第57話 決着と逃亡

 複数の足音、である。

 五堂マコトは逃げたヨートの足音を、強奪した他人の能力で探るが、しかしヨートの足音を消すように複数の足音がどんどんと上書きされていっている……、

 意思を持ってマコトを邪魔しているヨートの仲間がいる……? そんなわけがない。ヨートに人望がない、ということを言っているのではなく、この短時間でそこまで結束している仲間を集めることも、作ることも難しいだろう、という話だ。


 可能か不可能か、ではなく。

 簡単ではないだろう。


 つまり、新しい仲間ではない。現時点で手元にいる人材で誤魔化しているだけだ――つまり、青柳えるま……『分裂』の能力者。


「敵に回ると鬱陶しいやつだ……」


 付きまとわれているので味方にいても同じことが言えるのだが。

 ともかくだ、分裂したのならば仕方ない。過ぎたことに文句を言っていても、いつまで経っても進展はしないのだ。マコトはぐちぐち言うものの、ネチネチ相手を責めるタイプではなかった。文句を言うなら最初から相手に、『そういう選択肢』を与えるべきでなかった、と自分の反省点を見つけて次に活かす方が有意義である。


 バカな大人にはなりたくないのだから。


「足音が邪魔なら――消すか」


 奪ったばかりの『遮音』――それで音を消す。

 的確に指定したものだけの音を消せないのは、マコトが使用すると、『遮音』も多少は変化したというわけか……、赤座真緒が使う遮音と、五堂マコトが使う遮音では、やはりどこか違うものになるらしい……それが才能の有無なのだろうか。


 合う合わないが、やはり能力にもあるのだろう。

 遮音によって周囲の音が聞こえなくなる。不便だが、視界が潰されたわけではない。目で見て分かるのであれば、音の有無などは些事なことだ。

 複数の足音が消えた今、さっきよりはやりやすくなった――探しやすい。マコトは探索を続ける。今度は目で見て追える能力である。視界が青く、所々が赤く――サーモグラフィーである。


 人の形をした赤い塊が、つまり人間である。ぱっと見ただけでも大勢いるが、しかし追われている人間は熱を持つ。走っているのだから、当たり前だろう。

 より赤い人型の塊を追えばいい――。


 追われている自覚があればあるほど、必死さも上がる。

 体温も同じように――。


「見つけたぜ、ヨートォ!!」


 マコトが氷の剣を振りかぶり、絶空を放とうとした瞬間だ、


「マコト様!」

「なんだ、邪魔すんじゃねえよ!」


 脇も見ずにマコトは絶空を放とうとしたが、だからこそ防御ができなかった。

 マコトの視界が潰される――眼球に砂がこびりついた。


「がっ、あああああああああああッ!? ――えるま、てめえ!?」

「へっへーん! 私はマコトが知るえるまじゃない――えるま・シックスの……えーと、さらに分裂した――なんでもいいや『アルファ』かな!」


 耳、目が潰された――、耳に関してはマコトが自分でやっただけなので、オンとオフくらいは切り替えられるが……、


 そこまでする必要はない。


 情報は、多ければ多いほど惑わされやすくなる。限られた情報の中で取捨選択していく方が、警戒するべき要素は少ない……。


 実際の目を封じられたところで弊害はない。エコーロケーション――、探索能力はまだまだ手元にあるのだから。


 極論、脳さえあれば敵を見つけ出せるし、能力で殺害することも可能だ。

 自身が人間ではなく、兵器になることを許容すれば――。


 ホルマリン漬けにされてじっとしているだけでも、マコトが奪った能力を組み合わせれば、捕まえられない敵はいない。


 暗闇の中、ぴこーん、と波紋のようにマコトの周囲へ円が広がっていく。そして得た情報を元に、ヨートの位置を特定する――、建物の位置関係、隙間……直線上!


