第66話 羽柴リッキー その2

 翌日、これが最後だから! と言われ、空から染め直しを依頼された。

 最後とかなんとか言いながら、また次の機会にも頼まれるんだろうなあ、と分かっている。

 こいつの『一生のお願い』を、さて何回この耳で聞いただろうか。


 色落ちしてきた金髪を撫でる。あたしの前で背を向けながら椅子に座る空は無防備だった……警戒心が一切ないようで。嬉しいけどさ、お姉さんは失敗になっちまうぜ。


「リッキー、くすぐったいってばっ」

「お前が動くからだろ。頭を揺らすな足をじたばたさせるな整えた髪が崩れるだろ!」


 染め直してほしいのか、あたしの邪魔をしたいのかどっちなんだ。

 手櫛では限界があったのでちゃんとした櫛で髪を整える……、あたしよりも綺麗な金色じゃないかよ……、市販品の凄さなのかねえ。

 それとも空の髪質が、金色にすることによってさらに映えるようになるのか?


 ところどころ色が落ちている黒い部分を染め直せば、生まれ持った自分の髪だって言いふらしても嘘だとは思われなさそうだ。

 それくらい浸透している――薬品にせよ、他者へ与える影響にせよ。


 それからしばらく、お互いに喋らない、まったりとした時間が過ぎていった。空も気を遣ったのかもしれない。喋りかけられたらあたしの集中力が切れるから? まあ、自分の髪を差し出しているのだから気も遣うか。これが空にまったく関係ない作業の最中だったら、活き活きと邪魔してくるだろう――なんてやつだ。


 最悪だ、マジで。


「リッキー……このあとの予定は?」

「ん? ああ、明人と一緒に買い物だ。お前のプレゼント選びだとよ」


「……それ、言っちゃダメなんじゃないの?」


「でもお前、貰えること知ってるだろ。じゃあ今更じゃんか。気にすんなよ。意外とサプライズってしんどいんだぜ?」


「まあ、使い道がないプレゼントをくれるなら、実用的なのちょうだいって思うけど」


 それ、遠回しに疾風からのプレゼントはいらないって言ってないか?

 実用的かどうかはお前の扱い方次第な気もするけどな。


「ふうん。じゃあいいや。リッキーが暇なら遊んであげようと思っていただけだし」

「暇じゃねえからな? 一応、院長に任されてる仕事はあるんだよ……」


 基本、一日じゃ終わらない量が、一日分として出されている……頭おかしいだろ。


 あたしからはみ出した分は、院長が数十分で片づけているようで……問題はないそうだが、あたしが数時間かかることを数十分でできちゃうの!? 自信、失くすわあ……。


「明人との約束がなくてもお前とは遊ばなかったっての」

「はいはい、でもボールを持って部屋に突撃すれば、リッキーはきっと庭でキャッチボールをしてくれるよね?」


「それは遊んでいるわけじゃなくて、お前らの相手をすることも仕事の内だ。だから積まれた仕事ではないが、これも仕事なんだよ、分かったか」

「そういうことにしておくね」


 見透かしたようなことを言いやがる。……実際、サボりたいから、空からのお願いは渡りに船であり、あたしもやっぱり遊びたい気持ちはある――だから見透かされてはいるのだ。


 ただし、認めなければ見透かされていても、それは事実にはならない。


「じゃあ、明人のことをよろしくね。さすがに買い物くらいなら一人でもできると思うけど、なにかあった時、リッキーが傍にいた方がいいし」


「過保護だなあ。……空はさ、明人と疾風なら――どっちを選ぶ?」


 思わず、そんな禁断の質問をしてしまっていた。

 言ってからやめておけばよかったと気づき、だけどもう引き返せない――空は答えた。


「え、明人だよ」


 即答である。


「だって疾風は一人でなんでもできそうだし……、明人は誰かがついていないと心配じゃん。だからどっちかって言われたら、明人かなー」


 なるほど、目線が違うのか。空は保護者的な意味で明人と答えたのだ。

 これが恋愛絡みだとしたら、疾風にもチャンスはある……か?


