第74話 vs殿ヶ谷アギト その4

 ガッッ!! と衝撃が頬に当たる――脳が揺れ、視界が明滅する……、くると分かっていても両足で踏ん張ることができなかった。

 叩きつけられるようにおれの体は地面に倒れ、転がって……っ――でも。


 それでもおれは――生きてる!! 生きてるぞォっ!!


 二位の拳に攻撃特化の剣が乗っていれば、今の一撃でおれの顔面は破壊されていただろう。しかし、今、おれの顔は正常のままだ。

 殴られたのだから当然、痛いけど、それでも、ぐちゃぐちゃにされるよりは全然マシである。


「……、てめえ……」

「どうやらおれの反転のうりょくは、通用するらしいな――」


 マルコの人格の前後を入れ替えたように。


 第二位の剣と盾の左右を入れ替えることもできた――、一度に一つの効果しか現実に反映できないのだ、現在、出現している剣と盾を対象にして反転させてやれば、正反対の効力を持つものが現実に出てくる。

 おれの頬に当たる特化を、防御にさせてしまえば、普通に殴られたのと変わらない痛みしかない……、まあ、それでも痛いことには変わりないけどな。


 はっきりと、光明が見えた。

 あとは、相手が剣を使う瞬間に、こっちの攻撃を入れることができれば――、



「入れ替えられるって弱点があったわけかよ……」


 と、第二位。

 参加している能力者の中では、最高位にいる能力だ、弱点などないと思っていたのだろう……。ないはずのその弱点が、発見されたのだ、戸惑ってもおかしくはないし、動揺していても――、当然、するべきだって、思ったが、彼はすぐに冷静さを取り戻した。


 なんだ……? おれの能力は、さすがに二位の天敵とまでは言わないが、それでも弱点を突くことができる数少ない対抗手段を持つ能力だと言えるはずなのに――。

 にもかかわらず、あいつはまったく、脅威に感じていないように見える……。


 脅威を知った上で、それを踏まえて、突破口を見つけたような表情を浮かべていて……、


「お前、気づいてないなら死ぬぞ?」


「っっ!?」


 二位が飛びかかってくる。

 二度目、拳を握り、振り上げたそれは、どっちを握っている……? ……あ、あぁ!? そうか! 入れ替えられる、という確信がない時は、二位はおれを殺すために剣を握った――おれもそうだと思って、反転させたのだ……、だからこそ、入れ替わった盾を握った拳にぶつかり、おれは一命を取り留めた……けど、


 入れ替わると分かってしまえば、二位には選択肢が生まれる。剣を握るか、盾を握るか。寸前で変えることもできるだろう……。


 そもそも二位にとって、どちらを握っておれを殴ろうと、手間はかかるが、デメリットはない。剣のまま殴れば瞬殺できる、盾で殴れば、瞬殺ではないものの、単純な腕力でおれを殴ることができる――。


 時間はかかるが、繰り返していれば、おれはいずれダメージを蓄積させ、倒れてしまうはず……。おれがあいつの剣と盾を入れ替えたところで、どちらにせよ二位からすれば攻撃がヒットしたことには変わりない。


 ……反面、おれはどうだ? 盾に入れ替えれば、攻撃こそ弱体化した一撃を喰らうが、こっちの攻撃は通らない、鉄を殴ったように拳が弾かれるだろう――剣であれば、こっちの攻撃は通るが、同時に瞬殺の拳が迫ってくる。


 弱点を突いたが、だけど優位になったわけではない。


 相手に動揺を与えることができた……、でも、その動揺の隙を攻める前に、あいつは冷静さを取り戻してしまった。……足をすくうつもりが、手早く地に足をつけている……!


 迫る拳は、どっちだ……? どっちにしろ、入れ替えるよりもまずは避けることを意識しないと、拳に当たれば一発で殺される!!


