第63話 絶空vs……、
……胸騒ぎがした。
ヨートを待っているだけじゃ、この胸騒ぎは決して消えることがないのだろうと思った――だから、あたしから、追いかけて、見つける!
瓦礫の山を渡り、避けて――、
もしも一か所でも、選択肢をずらしていれば、きっとあたしは『あいつ』とは出会わなかったのだろう。もしもヨートを見つけようと足を踏み出していなければ、きっとこれまで通りにすれ違っていたはずなのだろう――。
だからこれは運が悪いのだ……いや、でも考えようによっては良い、のかもしれない――。
長年のわだかまりが全て、ここで解消されると思えば――。
「よお、ソラ」
「……
真っ赤な男が目の前で足を止めた。……なによその髪、染めたの? 似合ってないわよ、とは言えなかった。案外、似合っているのよね、その色――、まあ、金髪に染めているあたしが、染めたことにどうこう言える立場じゃないことは分かっているけどね。
黒いヘアバンドをその通りには使わず、首まで落としてマフラーのようにしている。そしてラフな赤いシャツ、作業服のような硬い生地をしている、また赤いズボン……、赤が好きだったっけ? さすがに昔とは趣味嗜好は変わっているか。それにしてもちょっとは別の色を差してもいい気がするけど……、その首の黒はないものとしてさ。
「今は明人じゃねえよ、
「ふうん。どっちでもいいでしょ、あたしにとっては、あんたは明人のままよ」
「お前も変わんねえな――
あの頃と同じだ、と明人が視線を鋭くさせた。
「
「……なんとも思っていない、ですって?」
「違うのか? 疾風が殺された時、てめえは知っていながらも犯人を追いかけようとはしなかった。その後も、里親に引き取られた後も、お前の家の力があれば『あいつ』を追い詰めることはできただろうが――。なのに、しなかった。
てめえは疾風が殺されたことを既に過去のことにして、見なかったことにしてやがんだろ」
「じゃあなによ、復讐をするために生きろって言うの? ……バカじゃないの。
そんなことを疾風が望むとでも思っているわけ?」
「てめえ自身は、このまま疾風の死が――『あいつ』の裏切りが、風化してもいいって思ってんのかよ?」
「…………」
「オレらはこの世界になって、
殺すことができる……ね。
でもさ、明人……、今更、殺したからって、なんなの?
「復讐が達成される」
「で? 復讐の達成に、意味はあるの?」
「ないわけじゃないだろ。――清算だ。区切りだ。疾風がいなくなった今、オレらの輪が崩れた今、あいつだけが満足に生き続けているのは、がまんできねえよ」
疾風を失ったことで、あたし、明人、疾風の輪は必然、消えてなくなった。たぶん、疾風が死んだわけじゃなく、別の理由でいなくなっていれば、きっとあたしと明人は接点を持とうとはしなかっただろう。この輪は疾風が維持していたようなものだったのだから。
疾風がいることであたしと明人は繋がっている。疾風がいなくなったことで、こうして、褒められた理由ではないけど、かろうじて繋がっていられるのは、疾風が死んだから、なのだろう。
それ以外の理由ではきっと、あたしたちはこんな風に再会はしていないはず――。
望んでもいなかったはずだ。
疾風が死んで。
明人が復讐を望み、犯人を知りながらも動かないあたしのところへ、やってきた。
まあもちろん、だからって力を合わせて復讐をしましょう、とはならない。
あたしは、復讐をしようとは思っていないから。
「てめえはこのままでいいのかよ」
「いいのよ。これで……。このままで――、復讐をしたって……たとえ成功したってさ、それまでに費やした時間を、疾風は絶対に褒めたりはしないでしょ」
「ならもう、後戻りはできねえよ。これまでずっと、あいつを殺すことだけを考えていたさ――今ここでやめれば、これまで費やしてきた時間が無駄になる。一切、実にならない時間になるのだとしたら、やっぱり回収はしておきたい。せめて、たとえなんにも手に入らないとしても、あいつだけは殺しておかなくちゃ、気が済まねえからな――」
あたしは無意識に溜息を吐いていた。
きっと、明人は止まらない。
あたしがなにを言ったところで、刺さるわけがないのよ。
「もう、好きにしてよ。あなたの復讐でしょ、勝手にすればいい――」
あたしを巻き込まないで。
そういう意味で言ったつもりだったけど、
「ああ、好きにやらせてもらうぜ――、
てめえの指図なんか、最初から受ける気はなかったからな」
これ以上は、会話を続けても意味がないだろう。……あの頃とは違うし、もう戻れない。
だからあたしは、明人に背を向け、今後一生、会わないつもりだった――、
「逃がすかよ」
「なに。もう話は済んだでしょ。これ以上、あたしに構ってもあんたになびくことはな」
「私情はここまでだ。ここから先は、クランのリーダーとして、てめえをここで潰しておく――脅威になる十位圏内とは思えねえが、まあ、てめえのクランメンバーを吸収できるなら、てめえを狙う理由にはなるわけだしな」
ぞぞぞッ、と、背筋をなにかが這ったような感覚――。
構えもなく力が抜けた明人が纏う雰囲気が、夜道に出会った殺人鬼に思えた……。
武器は持っていない……、
だけど能力はあるのよね――第二位の、
「…………ッ」
あたしは無意識に小太刀サイズの木刀を握り締めていた。……過去、寝食を共にした仲間に向けるものではないと思っていたけど、明人は別だ――いや、明人じゃない。
昔の明人とはもう思えないほど、彼は今の世界と能力に、変えられてしまっていた。
違うか。
『あの人』に、変えられていたのよね――復讐によって、捻じ曲がった。
歪んだ末に――殿ヶ谷アギトとして、彼はこの世界で【二位】として君臨している。
「てめえの絶空は、脅威じゃねえよ」
「避けられるから?」
「避ける必要もねえ」
挑発……? だとしたら乗るわけにはいかないけど、だけどあたしにとっては唯一の攻撃手段。それを自分から捨てるわけにはいかない。
強奪者のように、能力を受け止めることこそが能力の発動条件だったとしたら悪手だけど……そんなことを言い出したらなにもできないのだから――、
迂闊でもいい、ここは絶対的な攻撃能力を、証明するべきね。
「死んでも知らないから」
「てめえに殺されるほど、弱い人間じゃねえつもりだ」
「――明人のくせに……っ」
「おい、いつの話をしてんだ? 明空院の時とは違う。あの頃のオレは、もういねえんだ」
あの頃の明人は、髪も赤くなかった。背も小さかった。あたしたちの中でも一番、小さくて、それに気弱だった……。あたしか疾風が手を引かないと立ち上がれないくらいに臆病で……。
だけどそんな明人が今、あたしの前に、立ち塞がっている。
これが復讐のおかげだとは、言いたくないけどね。
でも……、それがあったからこそ、明人は変われたのだろう。
それが良いか悪いかはともかくとしても。
「飛ばせよ、絶空」
アギトが、くい、と指をあたしに向け、挑発した。
「そんな刃、ねえもんと同じだ」
「だったらっ、喰らってみなさいよッッ!!」
そして、
あたしは絶空を明人へ向けて飛ばした――。
――しゅうう……、と、熱した鉄を水に浸したような音と共に、絶空が弾けた。
……防がれた? ――対象物を絶対に一つは切断する効果を持つ絶空が!?