 空って、他人に惹かれることってあるのか? 勝手なイメージだが、他人から言い寄られることはあっても、空が特定の誰かに好意を向けることってない気がする……、上から目線で明人のお世話をする絵は浮かんでも、疾風の隣であいつに甘えたりする行動は想像できないな。


 どうやら三すくみになっているようだ。明人は疾風に見てほしくて、疾風は空に好意を抱いていて、空は明人を心配している――、こういうのって、空を巡り明人と疾風がトラブルになりそうなものだが、明人にその気がないからこそ、輪に亀裂が走っていないだけか。


 明人の性格と自信のなさが、ここでうまい具合に歯車を回していたわけで……。


「お前らは仲良いよな」

「リッキーも輪の中に入ってるじゃん」

「誰が同レベルだ。あたしは先生なんだ、一緒にすんなよ」


 こいつのことだ、本気で同じ目線で喋っていそうだった……まあ、輪の中にいることを認めてくれたことは嬉しいけどな。


「ほらよ、染めておいたぞ」


 手鏡を渡すが、空はあたしの親切心を手に取らなかった。


「見る必要ないよ。リッキーが失敗するはずないし」

「ありがたい信頼だな。あとで後悔するなよ?」


「変じゃないならおかしくてもいいよ。リッキーって、センスが良いから。間違っていても結果的にそれがオシャレに見えそうだもん」


 金髪って、特だよな。


「リッキーのそのバンダナもオシャレだし」

「ん? それ、あたしじゃなかったらダサいって言ってるようなものじゃないか?」

「良かったね、似合ってて」


 えい、と空が小さく跳ね、あたしのバンダナを奪った。


「もーらいっ!」

「こらっ、サイズが大きいからお前の頭に巻いても目元が隠れて危ないだろ」

「返してほしいとかじゃないんだー、じゃあ貰っちゃお!」


 それ、院長からパクったやつだぞ? 使ってなかったみたいだから院長も「どうぞ」と言ってたけど……、元はババアの趣味の品だ。あたしもこだわりはないし……。


 しかしないと、これはこれで頭が寂しいな……いいか、帽子でも被れば。


「リッキー」


 部屋を出ていったかと思えば、外から小さくを顔を出している空と目が合った。

 ……なんだよ、今度は巻いてくれとか頼むつもりじゃないだろうな?


「……バンダナと、染め直し……ありがと」


 言って、空が廊下を駆けていく。「こらっ、危ないでしょ!」という院長の注意の声が聞こえ、あたしは無意識に、はは、と笑っていた。


 染まってるねえ……あたしもこの家にさ。


 ―― ――


 午後は約束通り、明人とのお出かけである。空へ贈るプレゼントの望遠鏡を買いにいく……らしいが、そう言えば毎月のように渡しているって言ってたよな? お前ら、決まった小遣いしか貰ってないだろ。なのにそんな高価なものなんて買えるのか?


「望遠鏡って高いの?」

「本格的なものは結構するぞ。星を見るやつなんて数万……もっとするのか? するかもなあ」


 たかが望遠鏡にその金額を使うなら、

 お前らの里親を見つけるために使った方がためになるだろう。


「院長のお手伝いをすれば追加でお小遣いをくれるんだよ。それをコツコツと貯めたり……あとは疾風が外で稼いでるみたいで、疾風のお願いを聞いて分けてもらったりね」


 ……あいつの資金源が不明だったが、納得がいった。ちょくちょく外出していると思ったら、他の場所で独自で金を稼いでいたのか……、

 施設に入れろ、とは言わないが、あまりにも高額だと考えるぞ?