 横に転がり拳を避けると、拳が地面に突き刺さる――、圧倒的な破壊力で地面が割れた。


 握り込んでいたのは、剣か。


 もしも入れ替えていれば、持っていたのは盾――、すれ違いざまに攻撃をしていたら、おれの拳が破壊されていた、と考えるべきか――。

 剣を握った拳を避けた上で、こっちの拳を叩き込む――、それが勝利の条件だって……? そんなの、不可能に近い戦力差だ。


「せめて、どっちを握っているのかだけでも分かれば――」


 基準でもあればいいのだが……、それが目に分かるサインとして出ていれば……。


 ――分かっても危険だぞ、……利用されたらどうする。


 というナン子の警告。

 確かに、サインを基準に対応していたら、相手がサインを利用していた場合、こっちは相手の望む通りに動かされるだけだ。

 サインがあれば、の話だが……、本人も自覚ないサイン、または癖を見抜くしかないけど……二位だぞ? それくらい把握してるだろ。


 ――なら、せんぱいが自分から隙を見せて誘導すればどうですか?


「それ、そのまま死ぬ未来しか見えないんだが……」


 そんな器用なことを、おれができると思うのか?


 ――そうですね、せんぱいには無理でしたね……。


「そうだけど……腹立つぅ……! やってやろうか!?」


 ――やめといた方がいいぞ。脱落しないための残機があっても、死んだら終わりだ。


 ナン子の言う通りだ、命は一人、一つ。えるまのような『分裂』でない限り……、自身の命を粗末に扱うことはできない(……えるまの分裂だって、分裂した先の人格はそれぞれ個体差があるのだ、彼女も彼女で、一人一人が別人である――だから死ぬ前提で使っていい命じゃない)。


「独り言か? それとも誰かと会話して協力でもしてんのか?」

「しまっ――」


「別にいいけどな。お前を操る別の誰かが何人いようが、それでもオレのハンデとしては足りねえくらいだ」


 思考するための頭数が増えたところで、第二位に分かりやすい弱点がなければ意味がない。どれだけ案を出しても、その全てを蹴散らす能力を持っているのだ……、信頼を得ることで能力は強化されるが、逆に弱体化することはないのが、ここにきてネックになる……。

 つまり通常状態で最強の能力は、これ以下にはならないのだ。


「…………」


 信頼を得て、強化される……、当たり前だ。


 そういうルールの下、このアビリティ・ランキングはゲームとして成立している。


 ……そこで、おれは思い出した。



 ソラの願いを。


 彼女は、なんと言って、おれを送り出した?


 おれに、なにを託してくれたんだ……?


「手を伸ばしてあげて……か」


 ハヤテしか……、ここで言うハヤテは、おれが知るハヤテではなく――ソラと第二位の、幼馴染である疾風のことだ……。

 彼は既に死亡している二人の友人――。二位はその疾風にしか、心を開いていなかった……、その友人が死んで、あいつは、一人になった……?


 誰も信用することができなくなった。


 つまり二位は、最初は信用する『誰か』がいて、だけどある事件をきっかけに、人を誰も信用できなくなったのだろう。

 たとえば、疾風が生きていればどうだった? 

 ソラのことさえ信用できなくなった二位は、じゃあ疾風のことは信用できたのか?


 ……考える必要がない仮定だと分かってはいるけど、考えてみる――、もしも疾風がいたならきっと、二位は誰でも信用していただろう……、たぶん、順序が違うのだ。


 信用できる彼がいなくなったらこそ、二位は人間を信用できなくなったと見るべきだ。つまり、二位は、大切な親友を失った――、

 その親友の命を奪った『誰か』を信用していて……、裏切られた。


 それ以来、誰も信用することができなくなったとしたら――。

 辻褄は合うのだろうか。


 つまり今、二位には、信用できる仲間が、いないってことになる。


 だからソラはおれに託したのだろう……手を伸ばしてあげて、と。


 それが握られるかどうかは分からない……今の二位の様子を見れば、振り払われるどころか潰されるだろうけど……、伸ばされることが、重要なのだとしたら。

 確かに、ユータが言うように、簡単に人を信用するおれが、適任なのかもしれない。


 証明する方法もある……、

 でも、それってさ――おれ、さらに絶体絶命の状況へ追い込まれるってことだよな?


