第48話 魔獣

 いつものように、私たちはお仕事をしているわ。

 フランツ様のために、ヴォルフスブルク語の新聞を翻訳していたの。


 とはいっても一人ですべての記事を訳すのは不可能なので、私が一通りの記事の原文を読んで仕事で使えるところをピックアップしていくスタイルをとっているわ。


 とりあえず、一面を読んで大きな事件についての概要がいようを把握する。ここをしっかり読んでおけば、後ろの詳しい記事について理解が深まるのよ。外国語の本も、最初にどんなことが書いてあるかうっすらでも理解しておくと、読むスピードも理解も全然違うの。


 いくら何年もヴォルフスブルク語を勉強しても、知らない単語はたくさんある。だからこそ、全体のアウトラインを知っておけば、それを補うことができるの。


 ここらへんは小さいころからしっかり勉強しておいたことが役に立つ。


 最初は、政治面を読んで、ヴォルフスブルク帝国の近況を知り、経済面や国際面を読んで辺境伯領にも関係があるニュースを見つけていくの。


 この前は、麦が不作というニュースを見つけたわ。酒の原料になる麦が不足するから、酒の輸出量を増やした方が、利益が出しやすくなりますわとフランツ様に助言したわ。


 事前に準備をしておけば、必要な時に輸出が可能になる。情報が一番大事なのよね。


 いつものように、一面を読む私。めぼしい記事は、いつもはもっと後ろにあるのに、今日はそこにあった。


「えっ……」


 その記事を読んだとき、私の血が凍ってしまったような感覚になったわ。

 それも、その事件が起きた場所は、辺境伯領との国境沿いの近くだったの。


「すぐに、フランツ様に知らせないと!!」

 私は、執務室で仕事をしているフランツ様のもとに走った。


「大変です、フランツ様! ヴォルフスブルク帝国の西部でによる被害が発生したようです!」


 執務室で書類を読んでいたフランツ様もその言葉に驚いて、ペンを落とした。


 ※


「魔獣」


 この世界で最も危険な生物よ。

 残虐ざんぎゃくですべてのものの生命を奪う悪魔のような生物。


 ある日突然、世界のどこかに出現し、暴走して多くの命を奪うわ。何かの拍子で起きた魔力の滞留たいりゅうで、動物たちが魔獣になると言われているけど、詳細は不明よ。

 その厄介やっかいなところは、日を追うごとに数が増えていくこと。


 できる限り早く、魔力の滞留場所を特定して、そこを解放しないと最悪の事態にもなりかねないわ。


 私たちが生まれる10年前に起きた「ソフィアの大虐殺」という魔獣の発生がグレア帝国内で起きたことがあるの。


 その時は魔獣と、農地の荒廃によって起きた飢饉ききんによって犠牲者は数万人以上と言われているほどの大災害になったわ。


 そんな悲劇を繰り替えしてはいけないわ。早急な対策が必要よ。


「ニーナ。すぐに、その新聞記事の翻訳を頼むよ。1時間後に緊急会議をはじめるから」


「わかりました」


 私はすぐに記事の翻訳にとりかかる。事件が発生してから、何日が経過しているのか。ヴォルフスブルク帝国はどんな対策を考えているのか。


 知りたいことはたくさんある。

 私は、必死に新聞を読みこんだ。


 

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