「……今までは、盾を間に挟まれて回避されたことはあったけど……でも、っ、絶対に明人に当たったはずよ! なのに、どうして絶空で切断されないわけ!?」
もしも切断していたら、と考えるとゾッとするけど、回避された今、そんなことはもうどうでもよかった。気になるのはどうして明人が無傷なのか……。
絶空は、直撃したはず。間に挟まった異物もなく、あったとしたらそれが例外なく切断されているはずだ。
だけどそうではなく、明人と認識された肉体に刃が当たっても効果を見せなかったこと――。
絶空を弾いたなにかが、明人自身に張り付いているとでも?
ナン子のような、【絶対防御装甲】が?
「まあ、そんなようなもんだな。ただオレの場合は、あんな劣化版、単一じゃねえよ」
ばしゅ、と音が弾けたと思えば、
明人の姿があたしの懐に、既に潜り込んでいた。
「え」
彼が握った拳が、あたしの鳩尾へ突き刺さり――めきめきめきぃッッ!! と、体の内側から破壊の音が響き渡る。骨が、内臓が、破壊されていき……、
「ひゅ」
……痛みで一瞬だけ、いや分からないけど、記憶が飛んでいる――つまり、意識がなかった、のかもしれない……。その時、口の隙間から漏れたのは、僅かな一息のみ――、
「相手の攻撃を弾くだけが、オレの能力じゃねえよ、ソラ」
口の中に溜まっていく血を、意地でも吐き出してやるものかとがまんしていたけど、無理だった――やがて決壊し、横に倒れたまま、あたしはだらしなく口を開けて、含んでいた全ての血を吐き出していた……。視界が、赤く、ぼやけていく……。
――だめだッ、ここで意識を失っては――、あたしはクランのリーダーなんだから!
ヨートと、他のみんなの、拠り所なの……ッ、
負けてみんなを路頭に迷わせるわけには、いかない立場にいるんだからっっ!!
「……絶、う、を、弾いて――で、も……この、攻撃、力、も、あって――」
一つの能力の使い方で、あたしの絶空を対処したわけではないと思う。あたしを殴ったその拳で、絶空を弾いた? 違うわよね……、別の能力にも思えるけど、でも、それこそが明人の能力なのだろう……。攻守がはっきりとしている、まるで二刀流のような能力――。
二つで一つの、能力?
明人は、それを両手にそれぞれ持っている……?
確信はないけど、そう考えておいた方が、油断もしない、わよね……。
「オレの能力を解明でもしたか?」
がし、と髪を掴まれる。
そのまま引っ張られ、あたしは無理やり、体を起こすことになる……。
「まあ、したところで今の――これからのてめえに、どうにかできるとは思えねえけどな」
「……推測が合っているか、どうかだって、分からないし、ね……」
「お前のことだ、合ってんだろうな」
……あら、そういうところは評価してくれているのね……。
ただ確かに、分かってはいても、避けられないのが問題なわけで――。
「…………伝えてくれる?」
「は? おいおい、オレがわざわざてめえの仲間に、自分の能力の推測を教える? はっ、バカなのか? 血を失い過ぎて頭がおかしくなったのかよ。まあ、してやってもいいが、嘘を教えるぜ? こっちで仕込みができるんだ、てめえは仲間を自ら死地へ追い込むつも」
「あんたじゃない、でしょ……分かるでしょ、バカね……」
あたしは、背後——、気配がする方へ向かって、小さな声で呟いた。
「伝えてね……逃げて、ってさ」
「――ヨート様がっ、それを聞いて逃げるわけがない!!」
「あ?」
大きな瓦礫の壁から出てきたのは、お嬢様学校の制服を着た(ちょっと破れているけど)、毛先がウェーブしている、金髪の女の子だった。
……確か、青柳えるま……ちゃんだっけ?
真緒ちゃん以上の、アホの子――。
「あなたが出てきちゃ、ダメでしょ……」
「大丈夫。私には、分裂があるから!!」
だからって、ね――……、
「だってっ、ヨート様が大切にしている人だって、知ってるもんっ、だから――!!
あなたのことは、絶対に助けるんだからっっ!!」
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