第75話 UW・ハロウィン
……こいつはなにを言っている?
ヨートの言葉に、アギトは自分の耳を疑った。……力になりたい? 傍にいる? 協力する、だって……? 明人、という名を知っていることから、自分の過去のことをソラから聞いたのかとも思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。
信頼していた人物から裏切られ、人間不信になった人間に、まさか自分を信用しろと言うか?
中には、言うやつがいるかもしれない……ただしそれを言った人間は、心の底では信用されるとは思っていないだろうし、されたいとも思っていないだろう。
形式的な言葉でしかないはずだ。
……こいつも同じ、と思い込もうとしたアギトは、しかし目を疑った。
……こいつ……。
本気で、本当に、信頼されたいがために言った言葉だったのだ。
目を見る。
真剣な目だ……、アギトの見る目がないわけじゃない。人を騙す、誤魔化そうとする人間のそれとは違った。だからと言って、じゃあこの言葉が本心である、という理由にはならないかもしれないが……、言葉にできない確信があったのだ。
論理的な証明はできない。
ただアギトがそう感じただけであり……つまりそれは、疑えない真実なのだ。
だが考えてみろ……、羽柴リッキーの時だってそうだったはずだろう……? 信じて、頼って、だけど最後の最後には裏切られた……親友を、殺されたのだ。
だったらこいつも――ッッ!
「……ふざけんなよ……信用できるかそんな言葉ァ!!」
「お前が一番、分かるだろ。おれは証明しない……明人、お前が持つそれが、証明だよ」
分かっている。
分かっているのだ……、ヨートの言葉が本当で、現在、向けられている信頼が本物であり、大人数を凌駕するほどの質を持っていることは……、アギトが一番、分かっている。
だって、
だって――、
アギトの能力である『
剣と盾、一度にどちらか片方しか使えなかった能力は、ヨートからの信頼を得て、各部位にそれぞれの効力を備えることができている。
たとえば、ナン子が推測していたように、右手に剣、左手に盾の効果を付与すれば、それぞれの手で対応すれば、付与した効力が出現する。
たとえば死角である首の裏には盾を、蹴りを強化するために足首から下は剣の効果を……、体の各部位に、攻撃特化と防御特化の能力を振り分けることができるようになった――、
全て、ヨートの信頼を得て、だ。
たった一人からの信頼で、能力が強化された……アギトは自警団のクランリーダーであり、つまり自警団・団員から信頼を得ているのだが、やはり質は低い……、
アギトが信用していないのだから、当然、自警団だってアギトを信用していないだろう。
だから数十人もいようが、能力は強化されなかった――だからこそ、
ヨートの想いが、本物であると分かってしまう。
どうして、なんで……、次に出てくるのが、そんな疑問だ。当然、ヨートを知らないアギトからすれば、やはり信頼が本物だとしても、動機が分からないから怖くなる……。
企みがある方がまだ納得できるが、ヨートには、なにもない気がする……。
ソラに頼まれたから、とは言えだ。
それだけで言う通りに動けるとしたら、それこそさらに恐怖を感じる……。
今まさに、殺し合いをしている相手だぞ? そんな相手を、信頼できるか……?
