第52話 皇太子の暴走

 結局、軍議の結果、皇太子様の意見が押し通されてしまった。

 フランツ様とチャーチル少将は抵抗したんだけど、最終的な決定権は、司令官にあるから、無視されてしまった。


「どうして……」

 会議が終わった後、私は絶望にしていた。


 フランツ様とチャーチル閣下の意見は正しいはず。グレア帝国次世代の双璧そうへきが同じ意見なのに……


 たしかに、皇太子様の意見も一理あるわ。でも、それは人の上に立つものが採用してはいけないやり方よ。本来は守るべき民を、逆におとりにするような卑劣ひれつな……


「包囲網の崩壊は逆に考えれば、事態の早期解決を意味する。魔獣の密度が減り、滞留場所に侵入しやすくなるからな。ヴォルフスブルク帝国もそういう考えだろう。わざわざ、貴重な兵力を使ってまで、一般人を守るほど、余裕はない」


 会議の最後に言った皇太子様の冷たい言葉が、頭から離れないわ。

 どうして……


 どうして、そんなことを言うのよ。


 なぜ、軍隊が存在しているのよ!

 それは、民を守るためのはずよ。そもそもの軍隊の存在意義と、皇太子様の考えは逆になってしまっている。兵を守るために、一般市民を犠牲にするなんて……


 フランツ様も無念そうだったな。当り前よね。彼は、領主としての責任感がとても強いもの……


 今回の皇太子様の決定を受け入れられるはずがないわ。


 こうなったら――


 私も直談判じかだんぱんしてみるわ! 皇太子様の食事をしている場所に向かう。


 ※


 人払いをしてもらい、私は皇太子様とふたりきりで話をすることになった。


「なんだ、ニーナ。久しぶりに会ったのに随分ずいぶんとひどい顔をしているな。そんな顔をされても、食事がまずくなるだけだ。話がなければ、悪いが消えてくれ。お前の顔なんて見たくない」


 はっきり言ってくれるわね。私もできれば、会いたくはなかったわよ。


「考え直してはくださいませんか?」


「くどいぞ」


「『軍は民を守るために存在する。皇族も貴族もそうだ。』それが皇帝陛下の教えではありませんか! 殿下がいまやろうとすることは、その教えとは真逆のことではありませんか。お考え直しください、殿下!」


「はっきり言ってやろう。そういうところが昔から気に入らなかったんだ!」


「えっ……」


「俺は、お前のそういう説教臭いところが大嫌いだ! お前はいつも俺に対して上から目線だったよな!? お前の方が優秀だから……フランツ辺境伯の方が優秀だから……俺はいつもそう言われ続けていた。もう、うんざりなんだよ!! だから、お前たちの提案は、聞かない。聞きたくもない!」


 これが、皇太子の立場にある人間の言葉なの……私は絶句する。


「あなたは、自分の責任を理解しているんですか?」

 思わず言葉にしてしまった。臣下としては、絶対に言ってはいけない言葉……


「ここに誰かいれば、間違いなく不敬罪だ。一度は、聞かなかったことにしてやる。俺の気が変わる前に、ここから消えろ。今すぐに!!」

 

 彼は、再び私を拒絶した。

 もう、私達の和解は永遠にないのね。


「私たちの関係は、今、完全に終わりました。長い間、ありがとうございました」

 私ははっきりと言ったわ。彼とは完全に決別した。


「何を偉そうにしているんだ。女を戦場に連れてくる腰抜けのフランツがそんなにいいのか。ある意味、お似合いだよ、お前らは……」

 もう、彼の言葉は聞こえなかった。私は無言で、部屋を後にした。


 ※


「ニーナ……」

 部屋を出ると、フランツ様が待っていたわ。


「申し訳ございません。勝手なことをしてしまいました」


「いいや、謝ることはないよ。キミの意見の方が正しいと僕も信じているから。君は僕の意見を代弁してくれたんだ。感謝したいくらいだ」


 さっきの絶望感は、彼になぐさめられると薄れていく。


「フランツ様が、皇太子様だったら……」


「ダメだよ、ニーナ。それ以上は言ってはいけない」


 彼は悔しそうに、私をたしなめた。実力が及ばないことに気を病んでいる様子が伝わってくる。


 フランツ様もこういう顔をするのね。


「この後は、どうするんですか?」


「殿下は、絶対に引き下がらないだろうね。皇帝陛下に直接、おうかがい立てるのが一番だが、間に合わないかもしれないね」


 皇帝陛下がここにいてくれたら、たぶん皇太子様は即座に更迭こうてつされるはず。でも、包囲網は崩壊寸前だし……間に合わない可能性のほうが高いわね。


 皇太子は、間違いなく私たちのやり方を邪魔するはず。使者が皇帝陛下に会うことができないかもしれない。


「しょうがないね。リスクはあるが、水際で魔獣の侵攻を食い止めるしかない」


「とても難しいことになりますね」


「うん。でも、やるしかない。いま、もっている条件で、最善を尽くさないといけないんだ。幸運なことに、チャーチル少将もできる限りの協力は約束してくれた。あとは、できることを最大限考えるしかないね」


 フランツ様の顔からは悲壮ひそうな覚悟が見える。


「ニーナ、できる限りのことをしよう。協力してくれるね?」


「もちろんです」

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