第50話 不安と決心と皇太子という害悪

 私たちは、事態が落ち着くまでは屋敷に戻らないことにしたわ。とりあえず、帝都への連絡は済ませて、辺境伯軍の準備も始まったばかりだもの。何が起きるかわからないから……


 ヴォルフスブルクからの救援や要請は特にないので、今は準備するだけの時間だけど、いつ事態が急変するかわからないから、すぐに対応できる庁舎の方にいた方がいいと判断したのよ。


「マリアにも一応連絡をしておきました」


「ありがとう、ニーナ。もしもの時に備えたら、マリアが学園にいてくれてよかったよ。当主代行が、別の場所にいるのは安心できるからね」


 仮に大災害が起きて、フランツ様にもしものことがあったら、マリアが指揮を引き継ぐということになるのね。


 自分にもしものことがあっても、問題なく政治権力の引継ぎができるように考えている。権力者としては、最も大事なリスク管理ね。でも、恋人がそれを考えている事実は、私をとても不安にさせるわ。


 もし、魔獣が国境を越境してきたら、フランツ様の性格から自分が最前線に出て指揮をしようとするはずよ。


 兵士だけに危険を求めてはいけない。貴族であるこのとの責務を一番大事にする人だから……


 私の大好きな人は……


「不安かい、ニーナ?」


「はい、不安です」


「大丈夫だよ、もしものことがあったら、僕が責任をもって事態を落ち着かせるからね」


 優しく笑う彼の顔を、私はじっくり見ることができない。

 だって、その責任感が、私を不安にさせるものだから。


 そして、私も彼の恋人。だからこそ、泣きついて、前線に出ないようにお願いすることはできないわ。


 彼を信頼するのも、私の義務だから……

 その義務をはたそうとすればするほど、私の気持ちはつらくなる。


「少しだけ、手を握っていてくれませんか?」

「もちろんだよ」


 この手をずっと離さないと、私は決めている。

 そして、彼を黙って見送るのは、本当に辛いわ。


 なら、自分ができることってなにかしら?


 この危機的な状況できることがひとつだけあるわ。


「フランツ様の手を握っていると、本当に落ち着きます。温かくて、大きくて、そして、優しい」


「そうかな?」


「私は、あなたの手をずっと握っていたいと思っています」


「僕もだよ」


「だから、もう手を離したくないんですよ」


「えっ?」


「もし、魔獣との戦いが始まったら、私も連れて行ってください。戦うことはできないけど、後方支援くらいならできます」


 貴族は、生まれつき魔術が得意なことが多いわ。いろんな属性がある魔術だけど、私は特に貴重な回復魔術を得意としているの。


 だからこそ、後方の砦で、負傷者の救護くらいはできるはず。

 私も、大事なものを守るためには、戦わなくちゃいけないとわかったから……


 少しでも彼のためになるなら、自分の貴族の義務を果たすことができるなら、私は運命にあらがって見せる。


「少しでもフランツ様の……そして、辺境伯領のために戦いたいんです」

 

 私がここにいるのもきっと神様がそうしなさいと言ったからよ。

 その命令には、きっと意味がある。


 私はその意味を見つけるために、ここで戦うわ。


 ※


―同時刻・帝都王宮の玉座の間―


「父上、辺境伯領から、魔獣討伐の依頼があったのですか?」


「皇太子よ。さきほどの、重要な会議を休んで何をしておったのじゃ? 魔獣対策の緊急会議を」


「申し訳ございません。急に体調が悪くなりました。今は大丈夫です」


「……もう少し、将来の皇帝としての覚悟と自覚を持て」


 相変わらず、口うるさい父親だ。どうせ、会議だろう? 俺がいなくたって、話が進む。なら、めんどくさいだけじゃないか。


「申し訳ございません。その件も含めて、陛下にお願いしたいことが……」


「なんだ?」


「私を、魔獣対策部隊の指揮官に任命してください! 魔獣の出現は、帝国の安全保障において、もっとも重要な問題です。民も不安になりましょう。そこで、私が皇族を代表して、総大将としておもむけば、帝国全体の士気も上がりましょう。不安に沈む辺境伯領の民も勇気づけられるものです!」


 最近、失敗続きだったからな。俺はこういう華々しい場所を求めていたんだ。フランツも辺境伯軍では対処できずに、帝国軍本隊に応援を求めているのもいい。最高だよな。


 あの自信満々のフランツが、俺に助けを求めている。その事実は、俺のプライドを満たすものだからな。


 戦場で大活躍して、俺たちを馬鹿にしていた奴らを見返してやる。

 そうすれば、ニーナも俺の持つ本当の価値に気づくだろうな。


 あいつらには、俺が将来の皇帝という事実を突きつけてやる。


「しかし、お前は実戦経験が少ないじゃないか。援軍の指揮監督は、ルーゴ将軍に任せるつもりだが……」


「陛下、お言葉ですが、ルーゴ将軍は、すでにご高齢です。私たち、新しい世代が帝国の未来を切り開いていかなくてはいけません!」


 どうだ、これで許さなくてはいけなくなっただろう。

 

「わかった。しかし、若いからと言って暴走はするなよ。フランツ辺境伯は実戦経験も豊富だ。参謀にも、優秀なチャーチル少将を任命する。ふたりの意見をしっかり聞いて、対処するように……」


 よし、司令官に任命されればこっちのものだ。

 あとは、どうにでもなる。


「かしこまりました、陛下」

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