第58話 ホンモノとニセモノ
スカイツリーが傾き始めた瞬間、それに気づいた少女がいた。
そして、その傾きがどこへ向かい、なにを破壊するのかも――。
青柳えるま・オリジナルは、信頼する『彼』の危機に、すぐさま飛び込む。
大きな瓦礫に押し潰されそうになっている彼を両手で突き飛ばし――、
「…………へへっ」
と、笑ったのだ。
―― ――
支柱を失い、倒れたスカイツリー……、今更だけど、内部には自警団のメンバーがいたし、崩落に巻き込まれた住宅街にも人はもちろんいるわけで――、当然、死者の一人や二人はいそうなものだった、けど……。
分裂したえるまによる避難勧告のおかげで、大多数は避難に成功したようだ。頑なに動かなかった人は、もしかしたら巻き込まれているかもしれないが……、さすがにそこまでおれも面倒は見れない。えるまの言葉で動かないなら、誰の言葉でも動かなさそうだし。
こんな世の中だ、自衛くらいはできるだろう。
スカイツリー内部にいる自警団については、避難勧告こそしていないが、周囲の状況くらいは確認しているだろう。本部の足下くらい、監視の目があって当然だ。
いち早くおれたちの戦いに気づいて、
危険察知とその対応ができてこその自警団だと思うしな。
積まれた瓦礫を渡りながら、マコトを探す……巻き込まれろ、とは言ったし狙ったが、本当に巻き込まれていたらと思うと……この瓦礫に下敷きになっているんだよな……?
見つけたとして、それがマコトだって分かるのかよ……。
そこまでぐちゃぐちゃになっているとは思えないが……、すると、瓦礫に付着した赤い血を見つけた――視線を動かすと、瓦礫に挟まれている『えるま』を見つけた。
片方は。
もう片方は、屈んで挟まれているえるまを見下ろしており……、
「オリジナル……」
「笑いに、きたの……シックス……」
分裂したせいで年齢が下がったえるま・シックス……、比べてみればオリジナルの方は当たり前だが、制服が似合う年齢だった。
「笑うわけない! だって、オリジナルは……っ、大切な人を命懸けで守ったんだよ!」
「……ほん、とうに……? マコト、様、は……無事、なの……?」
「それは分からないけど」
守った、と言ったのだ。そこは最後まで、彼女ならやり遂げるだろう……だからたぶん、マコトは生きている。逃げた先で崩落に巻き込まれていたら分からないけど……せっかく生かしてもらった命を、些細なミスで無駄にするマコトじゃないはずだ……。
誰よりも、生きたいという願望は強いあいつである。
「……お前……っ」
青柳えるま・オリジナルは、顔が土色だった。体調が悪い、どころじゃない。体内の血がどんどんと流れ出ているように――、それもそうだ。だって今の彼女は、瓦礫に押し潰され、彼女のその下半身は、千切れ飛んでしまっていたのだから。
つまり、上半身だけが外に出ている状態……、
瓦礫を持ち上げれば、そこには空白だけがあるはずだ。
「――ねえっ、オリジナルが死んじゃったらっ、じゃあ私はどうなるの!?」
死なないでっ、と彼女の体を揺らすえるま・シックス。その言い方だと自分が消えちゃうから死なないでよ、と言っているように聞こえてしまう……、実際は、オリジナルにただ単に生き続けてほしいと願っているだけなのに。
「大丈夫、でしょ……だって今の、私の能力の『ベース』は、あんた、にある……」
「え?」
分裂という能力のベースとなる本体――オリジナル。それはこれまで、目の前にいる死にかけの青柳えるまだったのだが……、気づけばオリジナルの権限が、えるま・シックスに移動していた、とでも言うのか……?
でも、どうして、なんで?
自分の意思でオリジナルの権限を他の分身に移動させることができた、のか?