「…………それこそ、おれはあいつのことを、信用してねじゃねえか」


 信用されたいなら信用しろ、じゃないと、人間関係は作り上げられない。

 相手は人殺しである。おれの、親友を殺し、ソラのことも傷つけた――彼が復讐に固執しているように、おれも彼を標的にして復讐をするべき境遇ではある……でも、それができる、できない力の有無など関係なく、おれはきっと、彼を殺すとは、思えなかっただろう。


 快楽殺人者じゃない、無差別殺人者じゃない――、彼は敵意がある者しか攻撃せず、殺したりしなかった。そこにはちゃんとした線引きがある……。

 それに、彼は自分を『周囲にとって脅威』であるかのように振る舞っているが、それで自分を鼓舞しているようにも見える……、根の優しさは、所々で漏れているのだ。


 おれに、ヒントを与えてくれていた。


 なにも言わずにさっさと殺せばいいのに――、そう言えば、最初からあいつはおれのことを自分のクランに入れようとしていた……、殺すのではなく、生かす方へ誘導していた。


 おれが断っても、二位の脅威で屈するように仕向けてもいる――。

 あいつ、おれを殺す気なんか、最初からなかったんじゃないか?


 恐らく、おれはあいつにとって、殺すべき人間の線引きの枠から出ていないから。


 ルールに縛られ、殺せない、とも言えるけど、でも、そんなルールに強制力なんてないだろう……、自分で決めたルールだから破れない? かもしれない。

 そういう意地があってもおかしくはないけど……たぶん違う。殺したくないんだ、きっと。


 誰も。


 だからマコトのような、酷い殺し方をしない……。


 突くとしたら、やっと見えたこの良心だろうけど、それはおれの良心が痛む。殺されかけているだけで、殺されているわけではないのだ、今のところただ殴られただけ――、


 たったそれだけで敵視するのは、違うだろう。


 線引きと言うのであれば、おれだって。


 たかがその程度のことで敵と見るほど、おれは喧嘩っ早いわけじゃない。


「マコトは、間違ったことをしてたんだ……」


 だからって殺されていいってわけじゃない。許せないし、これに関しては、問い詰めて、ちゃんと言葉を貰って、罪を償ってもらう……、一生だ。

 一生をかけて、背負うべき罪なのだ。


 だから、おれが彼に手を伸ばさない理由にはならない。


 ソラに頼まれたからじゃない。

 殺されたくないから出た、その場しのぎの言葉なんかじゃない。


 誰も信用できなくなったのなら、おれで試してみろ。


 手っ取り早く、この世界は、人からの信頼で能力が強化されるだろ。


 だったらそれを活かせ。

 それで証明しろ。


 おれはお前の、力になりたい――。



「明人」

「……お前、その名前……」


「助けてやる、なんて上から目線で言うわけじゃない。お前が困ってるのは、ソラから聞いて知ってる。人が嫌いだってことも――、

 だったらおれでもう一度だけ、挑戦してみてくれ。おれはお前の力になれるし、なりたい。裏切れば殺していい――今の段階で信用できなければ殺せばいい……、お前の中にまだ、別のやり方で進みたいって欲があるなら、おれを使え――。

 おれは、ソラのクランで、ソラを裏切るわけにはいかないけど――でも!」


 人は別に、たった一人のために生きなくてもいいのだから。


「明人が困っているなら、力になりたいって思う。お前が苦しんでいるなら、寄り添って支えられるような友達になりたいって思ってる――、頼れよ、明人。——おれはここにいるっ!」



 お前を残して、どこかにいったりするもんかっっ!!

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