第73話 vs殿ヶ谷アギト その3

「……いくよ」

「そうか……」


 相討ち覚悟ではなく、勝つために。


 死んでたまるか……えるまと真緒、ナン子が待っている……、

 三人の信頼を裏切るわけにはいかねえだろ、そうだろ、一道ヨートぉ!!


「援護射撃はしてやるよ。少なくとも防御に手を回させれば、お前を狙う攻撃特化は出ないわけだからな――推測通りなら」


「頼りにしてるぞ、ユータ」


 ユータが肩をすくめた。

 呆れ半分にも見えるけど……、なんでだよ。


「変わらねえな、って思っただけだ」

「成長してないって意味か……?」


「かもな。だけどいいんじゃねえの? 最初からお前はそれで完成されていたのだとすれば、成長しないのも頷けるし――下手に変化を受け入れれば、退化しそうな気もするしな」


「それはお前、おれを高く評価し過ぎだろ……」

「お前が言うな。引くに引けなくて苦しんでるやつ、隣にいるだろ?」


「??」


 首を傾げていると、ユータがおれの背をぽんと押す。足蹴にされないだけマシか……、少し前のユータだったら、それくらいの乱暴さ、あったはずだろうし……。


 丸くなったよな……それは、真緒のおかげなのか?


「真緒と比べたら、大体のやつには優しく接したくなるもんだ」


 それは真緒に対しては厳しく当たっているってわけで――、

 人の感情を強く引き出すあいつは、そういう才能を持っているのかもな……。


 身に染みて分かる。これまでの体験を、体が覚えているのだ……理屈じゃなく、感覚で。


 苛立つことが多いけど、だからって嫌いにはなれない後輩だ。一緒にいると楽しくて、ついつい、構ってしまいたくなる……いじってみたくなる。

 軽く小突いたり首根っこを掴んでやったり、頬をつまんで伸ばしてみたり――そういった思い切った行動ができるのも、真緒の人柄があってこそだろう。


 あいつはたぶん、人を本当に嫌いになったりはしないのだろうな……だから、おれたちも、同じように嫌いになれない。


 可愛がりたくなる……そんな可愛い後輩だ。


「幸せものだよな……」

「愛されやすいキャラだろ、真緒は」

「お前がだよ、ユータ」


 大勢に愛される真緒から好意を向けられているお前は、世界で一番、幸せものじゃねえか。


「お前が言うな……。

 自覚がねえってのは真緒よりも苛立つぞ……こっちは悪い意味でだけどな」



 ――せんぱい!? 手と足が止まってますよーっっ! あと良い意味で苛立つって褒めてますか!? わたしと喋っていて苛立っていたんですかねユータせんぱい!?



 心に直接届く、真緒の声。

 真緒の言う通りだ……だらだらしているつもりはなかったが、無意識の内に引き延ばしていたのかもしれない……、死地へ飛び込むことを体と心が拒んでいる……?


 当然、怖い、当たり前だ。


「真緒、お前、それをユータに言えって」


 ――で、できますかそんなこと! せんぱいの胸の内を聞いてしまったらと思うと、わたしは立ち直れませんよ!


「どんな悪口だろうと、『良い意味』で、が頭につくから大丈夫だ」


 ――悪口っ! やっぱりあるんですね不満とか!


 ないと思っていたのか?