「できる」
ヨートが答えた。アギトの胸中を、読んだかのように……。
「だって、お前、悪いやつじゃないし」
「……てめえの目は節穴かよ……てめえの親友を、殺したのは、オレだぞ……ッ!」
「出会い頭に理由なくぶっ殺したのか? 違うだろ、たぶん、襲われて、仕方なく殺したんじゃないのか? 過剰防衛と言えばそうだけどさ……、もちろん、許されることじゃないぞ、おれだって許せないって思ってる……。でもさ。それを理由に真面目に生きようとするお前を拒絶するのは、違うだろ?」
「誰が、真面目に生きようとしているって……?」
「明人だよ。まさかずっとそのキャラを守って、目的を達成させた後もそのまま変わらず過ごすつもりか? 違うだろ……、素のお前は、少なくとも今のお前じゃない。
その仮面の下の顔で頑張るお前を、おれは信頼したんだ……、そして、仮面をつけた今のお前だって、変わらず明人なんだ――だから、できる」
ソラの幼馴染だとかどうかは関係なく。
殿ヶ谷アギト――否、明人を見て、ヨートはそう思った。
「お前のことは信頼できる――だからおれは手を伸ばしたんだっ!!」
アギトが駆け出し、握った拳をヨートへ叩きつけた。
頬に突き刺さった拳が痛む……人を殴った痛みだ……、
一瞬だったが、アギトは顔を歪めた――それを見逃すヨートではなかった。
「ほらな、根が優しいからそんな顔をする」
「黙れ……ッ」
「それに、握ったのは盾か? それとも能力自体を使っていないか? もしも殺すつもりなら、握っているはずだろ……でもしなかった。
じゃあお前は、おれの手を取ってくれたって思っていいのか?」
「ッ、てめえは、なんで――ッッ!!」
「困ってるっぽかったから。おれにできることなら手伝えるかなって」
……まるで、その荷物、運ぶの手伝おうか、と言っているような――、
そんな軽い感覚で、ヨートは言っている。
「……復讐だぞ。人をッ、殺すつもりでッ」
「うん」
「それでもお前は手伝うって言うのかよ!? 人殺しに、加担するってのか!?」
「実際にするかどうかはともかく、する寸前までは手伝うよ。だから……、いざ殺せるって状況になってからもう一回、聞くさ。本当に殺すのか? ってさ。
その時になってもまだ殺したいって思うなら――殺さないと気が済まないって言うなら、殺せばいい……、お前が復讐したい相手はさ、誰かを殺したんだろ? じゃあ、殺される覚悟があったってわけだ。ならいいだろ……、個人的には、お前にしてほしくはないけどな……。
でもさ、明人の気持ちを尊重する」
分からない……この男がなにを考えているのか……。
いや、
なにも考えていないんじゃないか?
口から出た言葉が全てで、そこに企みなんかないんじゃないか?
「お前、早死にするぞ」
「よく言われる。いいよ、別に。人を騙し、裏切って長生きしてもつまらないだろ。
だったら信じて早死にした方が、
さらっと天国にいくと思っているあたり、善人である自覚があるのか。
それとも地獄であっても天国と思っているのか……。
一道ヨート、彼の人間性は分からないようでいて、とても分かりやすかった。
結局のところ、他人がメインであり、自分自身を蔑ろにする……とも言えないか。優先順位の上にいるのが他人ばかりなのだ。
だから自身を蔑ろにしているわけではなく、優先順位が低いために比較して雑なだけで……、自身のこともちゃんと見ているし、大切にしている……。
ヨートの中では、これで意識して自分を守っているのだろう。
……全然、足りないけどな、とアギトは思ったが。
「で、どうする? 困ってるなら手を貸すけど」
「…………勝手にしろ」
「じゃあ勝手に手伝うぞ。おれはどうすればいい、明人」
「……そっちで呼ぶな」
「ん?」
「今はアギトだ、呼ぶならそっちだ」
了解、と答えたヨートを、アギトは仲間として認めた。
認めざるを得なかった。人間不信に近いアギトだったが、さすがにここまで信頼されたら、疑いこそするものの、まったく信用しないわけにもいかなかった。
相手の気持ちに、応えたくなってしまう。
……なるほど、と理解した。
彼、一道ヨートに人が集まるのは、こういうカラクリがあったのか、と。
―― ――
「ヨートせんぱいが……第二位と和解した……」
「うん、手、握り合ってるよな……?」
ナン子と真緒は戸惑いながらも、けど、ヨートらしいと納得していた。
ナン子は目で、真緒は耳で、戦いの結末を確認している。
二人の情報を合わせれば、全体像が浮かび上がってくるのだ。
つまり、ヨートはアギトの仲間になった……、
ただし、クランの移動はなく、一時的な合併のような形なのだろう。
ナン子と真緒、二人、顔を合わせて、「……えっと」と、言葉を待つ。
そして、二人同時に呟いた。
『一件、落着……?』
―― ――
もちろん、そうではなく。
ヨートとアギトの戦いが、死者を出さずに終わっただけだ……、中断、と言うのだろうか。信頼関係がなくなれば再び殺し合いが始まるだろう……、
まあ、過激さを抑えれば、人と人が出会えば起こることである。
ヨートとアギトだけの話ではない。
「さて、じゃあアギトの目的を――」
「待てヨート」
アギトが呼び止める。……違和感を得たのだ。
足下に敷き詰められた瓦礫が、小刻みに震えている……?
いや、
ゆっくりとだが、移動しているような……?
