第71話 vs殿ヶ谷アギト その1
総力戦である。
現場にいるのはおれとえるま……、遠方から望遠鏡で観察するナン子、声を届ける真緒……、脱落しているナン子は例外だが、真緒とえるまは能力を使い、おれを手助けしようとしてくれている……、では、おれは?
おれはこの『反転』の能力を、どう使い、第二位と向かい合う?
「それじゃあヨート様っ、いってくる!」
と、飛び出しそうになったえるまの首根っこを掴んで引き戻す……なに先走ってんだ。どうせ私が殺されてくるから、よく見て対策を練ってね、とでも言いたいのだろうが、たとえ分裂体でも簡単に死なせてたまるか。
そういうやり方は嫌いだって言っただろ。
「でも……これじゃあ活路を見出せないと思うけど」
「それは――」
「作戦会議ができる余裕を与えると思われてんのか――なめられたもんだな」
赤い第二位が、おれたちより少し上、瓦礫の山に立っている。
「それとも、オレがそこまで優しい人間、とでも思ってんのかよ」
彼は振り上げた拳を、足下へ落とした。
瓦礫の山を、真上から突き刺すように――、まるで風船のように内側から弾ける膨らんだ山……、鋭利な瓦礫が散弾銃のように、八方へ勢い良く飛んでいく。
足首や肩など、瓦礫が肉を抉る……、その程度で済んだのは、おれを押し倒したえるまのおかげだった。……だがその代わり、えるまの背中には、多量の瓦礫が突き刺さっていて……、
「いた、い……痛い痛い痛いよおっっ!!」
うえーんっ、と泣きながらおれにしがみついてくるえるま。おれを守ってくれた結果、こうなっているわけで……、やめろ離れろ、と彼女を引き剥がすことはできなかった。
……こんな痛み、慣れっこだろ、とも言えないし、たとえおれにくっつきたいがための演技だったとしても、実際に瓦礫は背中に刺さっているわけなのだ、雑に扱えない。
くそ、またえるまに助けられた……ッ!
助けられて、ばかりじゃねえか!!
「刺さってる瓦礫を……ダメだ数が多いし、抜いたらやっぱり痛いよな!?」
丁寧にゆっくりと処置をしている時間もない。弾けた、瓦礫の山があった場所には、赤い第二位が、立っていて……、彼の周りは綺麗になり、ミステリーサークルのような空間がぽっかりと空いていた……――見極めろ。
えるまが庇ってくれたことでおれが背負った痛みは最小限だ……、
今の現象を分解しろ、なにをどうして、こうなった!?
第二位の能力は、一体なんだ!?
十位圏内の
ナン子の後任であるマルコは違うが、ナン子は『絶対防御装甲』――防御面に特化している。ソラは攻撃面で特化――マコトは……ちょっと怪しいけど、コピー能力という意味では特化しているのか? 他、浅間オセは、生物を使役する分野で最高ランク。
他の十位圏内については知り合っていないので分からないが……情報も解禁されていないし。そしてそれは、第二位についても同じだった。
まだ分からない……だけどなにかの分野で突出していることは確実だ。
第二位は、これまでに一度も、入れ替わりが発生していないのだから――彼は最初から変わらずその位置にいる……、支配者を除けば、最強の能力者……。
彼は瓦礫の山を吹き飛ばした――、手を突っ込んで――。単純なパワーか? だけど衝撃だけで山が八方に散るか? 衝撃の操作……よりは、重力? あり得る……。
彼の周囲へ飛ぶ方向へ、過剰な重力を設定すれば、できなくもない……けど。
「…………」
だけどこんなこと、推測というよりは、もう妄想だろう。
想像でいいなら何百万通りもある可能性だ……いやもっとか。無限にある。
おれが考えれば考えるほど、候補は膨らみ続けていくのだから。
『なにか』に特化している……、
まずその『なにか』を見つけないと、特定などできない。
「悩んでるな……、無策で突っ込んでくるバカじゃないらしい。
それに、オレの能力を観察して見抜こうとするところは、好感が持てるぜ」
……それは、きっとおれが自分の能力に自信がないからである。
となると自然、能力を使わない方向へ舵を切ることになるし……、そもそも使いどころが分からないのだ。
反転で、どう相手を仕留める?
ユータやマコトの時のように、環境や立地を使うことが前提になってくる。しかし、倒壊したスカイツリーの瓦礫に囲まれたここでは、確かに同じ種類で同サイズの物体が転がっているが、これらの位置を入れ替えたところで、だからなんなのだ、って話だ。
戦いようがない。だから、おれの手札に、最初から反転はないのだ。
「どうせ引く気がねえなら、好感を持とうが関係ねえか」
「…………、意外だな、誰だろうと構わず、敵なら潰して進むのかと思っていたけど……」
「潰して進むぜ、敵ならな」
当たり前のことではあるが、敵でなければ潰さない、と、返り血を多量に浴びた彼から聞けるとは思っていなかった。線引きはあるのだろう……さすがに。
殺しに躊躇いがなくなった世界とは言え、だからって、目についた他人を殺すほど、人間は歪んではいないってわけか。
「お前は敵だろ? 違うと言うならてめえの矛を収めろ、話はそれからだ」
「…………、武器を持ったつもりは、ないんだけどな……」
「武器を持った、持たない……それが、敵であるかどうかの判断としちゃ、弱いだろ」
相手は形式的な部分を見ているわけじゃない……心の奥を見ているのだ。
信頼、という形なきそれが人の能力を強化する……、重要視されるのは見た目ではなく中身になってくる。おれが敵意を持っている限り、彼が矛を収めることはないのだろう……。
お前とは敵対しない、と口で言っただけでは信用されない。
じゃあどう証明すればいいかなんて、あいつのクランに入るしか方法はない……。
だけどそれは、ソラを裏切ることを意味する。
何度でも言うぞ――それだけはできねえなぁッ!!
