第54話 重なる人格者

 あたしに迫る『強奪者』の指……それであたしの記憶を改竄するつもり?

 小太刀型の木刀を振って相手の手を弾こうとするけど――、


 だけど予想していたようで、あたしの木刀を、相手が、がしっと掴んだ。


「記憶改竄ができねえなら、意識を奪ってから書き換えるしかねえか」


 握られた拳があたしの顔面に迫る……けどね、あたしも一応、護身術を会得しているのよ、そんな拳、止まって見えるわね。


 向かってきた拳を手の平で受け止め、強奪者の腕を取り、背負い投げをする。

 地面に叩きつけ、腕を捻り上げて相手の動きを封じ――、


「一般人を相手にするなら充分だが、俺は能力者だぜ?」

「叩き伏せられてもその余裕なのね……そういうハッタリだけは上手ね」

「ハッタリだと思うか?」

「ええ――」


「てめえが握る俺の手が、体温を持っていなくてもか?」


 ――はっとして、言われて気づく。握っている相手の腕からは確かに、体温が感じられない……、低いとか、そういうレベルじゃない……ないのだ。

 人じゃなく、まるでプラスチックの作り物を握っているみたいに――。


「ま、体温を付与することもできたがな。

 こっちは本来の実力の半分も出してねえことを教え込んでやるよ」


「……人の、能力でしょう……ッ」


「人の能力だが、俺が使えば俺の実力だ。別にてめえの知恵や知識を奪ったわけじゃねえんだ。あくまでも『兵器』、『道具』を奪ったに過ぎない。その使い方は俺の今のセンスに依存する。てめえよりも上手く扱えたら、それこそが俺の実力だったってことだろ?」


「…………」


「ま、てめえらみたいに操作方法が分かるわけじゃねえから、そこが難点だがな」


 あたしに限らずみんなそうだと思うけど、自身の能力のことは、発現した時にある程度は使い方が分かるようになっている。彼の場合もそうだろう……ただし、強奪ができるその能力に関してであり、奪った能力について十全に理解しているとは言い難い……よね?


 奪った後で理解することが必須になる。じゃないと満足に使えないし……、それとも奪う条件に、相手の能力を理解する、があるのかしら。


 彼の『強奪』の能力は、必ず相手の能力を『見る』必要がある……、もしも初見殺しの能力だった場合、そこで詰みになる可能性だって……。


 そういうリスクを負った上での強奪であれば――。

 彼も彼で、危ない橋を渡っているわけね。


「相手の能力を探るってのは、当然の戦法だからな、どうせやることは変わらねえよ。それに、先入観がない分、斬新な使い方ができることもあるしな」


「本人よりも上手く扱えるって自慢をしているの?」

「そこまでは言わねえが。たとえばこの『弾幕』の能力だが――」


「え?」


「手の平から球体型の衝撃波を撃ち出す能力なんだが……、

 これ、別に遠距離にこだわる必要はねえよな?」


 すると、強奪者の姿が急に消え――えっ?


「眉間に突きつけた銃口は、絶対に獲物をはずさねえ」


 どんっっ!! と、あたしの腹部に衝撃波が抜け――、胃の中のものが全て吐き出された。


「がふっ――!?」


「バウンドこそしねえが、初速の最大ダメージをお前は全て受け止めたわけだ……、遠距離武器を遠距離からの攻撃にしか使わねえのは、もったいねえだろ……」


 あたしは口元の血を拭いながら……、


「それ……、その能力――ヨート、の……」


「ユータ、だがな。ともかく、てめえ、ヨートのことを知ってるのか? あ、もしかしてお前の――第七位のクランメンバーだったり、か?」


 あたしは答えなかったけど、意味はなかったみたいね……。


「そうか、ヨートはてめえについたわけか。大衆に流されやすいあいつなら、四位を支持するかと思ったが……、今度はてめえを追いかけたのか?」


「……ヨート、は……」


「あいつには自分がねえんだ。だからユータに憧れ、あいつを追いかけた。そして多数派に釣られて、自分の意見を変える――簡単にな。やりたくもねえことをして、苦しんでいる姿をよく見てたぜ。あいつの生き方は理解できねえな」


「……あんた、ヨートの、友達なんじゃ、ないの……?」


「気が合っただけだ。よくつるんではいたが、別に友達だったわけじゃねえよ。まあ、友達って言ってもいいが、だからどうこうってわけでもねえがな。俺にとっちゃあ、『友達』も道具と同じだ。目的のために使えるなら遠慮なく使う――それが俺のやり方だからな」


