第67話 羽柴リッキー その3

 明人の相談を終えた後、深夜になってあたしの部屋に訪ねてきたのは、疾風だった。


「どうした? 眠れないのかよ、あたしの胸で癒されるか?」

「地獄だろ。そうじゃない、明人から相談を受けただろ……だから、僕も」


「お前に悩みなんてないだろ」

「いくら僕でも、全てが思い通りにいくわけじゃないんだよ」


 自覚はしているようで。

 生意気だが、納得の天才様だからな……無自覚よりはまだいいか。


「ってことはあれか、空のことだろ」

「話が早くて助かるね。明人と相談内容は同じだ。プレゼントの中身を相談したいんだ」


「アクセサリで攻めればいいだろ? お前の手で自分好みの空を演出したいんじゃないのかよ」

「……女の子が喜ぶだろう品を決めて贈っていただけで、そこまでは考えていなかったよ……だったら服とかもありなのかな? 着てほしい服、商店街で見つけてるし……」


「贈ったら引かれるかもな」


「そういう危険性があるからリッキーに聞いているんだ。

 容姿は空に似ているんだし、色々とマネキン代わりにはなるだろ」


「お前はあれだな、基本的にお願いをしている立場であることを自覚した方がいいな」


 買い物についてこい、と頼んでいるやつの態度じゃない。


「下手に出る方がお好みなのか?」

「それが常識なんだよ!」


「お望み通りに演じてあげるよ。できれば台本があれば――」

「いい、いい。そこまでしてお前にお願いされても嬉しくない。単純に、そんな態度でもお前はあたししか頼れないって事実が、既にあたしとしては気持ち良いからな」


「…………別に院長先生でも」

「あのババアのセンスを信じるか? 勝手にしろよ、嫌われても知らねえぞ?」


「…………」


 疾風の中で苦悩があったのだろう、苦虫を噛み潰したような顔をして――、そこまで嫌かね、あたしにお願いをするのが。普段はもっとさらっとしていたはずだろ。


 それだけ気持ちが入っているってことなのかもな。

 天才でも好きな子を振り向かせるためには策を弄するし、その策を練るために他人に頭を下げる、と……。そりゃ、得意分野だけを選んで生きていけるほど、人生は甘くねえもんなあ――、贅沢をするなら、ちょっとばっかし苦労しとけ。