「だからオレの前に立ってんだろ、女に守られながらな」
「……ッ」
「恥を自覚してるならてめえが前に出てこい。覚悟を決めてんだろ?
安心しろ、手足を引き千切って、転がして遊ぶ趣味はねえんだからな」
「ヨート様……どうするの?」
背中の痛みをがまんしながら、だけどそれを感じさせないように振る舞うえるまだが……、声が震えている。痛みは、今もまだ彼女を苦しめている……。
こんな子に、分裂体を作っておれを守ってくれと頼むのか? できる人ができることをやればいい、という適材適所って言葉は嫌いじゃないし、目的達成のための手段として『あり』だとは思っているが、でも……っ、これは、ないな。
えるまを盾にはできない。
「……いくよ」
「勝算はある?」
「ない。だから、これから作ってくる」
えるまを脇に置き、彼女よりも前へ――、
第二位がいる、その戦場へ向かう。
…………さて、どうする。出てきたはいいが、勝算を見つけるための手段もない。相手は人を簡単に殺せる能力を持っている……(それだけで、候補の中の能力を絞れるか?)、
手足を千切っては遊ばないと言っているのだ、即死レベルの能力の可能性だって……。
迂闊に射程範囲内に入るべきではないけど……、しかし、どこからどこまでが? 既に射程範囲内だったら意味ないし……。
息が詰まる緊張感の中、おれはまるで地雷が埋まっている場所を歩くように、恐る恐る足を進める……、まあ踏んでいたところで、爆発させる権利は相手が持っているようなものだ、だから最初から踏んづけているのと同じ――。
そう思えば、恐怖を吹っ切ることもできる。
爆発しても、手足の一、二本、吹き飛ぶだけだ、死ぬわけじゃない。
受け入れろ、無傷で勝てるわけがない。
掠り傷だけで、望んだものが手に入ると思うなよ。
「……お前の能力は、どうやらここでは使い道がねえやつ、みてえだな」
「…………、かもな」
「お前、ハッタリで使うことも考えなかったのか? オレに通用しねえって決めつけて、通用しないことを前提とした使い方を、考えもしなかっただろ」
「――――あ」
……思えば、そうだ。
脅しでも、いや、脅しにならなくとも、ある特定条件下でお前の首を刈り取れると、嘘でも示しておくべきで、『ある程度の牽制』にはなったかもしれないのに……ッッ。
チャンスを潰してしまった……おれが、こいつを、過剰にビビっているせいで……っ!!
「その驚きも演技だったら大したもんだが、まあ、ねえな……お前、本当に無策か」
「……悪いかよ」
「いや? 良し悪しじゃねえよ――バカなやつだと思っただけだ」
「ああ……嘘は吐けない性格なんだよ」
「典型的な、損をする人種だな」
なら、嘘吐きが得をするって……? それは違うな。
長い目で見れば、嘘を吐いたやつが、損をする世界だ――。
「生きていれば、の話だろ?」
大前提として。
生きていなければ、積み重ねた努力は、還元されないのだ。
「てめえはここで死ぬ。だからこれまでの
かもしれない。
おれが今までしてきたことは……、これまでに花が咲かなかったことを考えれば、今後、咲くのだろう。でもおれがここで死ねば、見る予定の花は、おれには届かない。
無駄になった、と言えるかもしれないけど、でも――、
お前が言ったんだ。これはさ、おれが積み重ねてきたことが、無駄じゃなかったことを証明することになるだろう?
もしもおれが嘘吐きだったら。
単発で得をしていたかもしれない――もしもそんな人間だったなら、
きっとおれは、ここで死んでいた。
いや、もっと前に……。おれはここまでこれていない。
……助かったぜ。ありがとう、昔のおれ。
誇っていい――、
これは間違いなく、おれが正しかったんだと胸を張って、言っていいッ!!
「無駄じゃない。ほら、花、開くぞ――サンキュ、真緒」
――言うべき相手はわたしじゃないでしょう? ユータせんぱいに、ですよ。
そして、第二位の側頭部に、強い衝撃が直撃する。
ふらり、と体がよろけた第二位が、ギロッ、と横を見る。
そこには……。
「……真緒に泣きつかれたんだ、お前のためじゃないぞ――ヨート」
工藤ユータが、
取り戻した『弾幕』と共に、戦場に立っていた。
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