 お前の言動は、絶対について回るだろ。


「好かれてるよ、お前は」


 ――……まあ、少しの自覚はありますが。


「確実に一人、ここにいる。だから安心しろ、ユータだってきっとそうだ」


 ――え。


「いってくる、真緒、ナン子、えるま。恩着せがましく言うつもりはないけど、お前たちのために。死ぬつもりなんか、ねえからな?」


 そして、おれは覚悟を決めて、戦場へ飛び込んだ。


 ―― ――


 ――わたしたちのため……? 違うでしょう、せんぱい……、最初からあなたはソラせんぱいのためだけに、命を懸けてきたじゃないですか……。


 ――わたしのことを、好きだと言ってくれたせんぱい……、でもそれはきっと、せんぱいの言い方がそうなだけで、普通の人が普通の友達に抱く感情と同じなんでしょうね……。


 ――ソラせんぱいへの特別感と同じとは、思えませんよ――。



 真緒の遮音の効果は、ヨートではなく、ユータに適応されていた。真緒自身の動揺のせいだろうが、ヨートに伝えないことを意識した結果、すぐ傍にいたユータへ対象が切り替わってしまったのだろう。……真緒はそれに気づいていない。

 そして、ユータもそれを指摘し、気づかせるつもりもなかった。


 彼は一言、呟いただけだった。


「まーた、持っていかれたか……」


 性格が悪い自分のせい、という自覚はある。

 見た目を装飾し、美しく整えることはできるが、胸の内の闇を隠すことはできない。近づけば近づくほど、個人の闇は漏れて、相手に伝わってしまうのだから……。

 だから並べてしまえば、ヨートには敵わない。

 ……あいつは胸の内が危ういけど、美しいのだから。


 近づけば近づくほどに気づかれる。

 ヨートの魅力は、深く踏み込んでこそ、伝わるものなのだ。


「着実に信者を増やしてやがる……、ったく、ファン第一号は俺なんだからな?」


 五堂マコトと、どっちが先に見つけていたかと言えば、マコトだろうが――既に死亡している。だからこそ、繰り上がりとは言え、一番の位置についているユータこそが、ヨートの一番の理解者でいなければならない……、

 それが、胸の内の闇を晒け出し、それでも変わらず接してくれたヨートへの、恩返しであり、贖罪だった。


 だから。


「……覚悟はできてる」


 だから。


「真緒のこと、任せたぞ」


 そして、ユータが目標を見据えた。


 ―― ――


 周囲に敷き詰められているように、大小様々な瓦礫があった。積まれていた瓦礫の山をユータの弾幕で破壊してくれたおかげで、積んでいた瓦礫が足下に落ちたのだ。

 この状況を整えてくれたのは、ユータである……、つまり、策があると考えるべきだ。


 しかし教えてはくれなかったな……おれが発見しろ、ってことか? だとしたらスパルタだが、そうではなく、ユータも半信半疑……、まだ確信がなく、なんとなくこれが重要になると感じて敷き詰めただけなのかもしれない……。

 でも、間違いでもないだろう。


 たぶん、これは、おれの反転と相性が良い……。

 どう使うべきかは分からないけど――。


 おれの足下の地面が弾ける――援護射撃、をしてくれているユータの弾幕が地面をバウンドしたからだ……おれの足に瓦礫の破片が刺さっているんだけど!? 

 それくらい、がまんしろってことか!?


「瓦礫の山がなくなったんだ、バウンドさせる場所は地面しかなくなったわけだぜ――自分で自分の首を絞めただけじゃねえのか?」


 と、赤い第二位。

 彼の言う通り、弾幕の自由度は減っている。そもそも密閉空間でこそ活きる能力だ、大空の下で使っても、効果は半減以上もする……。


 この立地は、元々ユータには向いていない。


「あくまで牽制だ、お前を倒すための弾幕じゃない……、本命はほら、近くにいるだろ」


 …………ッ、第二位の視線が、おれへ向けられる。


「無策で突っ込んでくるバカが本命? 

 相討ち覚悟で腹にダイナマイトでも仕込んでんのかよ? だとしてもオレには通用しねえよ」


 と、冗談半分に言いながらも彼はおれをきちんと警戒している……少しくらい、油断を見せてもいいのに……、無策で突っ込んでくるおれの、実は持っている策を見抜こうと観察している――、彼の視線がおれの胸中を探っているのだ。


 手を入れられている感覚。

 それでも、見抜かれない自信がある。


 おれの反転は使いどころが限られている……数えるほどしかない。

 限定下でのみ、効果を発揮する。

 そして結果も小さく……だからこそ、想像できないだろ?


