第64話 明空院<過去>

「――わっ!? それ、マコト様じゃん!!」


 切断された頭部を抱いたおれを見て、えるまがそう声を上げた。

 ……お前が言うと軽い感じがするんだよなあ……だって頭だぞ? 

 首から下がない頭だけを抱えていたら、普通の女の子なら悲鳴を上げるはずなんだけど――、


 まあ、彼女の場合は分裂するミリオンズとして、多くの死体を見てきたはずだ。

 だから首無し死体や、逆に頭部だけを見た機会はいくらでもあっただろう……。


 今更だが、なんて人生だ。


「……動けなくなった」

「それ、そんなに重いの?」

「別に、マコトの頭が重たいからってわけじゃないよ……」


 まあ、軽くはないし、親友の死は、やっぱり重たいけどな――。


「支える? 私、いま小学生くらいだけど、数人集めればヨート様のことを持てるけど」


「世話になる気は……いや、任せるか。おれより先にマコトだ。

 この死体を、ちゃんと燃やしてさ、埋めてやろう……蘇生能力はないんだろ?」


 唯一、それだけがない。

 やり直しなんてさせない、そんな支配者の意見が透けて見えている。


「ん。じゃあみんなを呼んで――」


「ヨート様ッッ!!」


 と、切羽詰まった声を上げたのは、同じくえるまだ……だが、最初におれに声をかけたえるまではなく、瓦礫の山の向こう側から顔を出した、列を作って近づいてくる数人のえるまである。

 ミリオンズ――、その内のメンバー、ということになるのだろう。


「…………え?」


 彼女たちが支えていたのは、ソラだった。


 口から漏れているのは、赤い、血――。

 顔色も悪く、全身を見れば、赤黒く変色している部分もある……、

 まだ息はあるから、生きているようだけど、こんなの時間の問題だ!


「えるま、マコトを頼む!」

「へ? う、うんでも、頭部をそのまま投げてくるのは――危ない!?」


 なんとかマコトの頭部をキャッチするえるまを見届けることなく、おれはソラに駆け寄った。

 すると、落ちかけていたまぶたが上がり、彼女がおれをしっかりと見る……。


「ソラッ!!」


「ねえ、ヨート……、あたしじゃあ、もう……止められないの。……きっとあいつはさ、誰も、味方だって、思えなくなってて……。あいつの懐に入っていけたのはさ、疾風はやて、だけ、だったんだなって、思うの――」


 ハヤテ? ハヤテが、なんだって!?


 おれを見ているが、だけど焦点は合っていなかった。

 シルエットと声だけを頼りに、おれだと判断して声をかけているような状態――、

 いつ意識が落ちてもおかしくない。


「ソラっ、なにがあった!? 説明しろ――だから意識だけは、落とすな!!」


 今、意識を落としてしまえば。

 ソラが生きることをやめてしまえば、生命はそのまま眠りについてしまうかもしれない……、痛みと疲労を抱えているソラに、酷なことを求めていることは分かっている――でも! 

 応急処置をするまでは、ソラの意識をここで手離させるわけにはいかない。


 なんでもいい、喋っていてくれ。

 話をすれば、意識を持っていようとするはずだから!


「……ハヤテは……あたしたちの、幼馴染、なの……」

「ハヤテ、が……?」


 第五位、浅間オセが操ったドラゴンに喰われて死んだ、あのハヤテが……?


「そっちじゃ、なくて……本物の、方……」

「本物……」


「疾風。明空院の、あたしと、明人と、同じ輪の中心にいた、男の子――」


 明空院。

 それは、おれが知らない、ソラの物語かこだった。


―― ――


 惨殺、だった。

 虐殺、である。


 殿ヶ谷アギト、彼がミリオンズである青柳えるまを殺害するのは初めてではない。まあ、以前は襲われたから自衛をした、というだけの話だ……、やり過ぎたことは否めないが。

 強奪者のことを聞こうとしただけなのに、急に襲われたら、アギトも咄嗟に力が入ってしまうものだ。


 だからか、二回目は抵抗がなかった。


 今回も、分裂者はアギトを攻撃してきた。彼女にも守るものがあったから、というのは分かるが、たとえそうでも、人を襲う以上、殺される覚悟はしているはずだろう? 

 アギトは別に、無差別な殺人者ではない。狙うのは悪、である。

 悪党は殺す。攻撃してくれば殺す。敵意があれば殺す。だから逆に、好意を持ち、善意だけで接してくる人間を相手にすれば、それ相応の返しをする――はずだ。


 アギトを相手にして、そんな対応をしてくる者が、今のところいないのだが……。


 だから気持ちではそうすると思っていても、いざ実際にされたら、どういう反応をするのかは、自分でも分からなかった。


 というか、信用できるか?

 できないだろう。


 善意だけで近づいてくるやつこそが、悪意の塊なんじゃないか……?


『あいつ』のように。


 向けられた笑顔のその裏を、今では考えてしまう――。


「欠陥だろ」


 えるまの死体の上に腰を下ろして、彼が呟いた。


「人からの信頼を得て、能力が強化される……だけどそれは、相手を利用する意思があっても反映される……、本当の善意だけの信頼と、利用するため、懐に入るための一時的な好意を見分ける術がねえ。信頼の『強度』がそうなんだろうが……、そんな差異、信頼をごちゃ混ぜにしてしまえば分からねえだろ――。……他人からの信頼を集める、か……詐欺師が有利じゃねえか。

 本物の英雄ってやつには、そうそう支持者は集まらねえんじゃねえか?」


 だからこそ、くすぶっている素材がどこかにいるはずだ。

 支配者はそれを分かった上で、現状を静観している?