 泥水を飲むだけの生活をしたいなら、努力なんていらねえよ。


「……お願いします、リッキー」

「あいよ。明日でいいよな? 午後に出かけるぞ、遅刻すんなよ」

「……うん」


 口を開かなければ美少年だからなあ……思わず頭を撫でてしまう。


「落ち込むなよ、可愛いやつめ」

「(……ちょろいじゃん)」


「いつものお前で安心した――早く寝ろよ悪ガキめ!」


 最後の最後まで、疾風を相手にするなら気は抜けねえな。


 ―― ――


「リッキー、出かける予定だろ」

「……いま何時だと思ってんだ、バカ」


「朝の九時過ぎだ。

 ……予定を早めたのは僕だけど、でもリッキー、あんたが起きるにしても遅くないか?」


 買い物についていってやるとは言ったが、それは午後のはずだろ……、なに勝手に時間を早めてんだよ、あたしにもスケジュールがさあ……。


「ぐーすか寝ておいて。院長先生に確認したら急ぎの仕事はないってさ。

 夕方に集中させるからそれまではこき使っていいって許可を貰ってる」


「ババア……、人のことを売りやがって……、で? 予定を早めてまで買い物にいきたいお前の真意はなんだ? ただの相談だろ、空のプレゼントを選ぶだけのさ。

 午前だろうが午後だろうが大して変わんねえはずだぞ」


「リッキーと出かけることを空に気づかれたくない」


「は? ……おい、まさかあたしと二人きりで出かけて、空が『あたしとお前の親密な仲』を勘違いするかもしれない、なんてことを思ってんじゃ――」


「可能性はゼロじゃない」

「ゼロだっつのっ! ……お前、案外バカなところもあるんだな……」


 天才も女で歪むのか。

 普段の疾風ならこんなあり得ない可能性など切り捨てているはずだった。

 そもそも思い浮かぶ前に無意識に取捨選択するだろうし。


「……空が寝ている間に、手早く買い物を済ませてしまおうってか?」


「起きているだろうけど、勉強しているだろうし――明人に足止めを頼んでる。

 昼までには戻ってこよう、それ以上はたぶん誤魔化せない」


「誤魔化せる……というか勘違いなんかしねえだろうけど。

『あたしが疾風をこき使っていた』で済むだろ、口裏くらい合わせるぞ?」


「僕が『リッキーに使われる』なんて、リアリティがない作り話だな」


 おーけー、あとで覚えてろよ?


「……はぁ。分かった、付き合ってやるから準備しろ」

「できてる。あとはリッキー待ちだ」


「『待たせる』よりも、『待ってる』方が罪は重いぞ?」


 焦らせるなよ。まあ、疾風と買い物にいくくらいのことで、着ていく服に悩むあたしじゃないが。……なんでもいいか。色気もなにもないただのジャージで。

 さすがに常時身に着けているエプロンは置いておいて――と。


「じゃあ、いくか、疾風」

「僕が先導するからな」


 はいはい、エスコート頼むぜ。


 ―― ――


「――実用的なものが良いんだよね?」

「おっ、やっと自覚したか? アクセサリじゃあ重いって気づいたなら前進だな」


「別に、アクセサリも必要ではあるでしょ。実際、空は身に着けてくれているわけだし……嫌って言われたわけじゃない。部屋を見ると飾ってくれているのも確認したよ」


「うわ、空の部屋に入ったのかよ」

「明人もしてるんだから普通のことだろ。部屋の行き来はオープンだっての」


 明空院の近くの商店街で、プレゼントを物色する……、アクセサリ系で攻めるからこそ明人は実用的なものを選んでいるわけで……、疾風まで路線変更をしてしまえば、結局、明人と被って競合することになるだけな気がするが……、


 お前がアクセサリをあげることで明人が有利になっている、わけじゃないからな?


 明人の実用的な一品があるからこそ、お前のアクセサリが映えるわけで。


「食べ物は?」

「喜ぶだろうけど記憶には残らないな……お前が良いなら否定はしねえけど」

「却下だね」


 正直なところ、一番、空が喜びそうなプレゼントではあるんだが……。

 彼女を喜ばせることよりも、その先の関係性の変化を見ている疾風にとっては、一瞬の爆発力を優先させるわけもない、か。


「…………リッキー、良い候補はないの?」


「箱の中からお前が出てきて、『プレゼントは僕だよ』って言えば?」

「ドン引きされるだろ」


「逆で考えてみろよ。もしも箱の中から空が出てきたら?」

「…………」


「まあ、お前は喜ぶよな」


 想像して顔を赤くしてんじゃねえよ。

 あと天才様はちょっとその先を想像しただろ、変態むっつりすけべめ。


「うるさい。……アクセサリもほとんど渡しちゃったしなあ……」

「指輪はまだだろ?」


 テキトーに言ったが、図星だったようだ。

 数ある中で指輪だけ……ってのは、あたしも分かる。

 それを渡すのは、一線を越えるようで、躊躇うはずだろう。


 ここぞ、という時に贈るべき品であり、手軽に渡すものではない。


「指輪は……ないな」

「腰が引けたのか? 臆病なやつ」

「だってっ、拒否されたら、立ち直れないぞ!?」


 空のことだから、意味なんて分からず受け取りそうなものだけどな。


「で? 結局、候補は見つかったのか?」

「……映画とか、遊園地のチケット、なんかは……」


「なんで明人も一緒じゃないの、って言われるぞ。それにたぶん、あたしが引率すると思う。良いムードになんかならねえし、空を相手にそんなムード、壊されるだけな気がする」


