第55話 正面衝突

「なにを、言って……っ――」


 冗談なんかじゃない。ソラは、おれを覚えていなかった……。

 それに、彼女にあったはずの『強さ』がなくなり、本当に、か弱い女の子みたいに――。


 こんなのソラじゃない……とは、言えないか。

 こういうソラだって、いたかもしれないのだから。


「ソラせんぱい!? 大丈夫ですか、怪我を――」

「真緒ちゃん、大丈夫だから、心配しないで」


 優しい口調のソラに、真緒が怯えた様子を見える……おいおい、それは失礼じゃないか、と注意をしたくなったが、怯えるまではないが、確かにおれも気味が悪いと思ってしまう。

 真緒が目線でおれに訴えかけてくる。……どういうことだ、と。


 おれがなにかを言って不機嫌にさせたのでは? とでも思っているのかもしれない……そういう類の、責めるような視線だった。


「ごめんね真緒ちゃん、絶空……奪われちゃった。だからお願いがあるんだけど……あたしのこと、匿ってくれないかな……。ほら、四位のクランに入れてもらうとかさ」


「はい? ……ええ、まあ、できないことはないでしょうけど……。

 え、絶空が奪われたんですか? だからその怪我……」


 その時、真緒がはっとしてソラに詰め寄る。

 じっと見つめ、「な、なに……?」とソラが戸惑った。


「……後ろの人のこと、覚えていませんか?」

「うん……。やっぱり、あたしが覚えていないだけ、なんだね……」


「っ、ヨートせんぱいですよっ! ソラせんぱいの絶対の味方のっ、信者です!」

「信者……?」


 言い方に気を付けろ、ソラに警戒心を与えてどうするんだ。

 ――でも本当のことですよね? と言われてしまえば、違うとは言えなかった。


「え、ヨート?」


 すると、ソラがおれの名を呼ぶ。

 それはおれのことを思い出した、というわけではなく、


「……伝言、あるけど……」

「伝言?」


「うん、マコト様から」


 ――マコト。

 ソラは知るはずがない、おれの親友の名を使い、

 まるで長年、一緒にいた相手のように信頼した目で、おれに言うのだ。


「『――』で待ってる、だそうよ」


 ―― ――


 そしておれは、ソラから伝えられた場所へ向かっていた。


 記憶を一部、剥ぎ取られたソラのことは、真緒とナン子に任せ――ちなみにユータは、クランの仲間の元へ帰ったらしい……。真緒にそれを伝えると、隠れ家をいくつか知っているようなので、数か所、訪れてみるらしい。

 ちょうど良いので、能力がないソラを匿ってもらえるように手引きをしてもらう……、見つけたマルコの体も、同じように、だ。


 気絶しているが、十位であることに変わりはない。倒れた時に時差があったのか、それともマコトの『強奪』がそういう仕様なのかはまだ確定はしていないが……。


 そしておれの隣には、青柳えるま・シックスがいる。


「…………ついてくるなよ」

「どこまでもついていくと言ったよね!? 私はヨート様の道具だもん!」


 道具じゃねえよ。

 言ってもこいつはきっと隠れて追ってくるだろう……どうせ視界の端っこでちょろちょろとするだろうし、なら最初から手元に置いてしまった方がいい……気が楽だ。


「他のえるまはどうしたんだ?」

「さあ? みんな自由に生きていくんじゃない?」


 分裂して五歳児程度になった子も、自立するとでも? あ、でも知識や記憶は現状維持のままなんだっけ? だから体こそ小さいが、頭脳はこのえるまと同程度……、だとしたらそれはそれで心配だけどな。


 まあ、なんとかなるだろう。オリジナルが能力を解除すれば、分裂も元に戻るはず……と思ったけど、制御が利かなくなった、とも聞いていた。それでも解除した、と仮定をするなら、このシックスも消えることになるんだよな……。


 ちらり、えるまを見ると、「?」と小首を傾げている。


 少し、寂しいと思ってしまった。でもまあ、オリジナルがいれば、シックスもそっちへ吸収されるだけの話か。悲観することではない――のだろう。


 そう言えば、気づけばセカンドがいなくなっていたけど、どこにいったのだろう。

 あの数に埋もれてしまえば分からないか……。


「いた――オリジナルだね」


 と、隣のえるまが言った。見えてきた公園に近づくと、ブランコを漕いでいる青柳えるまがいて……、彼女こそが、オリジナルなのか……。

 当然、見てきた顔と同じである。


 そして。


 スマホをいじりながら、時計台の柱に背中を預けているのは……マコト、だ。


 五堂マコト。


 おれと、ユータと、友人の輪を作っていた、おれにとっては、気が合う親友である。

 デニム生地の上下の服は、見慣れた格好だ。相変わらず、気に入ったらそればかりを着ている。同じセットをいくつも買い、飽きるまで使い倒す性格は、世界が変わっても変わっていないようだった――、昔を思い出す……それで少し安心してしまったが……、