 敷き詰められた瓦礫。大小ある瓦礫だが、大きさが一致する瓦礫くらい、どこかにあるはずだ。おれの反転は、同程度の大きさのものを入れ替える能力――、入れ替えた後の対象物の方向は、自由自在に変えられる……そう、



 第二位と接触する寸前、相手は攻撃特化を手に持ち、おれを攻撃してきている――振り上げた拳がおれを狙って、落ちてくる。

 おれは拳ではなく、足下、そこへ視線を向けた。

 瓦礫だ。第二位が踏んでいる、小さな瓦礫……、それを、反転させ――入れ替える!!


 入れ替えた別の瓦礫の向きを変え、不安定な形として第二位の足と地面の間に挟み込む。拳を振るために踏ん張った足は、その瓦礫を力強く踏み――、

 ガクッ、と、第二位はバランスを崩した。


 凸凹の足場であれば踏ん張りが利かない……、一度バランスを崩してしまえば、立ち直るまでは時間がかかる! そしてお前が持つのはまだ、攻撃特化だろ!!


「ッッんの!!」


 ここだ、ここで決めろ――倒さなくとも、一撃、入れることができれば――、


 おれが握った拳が、第二位の顔面に突き刺、



 ィんっっ!! という、鐘を打ったような音が響いた。

 弾かれる……、力を込めていた、数倍の力がおれの腕に返ってきた。


「っ!?」


 弾かれた……防御特化の力の方!?

 寸前で切り替えられたのかもしれない――そもそも最初から盾の方だった可能性も……。


 幸い、数倍になろうと元々はおれの力だ、そうダメージはない……けど、


 じんじんと痛み、曲げることができない拳は、たぶん、折れている……ッッ。


 戦いの最中、アドレナリンが出ているせいか、痛みはあまり感じないが――、それが良いことだとはまったく思えなかった。


 危険信号が遮断されている。

 このまま無理に使い続けていたら、処置のしようがなくなるだろう……。


 だけど――、おれは拳を握る。

 折れている指を、無理やり曲げて。


 ――死ぬ以上の手遅れは、ねえだろ!!



「なんとなーく、考えてることは分かったぜ。だから宣言してやるよ……こっちが剣だ」

「っ、持ってるのか、剣と、盾を――」


「攻撃特化と、防御特化だ……、オレが持つのは攻撃特化。

 これでお前をぶん殴ればどうなるか、分かるだろ?」


 マコトのような前例がある。

 あの惨殺を見れば、予想もできる……、逃げられない。


 足場が悪いのだ、優位な位置に誘い込んだつもりが、自分の足まで取るとは。

 自業自得とは言え、最難関である。


 第二位の血濡れた拳が向けられた。

 死のイメージが、おれの体を硬直させ――、



 ――せんぱいっ!


 真緒の声がおれを引き戻した。背中を、力強く叩かれた感覚……、気が引き締まる。

 まだだ、まだ諦めるな! おれにはまだ、手があるはずだ――。


 相手は攻撃特化を握っていると言った。

 そうだこれこそが、おれが求めていたカウンターを入れるチャンス……、


 本当に相討ちになるかもしれないけど、ここでただ殺されるよりはマシ――、



 ――ヨートっっ、反転は、人間以外なら通用するはずだろ!? マルコの時だって――



 マルコ……、

 ナン子が伝えようとしてくれていたことは、答えなのかヒントなのか……、だけど。


 分かる……、おれはマルコと戦った時、反転を使い、あいつを引っ張り出してきた!!


 ――反転させて、表を裏に、裏を表にしたのだ。


 だったら今回も。


 剣と盾も。


 その左右に握られている能力を、反転させて入れ替えることも――、



「ッッ!!」


 脅威が迫る。


 第二位の血濡れた赤い拳が、おれの頬を撃ち抜いた。

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