「これもダメなのか……」

「たぶん、プレゼントじゃねえと思う。お前らが前に進むためには、単純に時間さえあればいけると思うぜ――、焦るなよ、今から急いでいたって、早めに失敗するだけだぜ?」


「……経験もないくせに偉そうに」


「ないな。でも、間近で見てきた――バッドエンドばかりよく覚えてやがるんだよ」


 成功者はあたしらのところまで落ちてはこないからな……、必然、敗北者が集まることになる。敗北の過程を知っていれば、成功への道筋が予測できる。まあ、だからと言ってストレートに階段を上がれるわけではないのだが。


 それができれば簡単に落ちたりしないさ。


「……原点に戻って、なんでもお願いごとを叶えてあげるって言ってみようかな」


「いいじゃんか、小さな子みたいで。……バカにしたわけじゃなく、なんだかんだとそういうプレゼントの方が、空も使いやすいんじゃないか?」


 サプライズにこだわるのではなく、いっそのこと、空に『なにをしてほしい』のか、『なにがほしい』のかを聞いてしまう。

 百パーセントの満足をしてほしいなら、この手が一番、確実なんじゃないだろうか。


「孫がおばあちゃんへ渡す『肩たたき券』みたいなもんだろ」

「? そんなものがあるのか」


「院長に渡してなかったか? あ、いやそれは明人か……」


 あいつらしい恩返しだな。

 で、疾風の場合は現金を手渡しするタイプだ。

 院長からしたらどっちも嬉しいだろうけど……、子供らしいのはやはり明人だろう。


 どっちが良くてどっちが悪いとかではなく。


「結局、なんにも買ってないから出かけ損じゃないか」

「じゃあ、このあとちょっと付き合ってくれ」


 あたしは疾風を連れ、商店街から離れる……、大きめの公園に辿り着いたところで、あたしはスマホを取り出した。……少し早いけど、こんなチャンスは二度とないだろうし、ちょっとしたスケジュール変更にも対応してくれた相手側に感謝、だな。


 高価なスマホが空にばれないように隠すの、大変だったんだからな? 疾風は気づいていたみたいだけど、触るべきではないと察してくれたおかげで助かった。

 まあ、それが自身の首を絞めていることになるのだけど――おっ、きたきた。


 黒塗りの車が停車する。

 中から出てきたのはスーツを着こなした、細く筋肉質な男たちだ。


「リッキー? この人たちは」

「ん? 売人だよ」


 


「この子が例の天才くん。これであたしを、組織に置いてくれるってことでいいのかい?」


 数人の男たちが互いに視線を交わして、こくり、と頷いた。


 男の一人が、疾風の腕を掴んだ。

 意外と、疾風は慌てない。……恐怖で固まってるのかね?


 彼は振り向き、あたしを見た――睨みつけた。


「騙したのか、リッキー」

「信用してたのか、疾風」


 信用したなら、裏切られたことも受け入れるべきだよ。

 裏切られたくないなら、人を信用しちゃダメだぜ、悪童くん?


 疾風が車の中へ押し込まれる。


 あたしも、男たちを追いかけ、黒塗りの車の中へ――、寸前で、視線を感じ、振り向いたが、あたしを見ている者はいなかった……勘違いか?


 だけど、気になる視線だったな……、


 なんとなく、一人の少女の顔が思い浮かんだ。……空か?


 いやいや、あいつは今頃、明空院で勉強中のはずだ。もしも外出していたとしても、商店街よりもさらに離れたこの公園までくるはずはない……、尾行されていたとしても、注意深く意識していたのだから、気づくはずだ。そもそも男たちが気づくだろう。


 だからあたしの勘違い……、だろうな。


「車、出すぞ」

「ああ、大丈夫だ」


 そして、車が発進する。


 ―― ――


 空は、連れ去られる疾風とリッキーを見た。


 そう、

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