 商才もあるのかよ、これだから天才は……。


「リッキーは、疾風を怒る?」


「別に。あたしらはお前らを保護しているだけで、育てているわけじゃない。施設のルールを破ったり、人に迷惑をかけたら説教をするが、自分が生きるために必要だと思って行動したことにとやかく言ったりはしねえよ――人それぞれの生き方だしな」


 あたしだってそうしてきたし、だからこそ文句なんかねえよ。


 あたしらじゃあ、お前らを幸せにできない。

 だから幸せはお前らが勝手に掴んでこい。


「リッキーがおれたちの里親でいいのに」

「やだよ。手がかかって仕方ねえし」


 引き取ったところで放任主義だからなんもしねえぞ。

 明人はそれでもいいって顔をしているが……悪いが頷くことはできないな。


「お前らはちゃんとした里親を見つけろ。あたしじゃなくてな」

「……うん」


 不満がありそうだったが、こういう時、強くは出ない明人である。助かった……空だったらぐいぐいきて、引き取るとあたしが言うまでしつこく粘りそうだし。


 その後、明人の目的の買い物を済ませた。星を見る望遠鏡はさすがに高価なので無理だったが、遠方を見ることができる普通の望遠鏡は手頃な価格だったので買うことができた。


 天体望遠鏡ではなく、望遠鏡だったが。

 これでも星を見れるだろ。細かくは無理かもしれないが。


「相談、ありがとう、リッキー」

「おう。で、来月、空に渡すプレゼントは決めたのか? 悩んでいたみたいだけどさ」


 実用的なものが喜ばれるだろう、と明人も分かっているようで、

 候補の中にはぬいぐるみもあったが、それはいの一番にはずしたらしい……、冷静に考えるとぬいぐるみの使い道ってなんだ? と思ってしまう。

 空がぬいぐるみを愛でる、ようには見えないし……、

 部屋に飾ってはくれるだろうが、それだけだ。


 使う度に明人を思い出してくれるような品が一番良いのだろう。


「懐中時計にしようかな」

「いいんじゃないか」


 腕時計にしないところは、空の運動量を配慮したからか。頑丈さを優先し、長く使われることを狙っているようだけど……、そもそも空が持ち運ぶかどうかだ。

 腕時計の方が、壊れやすいかもしれないが、使う頻度は高いだろう。


「数十年後でも使えるものがいいでしょ」

「なんか重いよ」


「かな? 

 でも何十年も持っていてくれれば、いずれアンティーク品として売れるかもしれないし、将来の空がお金に困った時、高い価格で売れるようなものにするべきじゃないかって思って」


「だから重いんだって!」


 そこまで見越してプレゼントしねえよ!


「リッキーは反対?」


「って、わけじゃないけどな。いいじゃん、大人っぽくて。

 腕時計は疾風が渡しているかもしれないし、被らなくていいんじゃないか?」


「そっか……。

 うん、じゃあこれ、リッキーにプレゼント」


 は?


 明人が渡してきた箱の中には、懐中時計が入っていた……、今の時点ではとても高価なものとは思えないが、いつか、これが高く売れる日がくるのかもしれない――。そんなことを考えさせるデザインの懐中時計だ……、いや懐中時計なんてどれも一緒に見えるけど。


「……あたしに?」

「うん、空にあげてリッキーにあげないのはおかしいでしょ?」


「いや、おかしくないけどな……だってあたしに渡すのは、おかしいだろ。

 空には、お前から、少なくとも好意があるからだろ? あたしには――」


「リッキーのこと、信頼してるし、好きだから」

「…………」


「だからあげる。……リッキーも反対じゃないんでしょ?」


 こいつ、他の女のプレゼントの相談をあたしにしながら、プレゼントの内容で、あたしの様子を窺っていたわけか。……あたしが強く否定したらプレゼントはしなかったのかもしれないが……、反応が良かったからプレゼントを実行した、と――。


 こいつもこいつで、策士だな。


「迷惑だったらごめんなさい……」

「迷惑なもんか」


 可愛い可愛い教え子のプレゼントを、ぎゅっと握り締める。


「大切にする。そんで数十年後、価値がついたら売ってやるよ」

「売っちゃうんかい」

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