「……分裂、先で、信頼を、得ても……能力は、強化、される……。つまり、あんたが、そこの人、に、信頼されたから……能力が、強化、されたの……ね――」
おれがえるまを信頼したから、分裂の能力が、進化した……。
「それで、オリジナルの権限の移動が、可能になった……?」
「最も、信頼されている個体、が、オリジナルに、なる……のかも――」
だからこそ、おれに最も近くにいたえるま・シックスが、その対象になった、と――。
確かに、それなら辻褄が合う、とは思うが……。
じゃあ、つまり、青柳えるまはオリジナルが死んでも、そのオリジナルの権限が移動し続ける限り、決して死ぬことはない――。
とは言え、個体差はあるだろう。
青柳えるまの分裂先が、まったく同じ青柳えるまとは言えない。まったくの別人、とも言えないが、それでもやはり、小さくはない違いがある青柳えるまである。
オリジナルと、シックスは違う――でも、オリジナルは死に、シックスは生き続け――彼女が新しいオリジナルとして、青柳えるまとして生き続ける……、
これって命のストックができる能力とも言えるかもしれない……でも。
これって、似た人間が同じ名を語っているだけじゃないのか……?
えるま・オリジナルは、やはりえるま・オリジナルにしか、務まらない――。
マコトを慕うえるまは、だってお前だけだろうがッッ!!
「死んじゃダメ。だってマコトって人を、私は大切になんて思えない! それはオリジナルにしかできないことでしょ!?」
あなたがいなくなったら誰がマコトを慕うの!? という引き止めの言葉は、しかしえるまの状態を考えると、遅いかもしれない……。死にたくないのは重々承知だ。だけど下半身を失った体は、このままいずれ、死に向かっていく――。
もうほとんど、片足以上、死に突っ込んでいる状態なのだから。
「マコト様は、きっと、もう大丈夫……私がいなくても、きっと――目的は達成できる……」
マコトの目的……あいつは決して明かしたりしなかったけど、能力を強奪して回っているということは、力が必要だということだ――、あいつは一体、なにを抱えているんだ……?
それを聞こうとしたら、一瞬の静寂……、
そして、おれとえるまは、一つの命が消えたことを悟った。
音はない、動きもなかった。
なにもなかったはずなのに、分かってしまったのだ。
青柳えるま・オリジナルの命が、ふっと、ろうそくの火を消すように、散ったのだ。
「…………」
「……えるま……」
「大丈夫、泣いてない」
「ダメだなんて誰が言った。泣けよ、泣けばいい。聞かれたくないなら耳を塞ぐよ、見られたくないなら目を塞ぐ。ここにいることが邪魔だって感じるなら――おれはどこかにいってるよ。
でも――、おれ自身はお前のことを、今は支えてやりたいって、思ってるよ」
「ヨート様ぁ……っ」
「おれはここにいる。だから――えるまの好きなように、おれを使えよ」
そして、えるまはおれの胸に飛び込んできた。
分裂先が消えていったのか、年齢は元に戻り、制服が似合う体格へ――。
前から抱き着かれて思わず数歩、後ろに下がったが、それでも倒れはしない。
言っただろ、おれはお前を支えてやりたいってさ。
だから、倒れねえよ。お前のことを受け止める――存分に泣けよ、えるま。
「う、うぁああああああああああああああああああああああああああああんっっ!!」
彼女の頭を撫でる。きっと、マコトはこんなこと、しないだろう……それはあいつが、目的のために不要なものを切り捨てる効率主義者だからだ。
もしもあいつがえるまに気に入られることを目的としたなら、こんなこと、簡単にするのだろうけど――でも、そういうことじゃないんだ。
目的とは違うところに、おれは信頼があると思っている。
マコト、お前の目的がなんなのかは知らない。
誰かを救いたいのかもしれない、誰かを倒したいのかもしれない――両方かもしれないし、そのために力を得るのは、仲間を使い捨てにするのは、近道なのかもしれない――だけどさ、もしかしたら目的からかけ離れた信頼関係こそが、最も近道かもしれないぜ?
だってよ、この世界は、能力が全てであり、
その能力の習得と強化は、他人との信頼関係が前提になっている……。
一人でも戦えるけど、他人を巻き込めばもっと楽になる――お前のやり方じゃないかもしれないけど、だけどさ、目的を達成するためならなんでもする――お前にもできたはずなんだ。
偽装から始まった信頼は、もしかしたら強い絆になっていたかもしれないのに――。
おれは、えるまをぎゅっと抱きしめ、あいつが逃げただろう先を見つめる。
「マコト、逃がさねえぞ」
一発じゃ足りねえ。えるまの『ミリオンズ』の分、お前を殴るからな――マコトォ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます