で精鋭部隊による隠ぺいを目指したけど失敗して被害を拡大させてしまった。


 本来ならば、軍の全力をもって叩くべきだった。でもそうすると、臣民たちも気づいてしまう。


 それがいけなかった。魔獣は数が少ない初動対応が大事だったのに……


「今日から、砦の方に向かおうと思う」

 フランツ様が、皆にそう言った。


「今日ですか?」

 私は驚きながら、聞き返す。


「うん。ヴォルフスブルク帝国参謀本部が軍の一部、を決めたようだ。転進なんてカッコいい言葉を使っているけど、しょせんは撤退だよ。包囲が限界に達してしまったようだね」


「……」

 最悪の状況ね。包囲が限界になってしまったら、もう魔獣は抑えられない。どこに出現するかもわからなくなるわ。


 つまり、国境を越境して、辺境伯領に到達することもありうる。

 それに備えて、対策本部を前線に移すということね。


「ニーナ。僕としては、キミはここに残って欲しい。砦だって安全とは言い切れないからね。それに、帝都から派遣される援軍は、皇太子殿下が執るらしい」


 私を心配してくれる彼の優しさは嬉しい。あの男の顔を見なくてはいけなくなるも辛い。でも――


「いいえ、私にしかできないことを、やりたいですわ。どうか一緒に連れて行ってください」


「わかった」

 彼は目を閉じて、頷いてくれる。


「じゃあ、行こうか!」


 私たちは最前線に向かう。


 ※


 そして、私たちは砦の方で、皇太子様が率いる軍隊とも合流した。

 彼は、私を一瞥いちべつして、そのまま何も言わずに通り過ぎた。


 さすがに気まずいのよね。すごく嫌そうな顔をしていたから……

 周囲の人たちもその様子を驚くように見つめていた。


 あんな顔されたら、少しは傷つくわよ。私だって、会いたくて来ているわけじゃないのに……


「とりあえず、辺境伯様の意見も聞きたいな。皇太子殿下、すぐに軍議を開きましょう」

 参謀のチャーチル少将が、提案した。私たちも同意した。


 皇太子様だけが不機嫌そうな顔をしていた。


 ※


「――これが、現状のヴォルフスブルク帝国の魔獣対策です」

 フランツ様が状況を解説する。


「なるほど……すでに、魔獣包囲網による封じ込めは限界にきているんですね。そして、魔力の滞留場所は、魔獣の増加によっていまだにわからない。手詰まり状態ですね」

 少将もすぐに状況を把握はあくしてくれたらしい。さすがは、グレア帝国軍の若き天才ね。フランツ様と同じくらい名声を持っていて、38歳で少将の地位まで登りつめた名将。帝国軍史上でも、皇室と辺境伯領当主を除けば、最速の出世スピードを誇っている。


 帝国の次世代の双璧をそろえたということは、陛下もことの重要性が分かっているということね。


「フランツ閣下は、今後、どう対応するべきと考えているのですか?」

 チャーチル少将は、より深い議論に持っていくつもりね。


「すでに、ヴォルフスブルク側だけではどうしようもない状況です。ここは、こちらから救援を打診だしんしてはいかがでしょうか? 我が帝国の軍も合わせれば、魔獣たちを抑え込むのは、楽になるはずです。数的な有利を作って、数の力で魔獣をせん滅するのが、最善かと!」


 たしかに、辺境伯領の兵力だけでは、足りないけど、今は帝都からの援軍もあるわ。大陸でもトップクラス軍事力を持つヴォルフスブルクとグレアが手を結べば、魔獣だって倒すことができるはず……


 場の参加者たちも、納得した表情ね。これしかない。今のうちに魔獣問題を解決できれば、グレア帝国の領内での被害は食い止められる。このタイミングが最後のチャンスということ。


「いや、だめだ」

 反対したのは、皇太子様だった。


「なぜですか、殿下?」

 フランツ様は詰め寄る。


「まず、それでは仮想敵国のヴォルフスブルク帝国を利することになるからだ。将来の安全保障的に考えても、この魔獣問題で弱体化してもらったほうがいい。今の状況なら、陸軍に大ダメージを受けているからな。このまま静観し、越境してきた魔獣だけを倒すのが、最善だろう」


「しかし……それでは、グレア領内にも被害が出る可能性が……魔獣の増加を食い止めなければ、世界的な脅威にだって……」


「考えすぎだろ。今の状況なら、グレアは多少の被害で済むだろう。それなら、目をつぶればいい。ヴォルフスブルク帝国の弱体化の方がはるかに大きな利益になる」


「民を、切り捨てるのですか……」


「それは、しょせんは辺境を守る程度のけいの狭い視野の話だろう? 私は、大局を見ている」


「ですが……」


「くどいぞ、フランツ辺境伯! 今回の司令官は、私だ。決定権は、お前にはない!」

 皇太子様の絶叫が響いた。

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