 このまま詐欺師が一致団結を達成させるのか、それとも――、

『本物』の英雄が、生まれ持った才能で集団の意識を変えるのか――。


「てめえがここで死ぬなら、英雄なんかいねえってことだよな、空」


 アギトは自覚している、自分は英雄には属さない、と。

 疾風か、空だ。


 しかし疾風は既に、この世界にいない――となれば、

 残っているのは空である。


 彼女こそが、世界の英雄だとしたならば。


 ……オレなんかに、殺される運命じゃねえはずだ。


 ―― ――


「手を、伸ばして、あげて……」


 ソラが呟いた。

 それは寝言のような、心の奥底にしまっておいたはずの願望が漏れ出たような……。


「ヨートにしか、きっと、できない……はずだから――」


 ―― ――


【六年前……、明空院】



 至近距離で、甲高い破砕音が響いた。

 ぴし、と、部屋の中の時間が止まったような気がして――、


 苦労して申請し、支給されたばかりの硬球を握り締める金髪の女性が立ち上がって、割れた窓から顔を出す。


 下の狭い庭では、野球のバットを持ち、グローブをはめた三人の少年少女がいて……、


「お前らぁッッ!! こっちに向かって打つなっつったろうがッッ!!」


 慌てた少年と少女が、バットとグローブを放り投げて逃げ出した……、残った一人の少年が怒鳴り声に怯えて、頭を抱えて塞ぎ込んでいたが、戻ってきた少女に手を引かれて走り出す。


「あ、こらっ、逃げるな――そら疾風はやて明人あきとぉ!!」


 声は届かず――聞こえていながら無視しているのだろう、いつものことだった。

 彼らは建物の裏へ逃げてしまい、窓から顔を出した彼女の目では追えなくなってしまった。


「ったく、あいつらめ……っ」

「まあまあ、羽柴はしばさん、そう怒らないであげて」


「院長が甘いせいだろ。

 あのままだとあいつら、もっと派手な悪事をしそうだぞ」


 彼女の対面にいるのは、温和な女性だった。年齢は五十に近いだろう……。

 二十代前半の羽柴リッキーからすれば、院長は母親以上の年上である。


「三十代後半だからね?」

「…………大人びてるぅ」


 鋭くなった院長の視線から、今度はリッキーが逃げ出す番だった。



 羽柴リッキー……二十二歳、日本人ではない。

 ただ生まれが違うというだけで、育ちは日本であるため、見た目こそ外国人だが、思想を含め日本に染まり切った女性である。


 腰まで伸ばした金髪は、染めたわけではく生まれ持ったものだ。両目も碧眼で……、口調さえ正せば、誰も萎縮せずに近寄ってきそうなものだが、と院長にはよくお小言を貰っている……。

 引き取った子供も、最初はやはり、彼女に怯えてしまっているのだ。


 まあ、接していく内に子供は警戒心をあっという間に手離すようだけど。好感度が高いのか、なめられているのか判断がしにくい。荒い口調は威嚇にはならないようで、意外と温和な院長の方が『怒らせないように』、と子供は意識するらしい。


 なにが違うんだ、あんなババアと。


 子供たちに作ってもらったツギハギのエプロン。支給されたジャージを身に着け、頭にはバンダナを巻いている。口元のホクロが特徴的なリッキーは、普通に子供たちからタメ口だった。


「おいっ、疾風、空! 当てるなら壁にしろって言っただろ!」


 施設の裏。狭い庭よりもさらに狭いスペースに、三人は隠れていた。

 残りの一人である明人を怒らなかったのは、彼はこの二人に強要されてやっただけだ、ということを理解しているからだ。

 気弱な明人は、リッキーに怒られると三日は引きずる……、本当に叱るべきところ以外では、強くは言わない方がいいとリッキーも学習しているのだ。


「当てようとしてたよ、でも上手く当てられなかったんだよ」


「ねー。

 だからって外に向かって打ったら、柵を越えて他の人んちにボールが飛んでいっちゃうしね」


 二人の女の子が並んでいるように見えるが、片方は男の子である。……疾風。まあ、九歳であれば、まだ男の子としての特徴は、そこまで表に出てきていないのかもしれない。


 骨格も、容姿も、並ぶ空と似たようなものだ。

 男勝りな空が男子に寄っているだけ?


「お前らなあ……っ。下手なら打つなって」

「でも、リッキーがこれを貸してくれたんじゃん」


「……こっちの都合で取り上げるわけにもいかねえの」

「また教えてよリッキー。あともう一回、お手本を見せてよリッキー」


「あとお前ら、リッキー先生な? 呼び捨てで定着したままいかせると思うか?」


 やってよリッキー、と話を聞いていない二人が催促してくる。二人の後ろから、声こそ発していないが、そわそわとした様子で明人が期待の眼差しで見つめてきていた。


 うぐ、と断れなくなったリッキーが、仕方ないな、とバットを持ち、


「いいか? 壁を狙うんだぞ、窓じゃないからな? ボールを、こう、軽く上に投げて、バットの芯よりちょっと下で打てば、間違っても上に飛ぶことなんかはな――」


 ――カァン、と当たったボールは、バットの芯のちょっと上であり、軽く振っただけでも意外と力が加わるもので――、飛んでいったボールがさっきとは別の窓を割った。



「やべ」

 と、一足早く察したリッキーがバットを置き、建物の中へ駆け出す。


 すると、二階から顔を出した院長が言った。


「……誰ですか?」


 そして、三人が指差した……、逃亡者リッキーを。


『リッキー』


「でしょうねえ……羽柴さん……、ちょっとこっちへ――いえ私がいきますね」


 それから。


 リッキーは階段の踊り場で、院長先生と対面する。

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