「ここだっ!!」


 氷の剣を振り、絶空を飛ばす。

 たとえ小さな刃だとしても、触れれば問答無用で対象一つを両断する最大攻撃能力。


 その斬撃は低空飛行のまま隙間を通り抜け、エコーロケーションのレーダーにより特定したヨートの足首へ向かい――だが、気づいたようだ。


「ち、避けたか」


 偶然か、分かっていたのか……、殺意が乗っていれば意外と相手は気づくのかもしれない。マコトはプロの殺し屋ではない。無感情にターゲットを殺すスナイパーほど、心を押し殺せてはいないのだ。どちらかと言えば殺意がだらだらと漏れ出てしまっている……、ヨートがそれに勘付いた、という可能性は、否定できない。


 なら、


「偶然が何度も続くか?」


 細かい斬撃がヨートへ向けて放たれる。その間に、邪魔なえるまを両断していく……どうせ分身だ、道端で転がっていたところで使わなくなった粗大ゴミと大差ない。罪悪感は微塵もなく、どうせ本体に還元されるのだから死んだとも言えないわけだ。


 すると、サーモグラフィー内で、ヨートが膝をつくのが見えた。


 直撃したのであれば、両断されているはずだが、まだ五体満足である……となれば、避けた後に両断された建物の、二次災害にでも巻き込まれたのかもしれない……。


「有利も不利も言わせねえ。市街地を選んだのはてめえなんだからな」


 今回はマコトの有利に働いてくれた……、絶空という能力の仕様上、本来は戦いにくいエリアであるはずだが……、単一能力なら厳しい戦場だが、しかし複数の能力を使い分けているマコトにとっては、絶空は決め技であり、それ以外の能力にとっては市街地は戦いやすい。


 索敵メインとなれば、こっちの身を隠せる段階で、マコトに勝利が傾いている。

 音が聞こえていれば惑わされていた、目が見えていれば不必要なものを見てしまっていた……ヨートが仕掛けた策であれば、どちらもマコトにとっては良い方向へ転んだと言える。

 ヨートは自分で自分の首を絞めてしまったようなものだった。


「まあ、あいつらしいか」


 自分が動いて悪化し、その尻拭いを自分でする――マッチポンプなのだ。


「責任逃れはしねえ。それはあいつの美点でもある――」


 手を出したのなら途中で逃げない。見捨てない。たとえ自分が死ぬことになろうとも――、だがそれは、目的を絶対に達成するという意識において、邪魔になる要素だ。


 俺には真似できねえ――とマコトは呟いた。


「他人より自分だ。

 、なあヨートォ!!」


 逃げんなッ、とマコトは背中を見せるヨートを追いかけ、絶空を放つ。

 周囲の建物が両断されていく。まるで防壁を破るように、殻に閉じこもった敵を引きずり出すように、絶空が周囲を破壊していく――。


 そして――捉えた。


 ヨートの背中に今、絶空が、届く……ッッ。


 ―― ――


「遮音で耳を潰し、砂で目を潰されたお前は、一体なにでおれを見てる? たぶん記号的なレーダーでしか見ていないんじゃないか? 

 いくつもの能力を奪ったお前ならそれくらい持ってるだろうしな――、周囲を絶空で両断するお前は、やっぱり気づいていないんだよ――マコト。

 お前は、大事な支柱を、両断したぞ。おれが狙った通りに、お前は自分へ傾くように――『あれ』を切り崩した……地図の上から記号的にしか見ていないお前には分からないだろうな――」


 ずずんっっ、と、地面が揺れた。

 巨大な建造物が、徐々に倒れてきているのだ。


 おれは股下を抜けるように、倒れる『それ』の下を通り抜ける。

 抜けた先のここが安全地帯と言えるわけではないが、それでも向こう側よりは安全だろう――マコトがいる方向は、もう既に逃げ場もないはずだ。

 レーダーか? サーモグラフィーか? だとしたら熱じゃ気付けないよな……、建物はお前の違和感に引っ掛かるのか?


 おれしか見ていないお前は、倒れてくるそれに気付けないだろう。気付けたとしても、もう遅い……、遮音のせいでお前は、この音に反応することもできないのだから。



「お前を潰すのはおれじゃねえよ。

 ……、崩落に巻き込まれろ、マコト」



 そして、東京のランドマークが一つ、地図から消えた。

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