「…………あなたは、ヨートね……」


 はあ? と強奪者があたしを見下した。


「誰があんな優柔不断なやつだよ。一緒にすんじゃねえ」


「一緒よ……いえ、ヨートがあなた、なのね。ヨートは大衆に流されやすいし、ユータ、という友人の影響も強く受けていた……同じようにあなたの影響も受けていたわけね……」


「……あいつが、俺のどこに影響を受けていたって?」

「目的のためには手段を選ばないところ」


 強奪者は否定しなかった。思い当たる節があったのだろう。


 自分のことなのか、それとも昔のヨートにも、そういう節があったのか……。


「どんな状況でも諦めず、目的のためにどんなことをしてでも必ず目的を達成させる――そういうメンタルの部分は、確実にあなたを目指しているわよね、ヨートは」


 力がないからと言って諦めたりしない。ないならないなりの抗い方を見つけ、たとえ自分がどれだけぼろぼろになろうとも、絶対に諦めない。

 光明が見える限り、手を伸ばす――光明がなければ作り出す……彼はそういう人だ。


「……一緒にすんじゃねえ、あいつは最後の最後まで、非情になりきれねえ半端もんだ!!」


「それがあんたとの違いよね。人としてのセーフティがヨートにはある。だけどあんたにはない。でも、どっちもどっちだと思うわよ? あんたはきっと、自分の身は最優先で守るでしょうね……だけど、ヨートは、まずは自分の身を盾にする」


 目的を達成させるために、まず優先して犠牲にする……、

 バカな戦法だって、何度も言っているのに。

 それでもね、


「手段を選ばず、他人を傷つけ巻き込むあんたよりは、ヨートの方が全然良いのよッッ!!」


 強奪者はにやりともせず。

 手の平をあたしに向けていた。


「ああ、そうかよ。別にお前が俺よりもヨートを取ろうが、どうでもいい――どうせてめえは今後、ただ俺が持つ『絶空』を維持するためだけの人形に変わるんだからなッ」


「っっ!!」


「廃人になっても、間違っても死ぬなよ? せっかく手に入れた能力を失うわけにはいかねえんだ――てめえらが知ることがない……知ろうともしなかった世界があるんだよ……知る気がねえなら邪魔をするな。知る気があるなら――真っ先に手を入れろ」


 彼は、なにを言って……ッ。


「手段を選ばなくちゃどうしようもねえ危機が迫っていることを、肝に銘じておけ」


 そして、『弾幕』の衝撃波が、あたしの額を撃ち抜いた。


 ―― ――


 分裂し過ぎたえるま――(ミリオンズだっけ?)は、結局そのままになってしまった。どうやら制御が利かなくなったらしい……それはそれで充分に問題だと思うけど、本人は軽い感じで「大丈夫じゃない? オリジナルに聞いてみれば解決だよ!」と楽観的である。


 お前がそれでいいならいいけど……。


「一応、確認するけど、お前はシックス、でいいんだよな……?」

「うんっ、ヨート様に一生ついていくよっ、青柳えるま・シックスだよ!!」


「ああ、そう……確かに他のえるまはおれのことをヨート様、なんて言わないもんな……」


 なぜかタメ口だが。まあ、そこは打ち解けている、と思っておこう。


『ヨート、様……?』


 真緒とナン子がおれを、じとー、と見てくる……、

 こいつが勝手に呼んでるだけだ、おれが呼ばせたわけじゃない!


「ま、いいですけどね」

「おまえの勝手だし」


「年下からの当たりが強過ぎる……」

「つまりっ、ヨート様は私が独り占めできる!?」


『調子に乗るなアホの子』


「誰がアホの子!?」


 と、真緒とえるまとナン子は、既に打ち解けているようだ……打ち解けてるか? おれでも引くくらいの路上レスリングをしているけど……まあ仲が良い証拠かもな。


「ほどほどにな」


 後輩を見届けながら、周囲を見回すと、壁に寄りかかっている人影を見つけた。


 ゆっくりと、こっちへ近づいてきて――え?


「……ッ、ソラ!?」


 駆け寄り、ソラの体を支える……、目立った傷こそないが、服はぼろぼろで、口元には赤い血が付着していた……、一体、誰がソラをここまで弱らせて……ッ。


 犯人に強い恨みを抱くが、今はそれよりもソラだ。


 まともに歩けないほどダメージを残しているのだ……すぐにでも治療を……、


「あ、あな、たは……」

「ソラ!? 気づいたかっ、一体なにがあった、おれにできることは――」


 ソラはやがておれに焦点を合わせ、その上で言ったのだ。



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