「うわ、下に蟻でもいて、運んでるのか?」
「運んでるんじゃねえな、引っ張られてる――」
引っ張られている。
糸もなく――いや、見えないだけで?
だが違う。
目に見えない力で引っ張られているとすれば、それは――、
「磁力、か」
瓦礫の中には鉄も多く含まれている。それを引き寄せているのだ……、やろうと思えば倒壊したスカイツリーを再び建て直すことも可能だろう。
まあ、それには能力者本人が、常に磁力を維持していなければいけないわけだが――、
そして、アギトはこの能力者を、知っている。
磁力を操る能力者を、アギトは一人しか知らなかった。
「まさかあいつ、もう始めるつもりかよ……?」
集められた瓦礫は、スカイツリーへ戻った、のではなく、
それは二足歩行の、スカイツリーよりは半分ほどの高さの、『巨人』だった。
「なん、だ、あれ――」
「あいつは、この世界を割るつもりだぜ」
アギトが言った。彼は暫定とは言え、クランリーダーとして全てを把握しているのだ。
説明された全てが、本当であれば、という前提がつくが。
「割る……?」
「大地を割り、真下の世界へオレらを落とすつもりだぜ……、アビリティ・ランキング、最大のイベントだ――【UW・ハロウィン】、あいつは、柴田は、そのクリアを目指している……」
巨人が腕を振り上げた。
そして、
巨人の鉄槌が、地面を割る――――、
亀裂が走る。
広がる大地の真下には――、もう一つの世界が広がっていた。
「う、おっ――」
足場が崩れていく。
手すりもなく、ヨートは崩れた足場と共に落ちていく。
見えるのは森、海、山、砂漠、大都市――、
そして巨大な生物たち……恐竜もいる!?
なんだこれは、異世界か!?
「アギト!!」
「ヨート様っ!? 助けっ、あわわわっ!?」
鳥のように手を羽ばたかせるが、もちろん飛べるわけもなく、えるまが隣で落下している。
アギトとえるま、どちらに手を伸ばす――っっ!
「バカか。お前はその子に手を伸ばせ」
「でもっっ!」
「オレは一人でも生きられる。簡単にやられると思われてんなら、心外だな」
彼は崩れる足場を渡り、地下世界へ安全に移動していた。
「ヨート、下で待ってる。とりあえず待ち合わせは、見える大都市でいいだろ」
「アギトっ、本当に――」
「何回も言わせんな、オレは問題ねえよ。どっちかと言うとお前だろ、ヨート」
えるまを抱きしめたヨートだが、この状況、ヨートだって無事に着地できるとは思えない。
「手伝うと言ったんだ、責任を持て。……死ぬなよ」
そして、さらに降ってきた多量の瓦礫により、アギトと離れてしまう。
目を動かし彼を探すが、目立つ赤い髪は、瓦礫に隠れて見えなくなってしまった……。
「ヨート様っ、後ろ!」
「は?」
ヨートの頭と同じサイズの岩が、ごんっ、と突撃し、意識が持っていかれた。
「ヨート様ーっっ!?!?」
がくり、と気絶したヨートを抱え、えるまがその場で分裂。
複数のえるまでヨートを囲い込み、落下に備える。
着地がたとえ地面でも、衝撃がヨートには伝わらないように……っ!
『絶対に! ヨート様は死なせない!!』
ヨート、えるま、アギト、そして遅れてユータが、地下世界・最大イベントである【UW・ハロウィン】へ参加する。
そして、上空の異変を、地下世界の住人が確認していた。
落ちてくる多量の瓦礫をどうするか、という問題直面にてんやわんやしながら……。
その光景を、遠方から眺めている少女がいた。
彼女は巨大な鳥かごの中にいた……、格子型の檻に手をつけ、外を眺める。
森の中、噴火寸前の火山……、恐竜たちが、異変を察知し、吠えていた……。
「……いません……」
彼女が呟いた。
彼女が待つ人は、まだ、降りてはこない。
『ここで待ってろ。上で力を手に入れて、お前をここから助け出してやるから』
その言葉を信じ、ひたすら待っていた。
何年でも、何十年でも待つつもりで……、
彼はわたしの、王子様だから――、
「生きて、戻ってきてくださいね……マコト……」
彼女は、まだ
―― 第一部、完 ――
※『アビリティ・ランキング:旧世代伝説』
――【1章】~【4章】までをリメイクしています。
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