 服装の趣味こそ変わっていなくとも、世界が変わり、歪んだものはあるわけだ。


「マコト……」

「よお、ヨート。偶然、じゃねえよな。聞いたんだろ……七夕ソラから」


「…………誤魔化す気はねえか」

「誤魔化す? ばれる可能性がある嘘なんかつかねえよ。嘘をつくなら徹底して隠す、お前と会わないようにするしな。こうして顔を突き合わせたんだ、隠す気なんかねえ」


「……そういう男らしいところは、マコトって感じだよな……」

「俺は俺だ。俺以外にはなれねえ。お前もだ、ヨート。お前はお前だ。ユータにも七夕ソラにも、そして俺にも、なれねえよ」


「ああ、そうだ。おれは誰にもなれない。おれは、おれにしか――」

「てめえは劣化版にしかなれねえよ、ヨート」


 それは、その言葉は。

 自分で思っているよりも、ぐさっと、突き刺さった気がした。


 ユータに憧れた、マコトを見習った、ソラを目指した――、だけど出来上がったのは、それぞれに一歩も二歩も及ばない、劣化版……そして、失敗作である。


 おれという基準に合わない歯車を合わせても、やはりどこかずれていくのだ。

 おれはおれのやり方で、おれを作るしかないのに……他人を取り入れることで、不純物を混ぜ込んでしまっている……それがおれらしさを殺してしまっている……?


 おれは、みんながいなければ、なにも持っていない、白紙なのではないか……?

 らしさがない。

 おれらしさって、なんだ?


「他人を否定せず、まず試してみるところじゃない?」


 と、俯くおれの真下に、屈んで入り込んできたのは、えるまだった。


「それがヨート様らしさだと思うけど」

「おれらしさ……」


「白紙になに色の絵具を乗せても、決して弾かない。一度は染まってみせてくれる。何色も重ねればもちろん黒くなっちゃうけど、それさえも否定しない。心の底から『否定をしない』って、すっごくこっちとしては助かることなんだよ?」


「否定をしないって、別に誰でもできることじゃないか……」


「誰でもできるね。でもしないの。みんな、譲れない部分を持っているから。強い執着がどこかにあるから。それに触れた時は、問答無用で否定する――、でもヨート様は、一度は飲み込んでくれるの。その上で、賛成か否定か、決めてくれる。

 その一度、飲み込んでくれるところが、私は好きなの!」


 と、えるまは満面の笑みで言ってくれた。


「シックス! マコト様を裏切るの!? 恩を忘れてそっちにつく気!?」


 すると、マコト側についている青柳えるま・オリジナルが、そう叫ぶ。


 聞いたえるま・シックスが、振り返ってオリジナルに、喰ってかかった。


「そっちの考えをこっちに押し付けないでよ。私がマコト様に救われたわけじゃないし。私はヨート様に救われたの。だから私は、ヨート様についていく。分裂した分身だろうが関係ないね! ニセモノだって、誰についていくかくらい、自分で決める!!」


「……嘘、どうして能力が勝手に強化されて……ッ、

 


 あっちのえるまになにか問題が起きたようだが、おれには分からなかった。

 マコトも、慕ってくれているえるまのことは、そこまで頼りにしているわけではないらしい。


「お前らの中でわだかまりがあるなら、勝手に脇でやってろ。ヨートとは、俺がやる」


「……強奪、か……おれの能力も奪うつもりか」


「いらねえよ、そんなクソ能力」


 まるで、おれの能力を知っているみたいに……。


「知ってんだよ、そういう『能力』を奪っているからな――お前の能力はいらねえが、今後、邪魔されても面倒だ。だからここで脱落させておく。文句はねえだろ、親友」


 嘲笑ったような『親友』の言葉だった。

 それでも、今のマコトからその言葉が出たことに、少し嬉しかった。


「……最初はさ、なにか事情があるんだと思って、お前の力になろうと思っていたんだ……説明してくれるなら聞くが、どうする?」


「戦力外に話しても解決策なんて浮かばねえだろ」


「そうか……じゃあ、こっちも遠慮はしない。手助けが必要ないなら、おれはおれの目的のために、お前を脱落させるぞ、マコト――奪うんだったら、能力ならいいさ……だけどなッッ!!」


 だけど、お前は手を出すべきではない『それ』を、奪っていった――。


 ……ふざけんなよ、マコト……っ。



『――あなたは誰ですか……?』



 そんなセリフを言われたんだ。

 ソラに、クランの、リーダーにっっ!!


 おれの、命の恩人にだ!!

 だから――、



「喧嘩だ、マコト」


「違うな、殺し合いだ、ヨート」



 大切なものを取り戻すために――。

 目的を達成させるために――、おれたちは戦う。


 たとえ親友を、蹴落としてでも。

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